てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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シン・エヴァンゲリオン劇場版を観て思ったこと全て 破の2/2

      2021/07/28

前回はこちら↓
シン・エヴァンゲリオン劇場版を観て思ったこと全て 破の1/2

このエントリでは、エヴァ2機がネルフ本部へ突入するところから、アディショナルインパクトが起こるまでのことを書きます!


・合体技を繰り出す二人。
マリとアスカが二人で力を合わせてATフィールドを展開するところはよかったですね。
これまでは上から目線で図々しくこき使おうとしていた感があるので、アスカが人の協力を仰ぐ初めてのシーンかも?
マリも破の戦闘時には、ミサトに「一人でやりたいってわけね」と言われていたので、そんな彼女が息を合わせて闘うようになるところは大きな変化があったことをうかがわせます。
あるいは、アスカが使途に侵食されている存在ということで、心理的な親近感だったり、あるいは種族が同じであることで否が応でも惹かれてしまうといったこともあるのかも。

にしても、庵野さんの初監督作品『トップをねらえ!』の頃から、女子二人が合体技を繰り出す場面がありましたが、庵野さんこれが好きなんでしょうねぇ…(笑)。
よくわからない技ですけど、ATフィールドを同期させるのって多分二人の精神が相当高いレベルでシンクロしてないといけないでしょうし、

あと、アスカの悲鳴が女子っぽかったり、「マジウザすぎ」「通せんぼ」など、意外と語彙が子どもっぽかったりするところなどは、多分「大人になれていないじゃん」という演出意図なのではないかと思います。

・本部到着
ビヨンビヨンとはねる、腕だけ型の変なマシーンに襲われます。
邪魔くさいし、ビヨンビヨンとはねる際の音もウザさを際立たせますね(笑)。
でもあれ、なんなんだろう……。
あんまり強くないのに数が多い感じ、腹が立ちますね……。
でも、「雑魚を潰していますねん」なシーンを作るぐらいだったら、もうちょっと見応えのある戦闘シーンを作って欲しかったというのが正直なところ。
全体として、戦闘シーンが面白くはないんですよね……シンエヴァ。
庵野さんは「同じことをやってもしょうがない」とドキュメンタリーで語っていましたが、戦闘シーンのクオリティで言うと、旧劇場版と、新劇場版の序と破で頂点を極めてしまったから、無理にそこを追求することはやめたということなんですかね……。
旧劇場版ではプロダクションI.Gの手を借りたことがあるし、序と破で腕を振るった本田雄さんがジブリに出向してしまっているので、クオリティを上げることが難しいといった判断もあったのかもしれません……。
理由は何にせよ、シンエヴァの戦闘シーンがシリーズ中でベストとは言えないものなのは間違いないはず。

・アスカ、マリが助けてくれたことにびっくりしてる
Qからのマリの戦闘を見ていると、アスカの指示に従って動いていることがわかります。
投下してからここまでもマリはアスカのフォローにまわり、アスカが行動の指示を出している。
そんなマリが指示しなくとも自分を守る行動を取ったから「はっ?」ってリアクションになっているのではないかと思いました。
アスカ、ここでマリに「ありがとう」とでも言えればよかったと思うのですが……。
結局彼女は最後の最後まで、素直になれない性格なんじゃないかと思いました。
その彼女の精一杯の愛情表現が「好きだった」だったんでしょうね。
ほんとは今でも好きは無くなっていないだろうに……泣ける。

この辺の、雑魚が多すぎて本丸にたどり着くのに時間がかかるし物資も消耗しまくってしまう…という描写って、庵野さんが作品制作に集中したいのにいろんな雑務に拘束されてしまって時間が取れねぇよ~って気持ちの表れなのかな、とも思いました。

・「罠にはまったわね、私たち」
正直な意見として、「どんだけハメられんねんw」と失笑することは避けられませんでした…(笑)。
しかも敵の勢力を把握していたにもかかわらず、まんまとハマるって、どんな状況やねん。
しかも敵艦隊が3機いたのであれば、罠にハメる必要もなく、普通にネルフ側の勝利は確定事項だったのでは。
まぁ、罠というのは、ヴンダーを儀式に使えるところまで移動させられたというところなんでしょうかね…。
Qでの戦闘についても、あんまりうまいこと強襲できていなかったですものね…。
この辺についてなんですけど、リツコもっと頭よくあれよ! と思います…。
リツコってもっと天才だと思っていましたよ。。。

・アスカ、使徒化
この映画の中でも白眉な映像を堪能できる場面が到来します。
音楽も、劇中で最強ではないでしょうか。
『this is the dream, beyond belief…』…「これは夢だ、現実であるはずがない」という慣用句を冠した楽曲。
何度聴いても鳥肌が立ちます。
あと、このシーンのイメージを作ったのって、絶対前田真宏さんだと思うんですよね…。
シンゴジラのデザイン制作にも大きく寄与した人。
誰も想像したことがないのに、完成したものを目にしたら「あ、これしかねぇじゃん」と思わせられてしまう、凄まじいヴィジュアルを作り上げてしまう人。
破で落下してくる使徒の、悪夢のような極彩色のデザインを手がけたのもこの人です。
このシーンの原画・作画にかかわっているかはわかりませんが、この頭のおかしい(でもこれしかないであろう)配色のセンスなどは、前田さんエッセンスではないかと思うんですよ…ほんとにやばいひとです。
で、アスカの演技も、旧劇場版の量産型との戦闘シーンに匹敵する迫力では。
正直、Qのアスカの演技って、声を張れていないものが多くて心配だったんです。
アスカ以外の役でも、宮村さんの演技がやっぱりちょっと、弱かったなって噂も聞いていたので…。
でも見事に復活されていますね。
アスカの如く蘇ってきました。
本当に凄い…。
ただし「一瞬で敗北するんかい!」という突っ込みは禁じえません…。

シンゴジラと言い、このシーンといい、庵野さんはここ2作で、「誰も見たことのない超絶映像を作品の中盤で披露」するという構成を好んでいるように思います。
これをやると終盤戦がちょっと盛り上がりに欠けて難しくなっちゃう気もしますが、まぁ、面白いからよいです。
むしろ終盤に映像や感情のクライマックスを立てるというセオリーを放棄しているようにも感じます。

・「ごめん新弐 また無茶をさせるわ」
アスカは誰にも謝らない、と書いたのですが、アスカはここで新弐号ちゃんに謝っているんですね。
エヴァに心を開かないと、エヴァが動いてくれないって話なんですかね。
まぁ、アスカは破の頃から弐号機ラヴでしたもんね…愛しているのにこんなに酷使しなければいけないなんて、アスカもつらいだろうに。
でも、TVアニメ版では母の魂が宿っているから愛着があったのだろうと思うのですが、アスカは新劇場版ではなんで弐号機を愛してるんだろう。謎気味。

・裏コードスリーナイン
銀河鉄道999由来のコード名でしょうか。
あ、でも第9使徒の力を解放するコードであろうから、そことの絡みでもありそう。

・エンジェルブラッド全量注入
敢えて記すまでもないことかもですが、使徒は英語で「エンジェル」で、ブラッドは血液のことなので、ここで注入しているのは使徒の血液ということになります。
使徒の成分を弐号機に注入することで、「使徒化」が可能になるということですね。
理論はよくわからないのですが…(笑)。
また、ここで気になるのは、この使徒の血液はどのような方法で採取されたものなのかというところ。
「撃退した使徒から採取」「アスカの浸食を受けた部分から採取」「マリが使徒なのであればマリから採取」あたりかと思うのですが…。
新劇場版ではコアを破壊した使徒は赤い液状になってしまうので、「血液採取」ができたとは考えにくいんですよね。
この赤い液状のものが血液なのだとすれば、大量に流れ出てくるものなので採取可能だとは思うのですが…。
アスカから採取については、多分なさそう。
となると使徒であるマリから採取したものなのではないかな、と私は推察します。

ここで、アスカの眼球からミニミニサイズの封印柱がひり出されます。
(横からそのさまを捉えるカットは、旧劇場版で量産型に嬲られるシーンにも似ているのですが、偶然なのか意図的な絵作りなのかはわかりません!)
アスカはそれを掴んで放り投げます。
この投げ捨て方に、アスカが封印柱を忌々しく想っていたことが現れていると思います。
そういえば封印柱の、黒い物体に赤い直線模様がぐるぐる動いているデザインって、破でアスカが採取されたことがわかるシーンですでに描かれているんですよね。
あれは何なんでしょう。

・「姫、人を捨てる気?」
アスカが使徒化してしまうと、人に戻ることができなくなってしまうってことなんじゃないかと。
アスカがシンジに思いを伝えたのは、闘いで命を落とすか、使徒化して人に戻れなくなるだろうとわかっていたからでしょう。
背水の陣で、全てを犠牲にしてでも作戦を成功させようとする意志を感じますね。
これは「世界が大事」というよりは、自分の価値を軽んじているということでもあるんじゃないかと思います。

・「アスカァ」
弐号機が弾けてしまった事態を受けての、マリのリアクション。
「姫」ではなく「アスカ」と呼んでいます。
この呼び分けの理由はちょっとわからないのですが…このようなパニック状態での呼び方が「素」なのだとは思うので、マリは意識して人の名前ではなく愛称で呼んでいるのだろうと思います。
シンジをわんこくんと呼んだりする感じ。
ヴィレクルーの他の人々についても、愛称を考案して名前では呼んでいないかもしれませんね。

・「ごめん姫 まさに慚愧の極み 一時撤退しかなさそうね」
マリのアスカに対する呼び方が、「姫」に戻っていますね。
マリも、自身の手落ちを悔いている様子。
また、マリはこの後にも謝罪の言葉を述べるシーンがありますが、そこでは「メンゴ」というおちゃらけ気味な言葉を使います。
「ごめん」という言葉を選ぶところに、マリがアスカを救えないことをどれだけ悔いているかがわかりますね。

・マリは首輪をしていないの?
そういえば、マリってチョーカー付けていないですよね。
彼女もエヴァに搭乗するのだから、チョーカーを付けていないといけないのでは…。
14歳の搭乗者に限る、というルールがあるんですかね…。
「使徒には付けない」みたいなルールや制約があるのかもしれませんが、カヲル君は付けていたし、実際に爆破の効果が出ていましたものね。
ただし付け外しは自身の意思でできてしまうようなので、マリに付けても勝手に外しちゃうのかもしれませんね。
そういえば、物語のラストでも、彼女はシンジのチョーカーを外してあげている。
(そう考えると、やっぱりマリはDSSチョーカーを自由に扱えるという点でも、カヲル=使徒と同じ存在っぽいですね)
でも、勝手に外しちゃうんだったら、エヴァに乗せてやらないという措置も可能だろうし…。
なぜ彼女は付けていないんだろう。
それとも僕が見えていないだけで、彼女も付けているのかな。

公式の薄い本に収録された漫画では、マリはあからさまにチョーカーを装着していますね…。どうなってんのや。

・シンジの目、紫色に
映画の中で、シンジの目が紫色に光るシーンが2か所あります。
ゲンドウが艦首甲板に降り立ったところと、ネオンジェネシスを始めようとするところ。
ただこれが何を意味しているのかは一切わかりません…。
破の最後の戦闘時に、「綾波を…返せ!」の時には目がオレンジか赤になっていたので、あの時にはもうシンジは人間ではなくなっていたのかもしれません。
「リリンもどき」な状態?

・ゲンドウ、話しかけられてはっとする
甲板に降り立ったゲンドウは、少し上の方に目線を向けています。
横からミサトさんが声をかけると、はっとした様子でミサトさんの方に目を向ける。
この時点でゲンドウはなんかよくわからんけど、だいぶ頭のいい存在になっているはずなので、ミサトさんが甲板に出てきた時点で察知したりしてもいいはず。
この「はっとする」ような仕草には何か意味があると思うのです。
また、ゲンドウの目線の先には何があったのだろうとも思います。
何かを見ているわけですから。
もしミサトたちがいた操縦席のほうを見ていたのであれば、ミサトが甲板に出てくることも想定できるだろうから、「はっとする」ことはないと思うんですよね。
何かに気を取られていたことは間違いないはず。
想定できるのは、「目標達成まであと少し、ユイに会える」という感動か。
あるいは、ヴンダーに降り立った目的である初号機にまつわるなにか。
「レイ、もういいのか」というこの後のセリフからもわかるように、おそらくゲンドウは初号機の中のレイと何らかの形で意思の疎通ができていたはず。
ここでも、レイと何かしらの方法で交信していたのではないかと思いました。
真相はわかりませんが、何かの意図をもって「上の方に気を取られているゲンドウ」を描いたはず。
シンジがいるであろうところを見つめていたとか…?
うーん、謎。

・発砲したリツコの手は震えている
ゲンドウを銃撃するリツコ。
いや、さすがにミサトと同じ方角にいるリツコが甲板に出てきたら気づけよ(笑)。
「相変わらず容赦がないな」「あなたから教わったことです」とのやりとりがありますが、新劇場版では、彼女が容赦のない仕打ちを働くような場面はありません。
というかTVアニメ版・旧劇場版では、ゲンドウに向けた銃の引き金を引けないリツコが描かれていました。
で、ゲンドウはあっけなくリツコを銃殺する。
容赦がないのはどっちやねん。
まぁ、このやりとり一つとっても、新劇場版の劇中で描かれなかった人間ドラマが展開していたであろうことが読み取れますね。
破からQまでの時間の中で、二人には何かあったんでしょうかね。
書いていて思いましたが、もしかしてゲンドウって視力を失っていたりするのでしょうか…。
なんかキール議長かダフトパンクのメンバーみたいな機械を目もとに装着していますが、これって彼の眼をふさぐか、もしくは目に障害を負ったために補助するための機能を持つアイテムなんじゃないかなぁと…。

・神に障壁はない
のちのち、シンジが近づいただけでATフィールドを展開する男の言うこととは思えません…。

・一応脳みそひろうゲンドウ
銃撃によって頭から零れ落ちた脳みそを一応すくいとって、頭蓋に戻すゲンドウ。
もう脳みそいらないなら戻すことないじゃん、と思うのですが、このシーンを描いた前田真宏さんにはある解釈があるもようです。
ツイッターの感想か何かに、「ユイとの思い出が脳に詰まっているから、ゲンドウはそれに執着しているため脳を捨てられない」といったものがあったそうなのですが、前田さんはそれを「そういうことです」と肯定しておられました。
不思議な絵になりましたね…。

・「望んで人を捨てたか」
捨てるって言葉が頻出しますね…。
最終手段として人を捨てる道を選ぼうとしたアスカと、ユイに会うためだけに人類補完計画遂行・その手段として人の身を捨てたゲンドウ。
ここまで物語が壮大に展開していると、「人を捨てる」ことがなぜためらわれるのかもわからなくなってしまいますが、重要なポイントなんですよね。
また、「アスカを使い捨てるか」とも言われますが、「綾波タイプと式波タイプはもともとこの目的のために作られた」と冷たく返すのみ。
アスカのスペアとかも、ドイツにはボトルの中に温存されているのでしょうか。
アスカは複数生産され、能力を競い合わせられていたような描写でしたが、綾波タイプはなにやらゲンドウにやたらと可愛がられる一体のみしか外に出してもらえない感じでしたね。
もしかしたら、アスカが綾波を疎んじるのって、そのあたりにも原因があるのかもしれませんね。

ところで、エヴァシリーズを通しての疑問なのですが、ゲンドウはなぜレイにこだわっていたのでしょう。
いつでも複製可能なクローンであることをゲンドウは知っているはずですが、「代替可能な関係」に対して、人はそんなに強く執着できるものではないと想うんですよね。
まぁ、あくまでユイに似た要素を複数持ち、一応は独立した意志を持つダッチワイフぐらいの見方をしていたということなのでしょうか……。
でも、手が火傷するのも構わずにハッチをこじ開けたりしていたし、ゲンドウにしては並々ならず感情をレイには向けているはず。
あ、でも、あの場面はユイを失った事故とシチュエーションが似ているから、フラッシュバックしてしまったという理由もありそうですね。
レイへの想いからというより、ユイを失った過去とダブってしまって、理性を欠いた行動を取ってしまったのかも。

「親戚の子を預かった」とネルフ施設にレイを連れてきたことがありましたが、それなら一緒に暮らしたりしていてもいいはずなのに、なぜかネルフ施設から近いとは言えない団地に一人で住まわせている。
周囲に関係性を怪しまれないようにしていたのかもしれませんが……。
新劇場版ではその要素はなくなりましたが、TVアニメ版でのゲンドウとレイは性的な関係があることをにおわせています。

なんとなく、シンエヴァでの描写を見ていると、ゲンドウは「もともと女の子が生まれていればよかった」と思っていたのではないかという気がします。
おそらくですがゲンドウは、出産後にユイの関心がシンジに向いていたことに嫉妬しているはず。
女の子ではなく男の子が生まれていたとしても、ユイの愛情の注ぎ方は変わらないものだったかもしれませんが、ゲンドウの嫉妬はあんなに強くはならなかったんじゃないかと想います。

庵野監督には妹がいるとのことで、昔のインタビューでは疎遠な関係だと語られていました。
また、シンエヴァ公開時のインタビューでは、「父が世を恨む気持ちは僕にもぶつけられた」旨の発言がありました。
勘でしかありませんけど、お父さんは妹さんに対してはあまり当たらなかった……ということはないでしょうか?

僕の父親は、僕と兄に対しては暴言を吐くし暴力を振るう人だったのですが、末っ子の妹に対しては甘かったんです。
「女の子に手を挙げることはできない」と、僕と兄の前で話してました。
そんな理屈で、暴力を振るわないという選択ができるなら、なぜ僕と兄のことは殴らなければいけなかったのでしょうか。
僕は今でも暴力を振るわれた記憶に苦しめられることがあります。
僕は妹が恨めしかったです。
兄もおそらくそうでしょう。

庵野さんの家庭の事情はわかりませんが、自分の経験から考えてみると、「自分が女の子に生まれていれば、苦しむ経験は少なかったかもしれない」と想うことは人生で何度もありました。
もちろん女性の人生に苦しみがない、とは全く思いません。
女性にしかない苦しみや、理不尽な使いをされることもあるのだと想いますが……。

・13号機モデル立ち
飛んできた13号機ですが、なぜか脚をちょっとクロスさせています。
モデル立ち。
なんなんだあの足の描き方。

・「父の世迷言は~」
ミサトさんの父親である葛城博士が提唱した説を基にゲンドウが動いていることを知り、ミサトさんは「父の世迷い言は私が止めてみせます」的なことを言います。
ミサトさんのお父さんがエヴァに関する研究を行っていたことはストーリーでもたびたび触れられていましたが、それが信憑性が薄いというか現実味を帯びていない理論にまで発展していたことは知りませんでした……エヴァに詳しい人はそこまでわかっていたのかなぁ。

というか、セカンドインパクト発生の原因が葛城博士にあるということが明かされますが、これはけっこう大きな衝撃を呼ぶ気がします。

ミサトさんは、思春期には父親への反発心があったことを明かしてはいますが、「最後には私のことを助けてくれた」と感謝の念も抱いたといった発言もしていた気がします。
そこから時を経て、父親がどんな思想を持ち、どんな研究を行っていたかを知るにつれて、はっきりと否定的な立場を取るようになったのかもしれません。
もしかしたらそこには、加持がミサトの知らない真実を伝えたりもしているかもしれませんね。
そう考えてみると、のちに「息子が父親にしてあげられることは二つだけ。肩を叩いてあげるか、殺してあげることよ。加持の受け売りだけど」という台詞も、意味が通じてくるようになります。
だって、あの言葉、どんなシチュエーションで言ったのか想像できませんものね……(笑)。
ミサトとシンジは、互いに協力し合って、父殺しを成し遂げようとしている者同士なのかもしれませんね。

当たり前の話ですけど、父親としては愛しているし尊敬もしているけれど、そんな父親の思想には共感できない部分があっても何らおかしくはないものですよね。
そんな風に、父親の影を振り払うことができたか、もしくは一人の人間に対して相反するようないくつかの感情を同時に抱いていることを認めるようになれたということなのかもしれません。

この辺のことって、何を示唆しているんでしょう。
日本の世代論で言うのであれば、日本の政治を牛耳っているのがかなり高齢者層に偏っており、戦前や昭和期の日本を懐かしんでばかりいる「老害」と呼ばれるような懐古主義的な方が多く、若い世代が色々苦労しているようには思うのですが……。
戦前の日本の姿に戻そうという気運を強めていると思われることも多く、そこに対する反対論なのだと取れなくはないと思ったのですが、むしろ庵野さんが農村的な社会への回帰を理想的に描いたのが第三村パートだったと思いますし、TVアニメ版エヴァ時のインタビューでは、戦時中にあったような人々の団結を賛美していた(実際に団結していたかは検証されませんが)こともあったので、庵野さんの思想的に社会や共同体を進歩的にしようという発想はあんまりないようにも思うのです。
でも、『シンゴジラ』では政権の大臣クラスが一斉に死んでしまい、強制的に世代交代が成される描写もありましたよね……。
やっぱり「父の世迷い言」というのは、今の日本の世代にまるごと当てはめて解釈することもできますね。

世界を大混乱に陥れてしまうマッドサイエンティストというキャラクターも、シンゴジラとちょっとかぶりますね。

・はかないレジスタンス
やけに饒舌なゲンドウ……(笑)。
伏線回収しまんねんで! という強い意志を感じます。
めっちゃ説明してくれるので便利。

・全てのホースマンは揃った
ホースマンってなんじゃ?

・いろっぽいしんじ
確かシンジの顔がアップになり「僕は僕のけじめをつけたい」といった台詞を口にすると思うのですが、このシーンのシンジくんは色っぽい顔をしています。
まつげも長めに描かれていたように思う。
完全に勘でしかありませんが、序の終盤で、シンジがミサトに連れられてセントラルドグマに降りたシーンを描いた人がここも担当しているのではないかと思います。
めちゃめちゃ上手い絵を描く人ですよねぇ……。

・タランティーノみたいなシーン
エヴァに乗ろうとするシンジに、ミサトさんはなぜか持参していたチョーカーを手渡し、シンジは自らチョーカーを首に装着します。
自らの意志で乗ろうとしているシンジに何でチョーカーが必要なのかは、私にはわかりませんが……。
そんなシンジに、なぜか甲板に出てきているミドリがぶち切れて銃口を向けます。
甲板に出ようとしたミドリを他のクルーは止めなかったんか? という突っ込みを入れてはなりません……。
そしてついに放たれた凶弾は、ミドリではなく、これまたなんで出てきたん? と思わずにはいられないサクラの手によるものでした。(ミドリはリツコとミサトが甲板に降りていったから、どこで何が起きているのか察知できたかもしれないけど、サクラはなぜ甲板に銃を持って出てきているのかはわかりませんわね……)
サクラはサクラでシンジを想い、エヴァに乗れなくなるよう怪我を負わせようとしているもよう。こっわ……。
そして二発目の発砲。
ミサトさんがシンジをかばい、腹部を負傷。
「シンジを突き飛ばせばよかったのでは?」「発砲前に反撃すればよかったのでは? 特に、銃を持ってるリツコ(リツコはシンジを守ろうとしていなかったのかもしれませんが)」といった突っ込みを入れてはなりません……。

・いいのよシンジくん
お腹に銃撃を受けながらも、ミサトさんは「碇シンジの行動の全責任は私が負うということです」とはっきり告げます。
シンジ君はそれを「はっ……」みたいな表情で聞きます。
そりゃ嬉しいですよね……。
このシーンは、劇場内でもちらほらとすすり泣きが聞こえてきました。
ぐっときますよね……Qでの冷たいミサトさんを観ていたら、そりゃあ落として上げてくる展開に感動しないというのは無理な話。

・「みんなを不幸にして、自分自身も不幸になったんや」
逆に言うと、幸せになりたいなら、みんなを幸せにしろってことでもあるんでしょうね。
自分が幸せだから人を幸せにするために行動をとれるような余裕があるのか、
人に幸せにしてもらえたから周りにもそれを返せるようになるのか
卵が先か鶏が先か、みたいに、どっちから始まるのかわかりませんな…。

・「もういいよ。明日生きてくことだけを考えよう」
艦長を負傷させてもなお銃を下ろそうとしないサクラに対し、足下に発砲してサクラを威嚇するミドリちゃん。
ミサトの言葉を聞いて、やっと溜飲の下げ方を知ったといったところなのでしょうか。
声優を務めた伊瀬さんいわく、この発砲一発に気持ちを込めて感情にケリを付けたのだろうという解釈をされておりました。
で、この時のミドリちゃんの顔を映さないところも、やっぱりニクイですね。
強い感情の動きが出ている人間の顔のアップ、あんまりやらないんですよね、庵野さん。
「ちょっと止めてよ!」と突然甲板に介入してきたミドリちゃんの顔はアップにしていましたけど、メンヘラ感と憤怒に駆られている表情を強調してシーンの変化を示したものと想われますね。

・サクラの涙は腕に落ちる
「もー…なんやのぉ…」と膝から崩れ落ちるサクラ。
彼女の涙は、腕にぽたぽたと零れ落ちます。
邪推かもしれませんけど、「腕に涙が落ちる」という構図は、アヤナミちゃん最後の夜と同じです。
あの時彼女は、「泣いてるのは、私。これがさみしい」と言っていました。
サクラも、ここでの涙は、同様に「さみしい」の涙だったのではないかというのが僕の読みです。
それは、やっとヴンダーの中で落ち着いたシンジが、結局自らの意思でエヴァの乗ることを決めて、周囲の理解も得たといったとことから来ている感情ではないでしょうか。
サクラはなぜか、シンジを自分の元で守ろう守ろうとしているフシがありました。
なんでなんだろう。
ある意味綾波とかなり似たようなことをしているんですよね。
二人は何か関係があるのかな。
もしかしたら、初号機内の綾波が、サクラを洗脳していたとか…でもそれを思わせるような描写は見当たりませんので、これは本当に邪推の蛇足。

・「今応急処置してますから……」
ミサトさんのお腹を包帯でぐるぐる巻きながら言うサクラ。
応急処置しているのは観ればわかることなので、この台詞はちょっといらなかった気もします。
芝居として不自然だしな……応急処置を始める前に、「応急処置を始めます」と言っているはずですし(笑)。
シーンとしては、サクラの贖罪を挿入する必要はあると想うのですが、台詞がなんかちょっと違和感あります。
まぁ、あと、ミサトが帽子もサングラスもアウターも着ていない状態の「ただのミサト」になっていることを示したいのだとも思います。
ミサトのゴテゴテの装飾は、彼女の職位の高さを示すものなはずなので。

・「あやなみが消えた帰り道、加持さんが言っていた土のにおいがしたんだ」
背を持たれて座り込むミサトに、シンジが近づいて言う台詞です。
ここ、ちょっと違和感があるんですよ。
あやなみが消えたって話をミサトさんが知っているような口ぶりであること、加持が語った土のにおいのエピソードもミサトは知らないであろうこと、土のにおいを嗅ぐシーンはアヤナミちゃん消滅後ではなく前日の夜だということ。
サクラがちょい前のシーンで「碇さんはなぜヴンダーに戻ったのですか?」と言っていたことからも分かるとおり、シンジはアヤナミちゃんが消滅したことを誰にも話していないはず。
ましてやシンジはヴンダーに戻ってからミサトと会話などしていないので知るよしもないはず。
なのに、みんなが周知している事実であるかのように「綾波が消えた帰り道」とか言っていて、ちょっと違和感があるんですよね……。
で、加持さんが言っていた土のにおいの話をするのも変な感じですし、ちょっと謎が残ります……。
まぁ、シンジを触発したが、アヤナミちゃんが消えたことと、世界を守るために自らの命を犠牲にした加持さんの教えであったことがここで台詞として明らかにされたということなのでしょう……。

とはいえ、「綾波が消えた帰り道」については完全に時間軸に齟齬が生じています。
アヤナミちゃんが消えたのはヴンダーが第三村に来た当日。
シンジはその日の昼にはアスカに失神させられているので、土のにおいを嗅ぐのが夕方だったこととも一致しません。
土の匂いを嗅いだのが夕方だったので、その日の夜にケンケンハウスに帰ってきた時に「ただいま」と言えるようになったことは心境の変化の流れとしてとても自然です。
しかしこの日の朝にアヤナミちゃんが消えちゃっていたという時間軸なのだとしたら、「なにお前ただいまとか言うようになってんの!?」ってことになっちゃうじゃないですか。
ただいまって言えるようになった≒シンジが第三村をホームと感じるようになっている。
けれど、アヤナミちゃん消滅という悲痛な経験を経て、「男の闘い」に身を投じる覚悟を決めるというカッコよすぎるプロットになっているわけですから……。

僕が改めて書くまでもないことですけど、庵野さんの作品は練りに練られているものなので、齟齬が生じているとは考えにくいです。
もちろん脚本は何度も書き直されているので、もともとあった部分と修正された部分に食い違いが出る可能性はあります。
また、脚本脱稿後も制作作業は続いているので、齟齬が可能性はあると想うのですけど、台詞であれば最終段階で入れ直すことも可能なはずなので、劇場公開のバージョンで齟齬が出ているというのはやはり考えにくいものですね……。
ミスではないのになぜ齟齬が生じているのかと考えてみると、意図的に違和感を覚えさせるような表現にしてあるのではないでしょうか。
たとえばですが、我々が観ていた第三村のパートと、このシーンとでは、別の世界線になっているとか……それは考えすぎでしょうか(笑)。
もし別の世界線になっているとしたら、それぞれを補完するようなスピンアウト作が作られてもおかしくありません。

・抱擁
「あなたを全力でサポートするわ」と言いながら、シンジを抱き寄せるミサト。
シンジはおずおずと、ミサトの身体に腕を回します。
当然、大人のキスはありませんよ……(;。;)
ミサトが座り込んでいる形なので、ハグしやすい体勢とは言えません。
二人がぎこちなく抱き合う姿が、少し離れたカメラで捉えられている構図になっており、周囲の人間達も黙って彼らを見守るさまも見えます。
ここでアップにしないのがニクいですね……(;。;)。
TVアニメや旧劇場版は、キャラクターは複数登場するものの、主軸となる人間関係は意外と一対一に集約されていって密着感が出ていた気がするのですが、破やQではそういった一対一の共依存関係的なものを否定するようなテーマ性を感じたので、ここで二人がパブリックな場での抱擁を果たすという点も重要な気がします。
また、二人の肌は触れ合っていないところも、特筆に値しますね。

「いってらっしゃい」「いってきます」のやりとりも、やっぱり超いいっすよね……。
生きて再び会うことなどできないだろうとお互いわかりつつも、「さようなら」ではなくて、二人が14年前に交わしていた挨拶で締める。
二人が最後に交わした「いってらっしゃい」「いってきます」は、参号機起動実験前だったのかな……その時だって多分、これが最後の「いってきます」「いってきます」になるなんて思ってもいなかったでしょうね。
こうして、かつての当たり前のやりとりを再び交わせることがもう、一つの奇跡ですよね。
泣けます……。

・「メンゴ」
腕が付いて頭上に天使の輪が付いた六号機とともに、マリがヴンダー甲板にやってきます。
「メンゴ」は謝罪の言葉ですが、おちゃらけた言葉遣いですね。
シンジが、裏宇宙に突入する決断をしていなくても、おそらくマリはやってきて彼を引っ張り出そうとしたことでしょう。
マリはシンジ自身がどう想っていようと、彼がエヴァに乗るべきだということに微塵も疑いを持っていない様子ですね。
破での「エヴァの乗るか悩むやつもいるんだ」と言っていたシーンを思い出します。
天性・天然の人って、「すること」「それができること」に疑いを持ったことがないんですよね。
3Dアニメ映画『カーズ3』では、かつて天才ともてはやされた主人公が立ち直ろうとするのですが、天才だった頃に何を考えていたのかと問われて「わからないよ。できないと想ったことがなかったから」と、当たり前のことのように答えるシーンがあったのですが、それを思い出します。

マリが手を伸ばすシーンは破の状況と同じですし、この映画のラストでも繰り返される構図です。
破では「もう乗らないって決めたんだ!!」と引きこもって意固地になっていましたが、このシーンでは過酷な状況が想定される中でもエヴァに乗ることを決断しています。
そして最後のシーンでは、むしろマリの手を引っ張って駆け出して行くので、シンジの成長が如実に見て取れますね。

・「仕事に戻りましょう」
シンジくんとマリが旅立ったあと、ミサトは肩を支えられながらもしっかりと立ち上がります。
かっこいい人ですよ……。
「仕事」という言葉がこの映画において重要ですね。
で、「仕事に戻りましょう」と言っているところなどは、ここまでのやりとりの一部には仕事ではないということ。
おそらく、ミドリやサクラが私情を剥き出しにして事態を引っかき回したあたりのことを指しているはず。
「やるべきことに私情を挟むべきではない」ということなんですかね。
とはいえ、アニメ作りのようなクリエイティヴなお仕事だと、「私情」も大いに原動力となりえるものであり、そこはコントロールを利かせることができないのが困りものなのでしょうけど……。

そういえばあんまりカッコよくないサングラスも、銃弾を受けたときになぜか落ちてしまっていましたが、ここでは拾ってかけ直しています。
艦長モードのミサトさんの証なのですかね。
シンジくんを見送るときは、艦長帽を外して、応急処置のためにジャケットも脱いでいました。
ヴィレの責任者である彼女を象徴するシンボルを3つとも外し、「葛城ミサト」として彼を送り出したのでしょう。
このあと、ミサトは再びこの3つを外すシーンが出てくるので、この「脱いでいく」動作は意図的に描かれているのは間違いない。

「浮いてるだけでも奇跡ね」っていう台詞は、満身創痍状態になりがちな庵野さんや庵野さんの制作体勢のことでもあるのでしょうか……(笑)。

・「マヤ、悪いわね」「いつものことですから」
マヤとリツコも、14年前と変わらない関係であることが示唆されるやりとり。
ヴィレのみんな、Qだけ観たらガチガチに厳しい性格に一変していたのかと思わされますけど、変わらないところは変わらないんですね。
人の上に立つ立場だと、こういうオンオフの切り替えが求められるのだという話なのでしょうか。

・「おかげで難なく進めている ありがたいことだにゃ」
この辺の説明全然よく分からないのですが、裏宇宙は特殊な空間なのですね!
シンジくんも絶対に意味わかってないと思うんですけど、なぜか心配そうな素振りは全く見せません。
不思議。

・「つかまえるのには骨が折れる」「大丈夫だよ、マリさん」
ゲンドウが量子テレポートを繰り返しているから捕まえるのが大変だというマリに対して、なぜか余裕の表情で答えるシンジ。
ていうか視界の範囲内でシュピンシュピンとテレポートしてましたけど、あれなら捕まえられそうに見えなくないのですが……ギャグなのか……?(笑)

・「姫の魂が残置されている可能性がある だから姫を、あすかを」
「助けて」だか「救って」だかの言葉が続いた気がします。
マリのアスカへの感情って、親心に似たものなのかなと思います。
ここで「姫」から「アスカ」に言い直すところなどは、シンジに対しての依頼の力を強めるためなのですかね。

・「あやなみ」ういーん
綾波の名前を呼ぶと、エントリープラグ内の壁が不思議なパワーで開かれていきます。
ここのところ、なんなんでしょう……なんでシンジは突然、こんなことができることを知っているのでしょう。
綾波が何らかの方法でシンジにテレパシー的なものを送っているのでしょうか。
それとも裏宇宙では、何か特別なことを知覚できるようになるの?
謎。

・「必ず迎えに行くから 絶対待ってなよ 碇シンジくん」
初見時は、なぜマリがここまでシンジに執着しているのかわかりませんでした……。
漫画版を読み直したり、映画のこの先の展開を考えると、「好きだったユイの子どもだから守りたい」「仲の良かったゲンドウくんの子どもだから守りたい」といった想いからだとの解釈もできるのですが、それでも、シンジ自身にここまで思い入れる理由はあんまりよくわからないんですよね……。
そしてもちろん、「ワンコくん」ではなく、ちゃんとフルネームで呼ぶことも重要ですね。
劇中で、人物名のフルネームが呼ばれるのはこのシーンだけなのでは。(人のフルネームを呼ぶ場面なんてそうそうないわけですが)
「綾波レイ」や「相田ケンスケ」のような自分の名前を自分で呼ぶシーンはあった気がしないでもない。

・「レイ、もういいのか」
シンジがワープすると、なぜか突然ゲンドウの背中を映すカットに切り替わります。
ゲンドウは少し振り返る仕草をし、上記の台詞を口にする。
この「レイ」が、初号機に残置されていたレイのことなのは間違いないでしょう。
そして「もういいのか」の台詞の意味はいくつにも解釈できそうですが、おそらくは、レイの持つ何かの意志をゲンドウは前から知っており、その意志を持つことを止めた(もしくは止めそう)ことをゲンドウはここで察知したのでしょう。
そのレイの意志の変化は、シンジがここへやってきたことが関係しているはずでしょう。

・「碇くん…。ごめんなさい 碇くんがエヴァに乗らなくてもいいようにできなかった」
具体的な台詞がちょっと曖昧ですが、こんな感じのことを真っ白なレイが言います。
髪は伸びまくり……14年間伸びざらしにしていたのでしょうか。
(そう考えてみると、レイって昔はいつ誰に髪を切ってもらっていたんだろう)
もしかしたらレイは、サルベージされて出てくることもできたかもしれないのに、「シンジがエヴァに乗らなくてもいいようにする」ために頑なに初号機エントリープラグの中に残っていたんですかね……。
カヲルが言う「これは君の望む幸せの形じゃなかった」と同じようなことを、レイはしていたのではないでしょうか。レイとカヲルはその意味でも似ているんですね。

シンジは、エヴァを終わらせるためにエヴァに乗ることを決めてここを訪れたのでした。
かっこいい男になりましたよ。
終わらせるためには進めなければいけないんですよね。
庵野さんの心境とも被ることですよね、ここは。

・「いいんだ 後は僕がやるよ」「うん お願い」
シンジの言葉をすんなり受け止める綾波。
「シンジをエヴァに乗せない」ことが絶対の目的だとすると、ここで綾波がシンジに席を明け渡すことは少し不自然です。
この後のレイとの会話も含めて考えると、レイは他の綾波タイプと同様でシンジに好意があり、シンジのアプローチを否定しないようになっているのかもしれません。
破のラストを最後に、このシーンに至るまでレイはシンジと言葉を交わすことができていなかったので、「碇くんはエヴァに乗らないのが一番いいこと」という想いが更新されていなかったのかも。
しかしシンジは強い意志を持ってここまでやってきたので、考え方を変えたという理解でよいんですかね。

そう考えると、アヤナミちゃんが、シンジが拒んでいるにもかかわらず、何度も通い続けるのって、他の綾波タイプでは起こらないアプローチだったのかもしれない……とちょっと思います。
あれ、そういえば、「好意を抱くように設計されている」なら、Qの最初の方での綾波の冷たさってちょっと違和感は出てくるなぁ。

・初号機起動?
シンジが操縦席に着いた初号きは動きはじめ、十三号機の首をググッと締めます。
ここでもゲンドウは意表を突かれたような表情です。
シンジが自分に闘いを挑むことを想定していなかったのでしょうか。
甲板でミサトに声を掛けられたところといい、ゲンドウはなんかびっくりしすぎな気はするんですよね。

・離れるところのアニメめっちゃいい
初号機に腕と脚が生えて、十三号機を蹴って身体を引き離します。
ここのアニメーション、すごくよかったですね……・。
初号機と十三号機の戦闘は一部手描きアニメになっていると思うのですが、そこはめちゃくちゃかっこいいんですよね……。

・シンクロ率∞
なんかここに来て無限大とか言われても、具体的に無限大っていうと何ができるのかよくわからないのでよくわからんのです……。

・「何がしたいんですかあの男は」「ただのエゴじゃん」
一般的な感覚で言えば、ゲンドウが成そうとしていることはエゴでしかないですよね(笑)。
でも、たとえ大きな目標や大志があったのだとしても、そのもともとの動機は他者から観れば大したことがなかったりみみっちかったり、「ただのエゴ」と切り捨てられるしかない事象なのではないでしょうか。
しかしやはり、ミドリちゃんの言葉は一般的な感覚を代表した一言として機能しているのではないかと思います。
また、ミドリちゃんは「私の家族皆殺しにしたんですけど」と語るように、ニアサーによって家族を失っている。
しかしそんな彼女が、失った伴侶と再び会うために世界を道連れにしようとしているゲンドウを一言でバッサリと切り捨てるのは、なんだか不思議。
生まれた時からあった家族を失うことと、偶然巡り会って一緒に過ごすようになった家族とでは、失われた時の感覚が違うということなんですかね……。

・「人の力ではどうにも出来ない運命を変えられる唯一の場所だ」
ゴルゴダオブジェクトのところ、ちょっと意味が分かりませんでした…(´;ω;`)

・初号機と十三号機がいろんなところでケンカ
アニメーションは過去の作品からの素材を流用しているところが多々ありますね。

町中で戦闘するシーンは、特撮のミニチュアっぽいという話ですね。
IMAX等大きな劇場で鑑賞すると、パレットに「東宝」の焼きごてが入っていることが確認できます。
よくもそんなことまでやりましたよね……(笑)。

場所が変わって、ミサトさんの部屋でもケンカ……。
ここは完全にギャグですよね。
しかもミサトさんの部屋は最初から電気がついているのではなく、戦闘が始まる直前にパッとつくのです。
つまり誰かが……初号機と十三号機しかいないので、どちらかが電気をつけたということ。
十三号機が「あー、電気のスイッチどこだ?」と四本の腕を駆使して壁を手探りしていたということになりますよね?
そんな滑稽な絵面、ありますか?(笑)

ミサト宅の食卓には獺祭がたくさんあります。
獺祭は山口県の酒蔵で作られる有名なお酒ですよね。
ここでも庵野監督出身地の山口県にちなんだアイテムが使われます。

あと関係ありませんけど、この室内での戦闘シーンも手描きのはず。
やはり、エヴァが蹴りを決める部分のアニメーションはめちゃくちゃかっこいいです。
そしてここも舞台であり、背景は書き割りになっていて、エヴァが吹き飛ぶとそれも崩れる。

次のシーンは野菜畑。
すいかも育っています。
シンジが「やっさい……!」と呟きますが、これは前のシーンでの「だっさい」に引っかけただじゃれなんですかね。
すいかも野菜だけど、あの絵の中では野菜よりすいかのほうが目立っていた気がしますが……。

・「本艦がブーセとして乗っ取られたとき」
ヴンダー艦内では、どうにかしていろいろしようと画策されています。
ミサトが上記のようなことを言いますね。
一瞬だけ、「ヴーセ」の文字が水色の塗料で「ヴンダー」と上書きされているところが映ります。
これももともとネルフが所有していた機体で、それを乗っ取ってヴンダーと名付けたことがわかる。
この「乗っ取り」「記号の書き換え」って、庵野さんがやったことそのままな気がしないでもない……。
ガイナックスが、庵野さん独立後にエヴァの利権を各所に売り払ってしまったせいでいろいろ苦労したというのは本人の口から語られたこと。
現在ネットフリックスなどで配信されているTVアニメ版エヴァのクレジットからは、GAINAXが削除されているといった話もあるので、ちょっとQでのネルフとヴンダーの対立は、庵野さんと昔の仲間との関係性を無視して語ることはできませんよね……。
・エヴァイマジナリー
ここの説明、全然意味がわからなかったです……。
ただ「虚構と現実を等しく信じる」という話については、『シンゴジラ』のキャッチコピーが「現実 (ルビ:日本)対 虚構(ルビ:ゴジラ)」とされていた点も印象深いです。
アダムやリリンやこのエヴァイマジナリーが、この釘から離れるシーンは、毎回溶けかけた雪見大福みたいな手だなーと思いながら観ています。
むにゅむにゅーって引っ張られるところですね。

「葛城博士が提唱した 人類だけが見える」みたいなことを言っていた気がするのですが、研究に没頭し狂気の淵に至ってしまった人がきっかけで人類がやべーことになるって言う話は、シンゴジラにだいぶ似ている気がします……。
もちろんエヴァの場合は、葛城博士が全ての発端というわけではありませんでしたけど、共通項があることは間違いない。
シンゴジを作った後に葛城博士の設定を足したのか、葛城博士についてのアイデアを昔から温めていてシンゴジに流用したのか、その辺の事情はわからないっすね……。

ところでこの釘にもゼーレのマークがあるし、エヴァイマジナリーの目の中にもゼーレマークがあるように見えます。
何でもかんでもロゴ付けているんかい。

・私の願いが叶うただ一つの方法だ
人ってそんなに何十年も、ただ一人の女性のためだけに残酷な道を突き進むことなど出来るんですかね……。

ただ、思うのは、誰しも初恋を失う悲しみを経験すると思うのです。
人によっては、愛した人をこの世を去るという悲劇に見舞われるかもしれません。
しかし、人はそこから立ち直ってゆくことができます。
忘れたり、他の人との間に愛を育んだり、関心の対象が他に移ったり。
でも、ゲンドウのように、「この条件さえ満たすことができれば、最愛の人があなたのもとに戻ってきます」と約束された方法がもしあったとしたら、その方法に縋ることはそんなにおかしいことでしょうか。
人と人との関係だと、相手が何を考えているのかわからないということが究極の問題です。
たとえば「お金」は明確に数値化できる指標です。
お金をたくさん得ることは簡単ではなく、能力や努力によって得るしかない。
しかし、その数値が高いことが必ずしもすべての人からの評価を得られるという保証はないわけです。
「お金を稼いでいる」からといって、最愛の人がそこに惹かれるかはわからない。
けれどゲンドウがユイを奪還するためには「人類保管計画を遂行できればユイに再び会うことができる」という保証されたも同然の条件がある。
失意の底から立ち上がることができていない状態だったら、そこに縋ってしまうことも、そこまでおかしくはないかなと思いましたね……私は。

・お前が選ばなかった
エヴァンゲリオンイマジナリーが出てくるところで、こんなことを言っていた気がします。
この台詞の意味がよくわかっていないんですが…旧劇場版で、世界を作り替えたシンジが、世界の法則を決めるときに、ゲンドウが望むものとは違う方法で世界を作ったってことを、ゲンドウは知ってるってことなんですかね?
なんなのやこれ。

・虚構と現実を等しく信じる
庵野さんにとって大きなテーマなのだとは思います。
シンゴジラのキャッチコピーが、「現実 ニッポン 対 虚構 ゴジラ」だったことも記憶に新しいですね。
この槍が挿入され、アディショナルインパクトが始まる辺りで、物語は「急」の突入します。
ドラマ的に言うなら、シンジが槍を地面に突き立てて対話を始める辺りか、このあとのシンジがゲンドウにiPodCLASSICを返すあたりが転換点かなとは思いますが……。

続きは↓
シン・エヴァンゲリオン劇場版を観て思ったこと全て 急

 - エヴァンゲリオン, 映画

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