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『君たちはどう生きるか』と『失われたものたちの本』

   

映画『君たちはどう生きるか』の公開後、一冊の小説がベストセラーになりました。
『失われたものたちの本』です。
映画公開前から、鈴木プロデューサーによって、映画が一冊の本から強くインスパイアされて作られていることが明かされていました。
それがこの本というわけです。

映画の内容が、多くの謎を残すものだったこともあり、多くの人が答えを求めてこの本を買い求めたものと思われます。
宮崎監督が、映画の原作として正式に許諾を得ずに種本とすることは今回が初めてではありません。
『千と千尋の神隠し』でも、児童文学『霧のむこうのふしぎな町』を元に物語を作りましたが、原作者に許諾を得ておらず問題となったこともありました。
そんな経緯も含めて、君どうは千ちひの姉妹作のような印象を僕は受けます。

また、元々この映画は、『君たちはどう生きるか』からタイトルを拝借していることはあまりにも有名ですし、作中では眞人がこの本を読むシーンがあります。

そういうわけで、この二作品と映画君どうとの関連性について書いていきたいと思います。

・君たちはどう生きるか
まず、映画のタイトルはこの書籍から引用しているけれど、映画の内容は決してこの作品を原作とするわけではないと元々公表されていました。
ただし、この本の形式である、「叔父さんから世の中について色々教えてもらう少年(父を早くに亡くしている)」は踏襲しようとしていたらしく、当初、眞人は異世界で大叔父からいろいろと教わることになっていたそうです。
ただしシナリオ作成中にその方向性はズレていき、最終的には現在のような、大叔父の生き方を否定することになるような結末を迎えました。
なんともはや……。

ただ、眞人が劇中でこの本を読み、涙するシーンも用意されており、それは眞人を成長させる一つのきっかけとなります。
眞人が、君どうのどの部分を読んだか見ていきましょう。
少なくとも劇中には、小説君どうの2つのページが映ります。
小説には4ページに1度くらいの頻度で挿し絵が入るので、画面に映った挿絵を見れば小説のどの辺を読んでいたかがわかります。

まず、主人公のコペル君と叔父さんが銀座の百貨店にいるシーンの挿絵があります。
私は1982年に発行された岩波少年文庫版を読みましたが、その版では「12と13ページ」でした。
コペル君が、百貨店の屋上から町並みや地上を見下ろし、東京にはとても多くの人がいることに思いを馳せるシーンです。
解説によると、この場面は東京が経済的に没落していっている様を表しており、ひいてはそれが戦争の火種になるのではないかと作者は予想しているのではないかということでした。
「東京に生まれて東京に育ったコペル君ですが、こんなまじめな、こんな悲しそうな顔をしている東京の街を見たのは、これがはじめてでした」と書かれていたはず。

次に、映画の中で時間が流れ、眞人が本の項に涙を落とす場面があります。
これは前述の版では、270と271にある、車を道路が走るシーンです。
場面として、主人公のコペル君が、先輩からリンチに遭っている友人たちを助けることができず、また先輩が「こいつの仲間はみんな出てこい」と周囲に呼びかけた時に出て行くことができないというトラブルがあるのですが、その後コペル君は体調を崩して寝込んでしまいます。
登校したら、友人達が自分を裏切り者として白い目で見るようになっていたらどうしよう……と思っていたところ、友人達がコペル君を見舞いに来ます。
その席でコペル君は、自分の情けなさを友人達に白状しますが、友人達はそんなことは気にしておらず、無事に仲直りできるというシーンです。
友情の尊さを描いている感じのシーンですね。
コペル君は友人の車に乗って道を往く……という場面の挿絵がこれ。
眞人がこのシーンの「友情」に涙を流したのか、自分の弱さを人に曝け出す勇気に胸を打たれたのかはわかりません……が、眞人が「友だち」を持つことを説くシーンがあるので、前者だったんじゃないかなと思いました。

映画の中では語られませんが、貧しいけれど幼いながら家計を支える同級生の姿も描かれているので、眞人が食べ物を粗末にしておばあちゃんたちと距離を置こうとしたことなどを反省しているのも、この本の影響かもしれません。
(いや、幼いとか言ってしまったけど、当時の日本では小中学生が労働に駆り出されることは決して珍しくなかったのかもしれないですね……君どうの婆やも、60年前から奉公しているとのことだったので、10歳に満たない年齢から働いていた可能性があります)

私個人としては、この本の中でナポレオンを英雄として無批判にたたえているシーンがあるので、ちょっと違和感を覚えました……というのも、現代では、ナポレオンは様々な国や地域を蹂躙した暴君であるとの見方も強まっていますよね。
この本は、「軍国主義下の流れが強まっていて出版界にも自主規制を求められていたので、精一杯の抵抗として出版された」という経緯があるようなのですが、そんな中でもナポレオンを無邪気に、勇気ある人物として称えているところには、欧米列強の後に続いてその姿勢を学ばんとしていたんだーと思わされました……ナポレオンですか……。
侵略を全肯定しとるやん……。

・失われたものたちの本
ジョン・コナリーというアイルランド出身の作家が、2006年に発表した小説です。
(鈴木敏夫さんはアイルランドの作家と紹介していました。コナリー氏が現在もアイルランド在住であるかはわからないです……)
日本語訳版は2015年に発行されています。
宮崎さんは鈴木さんにこの本を手に「これを元にした作品を作る」と伝えたそうですが、
毛虫のボロの制作風景を映したドキュメンタリーによれば、2016年には君どうの企画書は完成していたようです。
といっても君どうパンフに掲載された企画書からすると、企画書はかなりざっくりとした内容しか書いていなかったようなので、その時の構想がどの程度君どうに残っているのかはわかりませんが、2016年の時点でこの失われたものたちの本の影響を受けていたのだとすると、翻訳版が刊行されてから早い段階で読んでいたということになりますよね。
鈴木敏夫曰く、宮崎さんは現在でも月に2~3冊の児童文学を読んでいるとのことなのであり得る話ではあるのですが、すごいっすね……。

本の筋書きをざっくりと要約すると、第二次大戦下のイギリスで愛する母親を病で亡くした少年が、父と新しい母との間に軋轢を感じ、現実逃避願望のようなものが芽生え、そこへ来て腹違いの弟が誕生したことでそれがピークに達する。
新しい母方の親戚の家に身を寄せた主人公は、その家で、昔新しい母の叔父にあたる男性と、その妹が行方不明になって帰らなかった事件があったことを知る。
主人公の住む土地まで戦火が及んできた頃になり、墜落してきた戦闘機の爆風に巻き込まれかけた主人公は、屋敷の庭の木から異世界に迷い込んでしまうというもの。

読んでいて、君どうと共通している要素や描写と思われるものをまとめました。
ただし、読んでいたのですがあんまり記憶になかったり、曖昧な記憶です……私はそんなにハマりこめなかったんですよね。

・主人公が母親の死から立ち直れておらず、それが別世界に迷い込むきっかけになる
・お父さんが仕事で家を開けがちで、家で継母とのクッションになってくれる存在がなくやりづらい
・別世界で母の面影に接する
・主人公が父と継母のキッスを階段の上から目撃してやりづらい気持ちになる
・孤独感に苛まれる主人公の元に戦火が忍び寄っている
・主人公には腹違いの弟ができる
・現実の世界に変な男が現れて、主人公を別世界に誘う。失われたものたちの本では「ねじくれ男」、君どうでは「鷺男」
・主人公の母親の瞳が緑色であることがわかる描写がある
・別世界では、世界の終わりをカウントダウンするアイテムがあり、それを現実世界から迷い込んだ叔父が所持している。失われたものたちの本では大きな砂時計、君どうでは積み木。

全体的には、要所要所で似ているポイントはあるものの、君どうの原作がこの失われたものたちの本と言えるかというと、そこまで似ているってことはないなと思いました。
そもそも原作付きの作品であっても、魔女宅やハウルのように好き勝手作り替えてしまうのが宮崎さんなので、参考図書くらいの話だなーと思います。

また、失われたものたちの本は主人公に実体験を記した本であるとの体裁なので、君どうが宮崎駿さんの自伝的要素があるってことを考えると、まぁまぁ近いかなという気がします。
あと、失われたものたちの本は別世界が実在の童話をモチーフにした人物が展開が多く、童話を読んだことがある主人公がその童話のオチを知っているがゆえにピンチを切り抜けるといった場面があります。
宮崎さんの過去作のセルフオマージュ的な絵が多いのは、失われたものたちの本が古典を引用しながら作っていることに由来しているのかなと思ったりなどしました。考えすぎか。

ただユニークな相違点として、宮崎さんの映画がこれまでの宮崎アニメにあるように「往きて帰りし物語」の構成を取っており、眞人は現実世界に帰るし、眞人は元いた東京に帰ることになります。
対して失われたものたちの本では、主人公は現実の世界に帰るのですが、物語の結末では主人公が年老いて、再び別世界に入っていってしまっていました。
元々別世界には「いつでも戻ってこれる」といった説明があったのですが、別世界に往く場面で物語が終わっていたのでけっこう驚かされました。
物語の結末に触れますけど、主人公が現実に戻ってきた後、主人公とその家族のその後が淡々と語られます。
結局父と継母は離婚し、父はその後再婚することもなかったといった内容でした。
悲しいけれど、なんか美しくていい結末でした。言葉がとても優しいんですよね。
そう考えると、宮崎さんも、当然眞人とその家族のその後は作品で語るつもりはなくとも、宮崎さんの頭の中にはあるんだろうなーと思ったりなどします。
果たして勝一と夏子はその後円満に暮らすのでしょうか……。

映画『君たちはどう生きるか』に大きな影響を与えたことが確定している2冊の本について、気になったことはこんなもんです。
読んでみると映画への理解が深まると思いますのでオススメです。

 - ジブリ作品, 君たちはどう生きるか, 映画,

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