てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

*

『男にとっての仕事』映画としての風立ちぬ

   

宮崎駿さんが監督したアニメ『風立ちぬ』について考察します。
風立ちぬは、2013年に公開されました。
僕は公開されてからすぐに観に行ったのですが、正直なところあまり楽しめなかったんですよ。
主な理由としては

・ハラハラドキドキする要素が全然ない
・主人公がアホみたいで何考えてるのか全然わからない
・主人公役の庵野さんの声と演技が嫌
・戦争の映画だと思ってたら戦闘シーンがない
・社会的なメッセージがくみ取れない
・主人公が天才過ぎて感情移入できない
・話にオチがついてない

などなど。
国民的作家である宮崎駿さんの最新作だし、すでに72歳だったので最後の作品になってもおかしくないと思っていたので、自分の中ですごくハードルが上がっていたのだと思います。
あと当時はシナリオライターを目指していたので、「天才」「可愛い娘に献身的に尽くしてもらってる」二郎に対するムカつきがすごかったのかもしれません。

しかしその後、岡田斗司夫さんがアップした風立ちぬの解説動画を見て、評価がひっくり返りました。

http://www.nicovideo.jp/watch/1375680159

要するに、台詞を表面的に追うだけではこの映画の本当の面白さ……宮崎さんが作品に秘めたメッセージは理解できないという話なのでした。
いわゆる「行間を読む」ことが求められる、非常に深みのある作品だったということです。
僕はジブリの作品って、誰が観ても面白い作品に仕上がっているのがすごい! と思っていたのですが、風立ちぬは「わからねーやつには伝わらなくてもいい」という、振り切ってしまった作品なのですね。
「わからないと楽しめない」という領域にあるというか。

作品を読み解くためのポイントを具体的に挙げると

・二郎は綺麗な女の人と飛行機にしか興味がない
・好きなものにしか興味がない人間の恐ろしさ
・上流階級に生まれたことへの罪悪感と欺瞞
・二郎と菜穂子は嘘をついている
・頭が悪く粗野な人間を愚劣な生き物として描いている

といったことでしょうか。
この辺りのことは、もう一つエントリを作り、そちらで書きたいと思います。

このエントリで書いておきたいのは、風立ちぬが「仕事」を描いた映画として傑作だということです。
宮崎駿さんはこれまで『魔女の宅急便』と『千と千尋』でも中核テーマに「仕事」「働くこと」を選んできています。
魔女宅は女子からの人気が異常に高い作品ですが、あれは「女子が主人公の仕事映画」という、当時はあんまりなかったであろうテーマの映画なのです。
宮崎さんの時代の先を見据える目の鋭さよ……。
とにかく、言っておきたいことは、宮崎さんは作品のテーマを「仕事」にすることがあるし、別の映画の中でも、縁の下の力持ちとして堅実な働きを見せる人々を描くことが多いです。
しかしどこか、「女性」の仕事を描くことが多くはなかったでしょうか。
そんな宮崎駿さんが満を持して作った「男にとっての仕事」映画が、風立ちぬなのです。

ただ、前述したように、映画を表層的に観るだけでは宮崎監督が描こうとした真の意図が判りません。
なので、考察・深読みをしていくことはもちろんですが、風立ちぬの絵コンテと原作漫画を一次資料として参考にします。
絵コンテには宮崎監督による、演出のためのメモが書かれている部分もあるので、作品を理解するうえでは欠かせない資料なのです。
一応原作とされている堀辰雄さんの小説の『風立ちぬ』と『菜穂子』は未読です……勉強不足で申し訳ないですが……。
あと、堀越二郎がどのような人だったかも知りません。
風立ちぬという作品は、「原作あり」とか「実在の人物を主人公にしている」という前口上を用意しつつも、宮崎駿監督が好き勝手に作ったものだと思っているからです。
そしてそんな前口上が必要だったのは、宮崎駿さんが素の感情をさらけ出すために隠れ蓑にするためだったと思うのです。
それゆえに、宮崎駿さんの素の生きざまが垣間見える怪作になっているんです。
原作版では、飛行機の設計とアニメーション制作をダイレクトに重ね合わせている場面が多々あります。
凄まじいですよ。
ただ、風立ちぬと菜穂子は今後読むつもりなので、読み終わって追記したいことがあったらなんか書くと思います。

主人公の二郎は子どもの頃から飛行機が好きで、大人になってからも飛行機の設計をする仕事に就きます。
好きなことがそのまま仕事になった人です。
しかし、映画の冒頭で、二郎が観ている夢の中で、彼は飛行機を操縦していました。
つまり彼は、飛行機の操縦士になりたかったはずです。
しかし彼は視力が悪くいため、操縦士になれる可能性は低いことを自覚しています。
家の屋根に上って、夜空を眺めているシーンもあります。
「星を見てるのです。遠くのものを見てると目がよくなるのです」
と妹に語っていますが……これはおそらく「遠くて届かないかもしれないような夢を持つことで人間は成長できる」といった暗喩でもあるはずです。

そして二郎は、夢の中でイタリアの飛行機設計士のカプローニ氏と邂逅します。
そこで自分は目が悪く、操縦士になれなさそうだということを打ち明けます。
カプローニ氏は

「いいかね日本の少年よ わたしはヒコーキの操縦はしない イヤできない 
 パイロットに向いている人間は他に沢山いる 
 わたしはヒコーキを作る人間だ 設計家だ」

と語ります。
彼の話を聞いているうちに、二郎の表情は希望に満ち、威勢のいい返事をします。

「いいかい日本の少年よ ヒコーキは戦争の道具でも商売の手だてでもないのだ 
 ヒコーキは美しい夢だ 設計家は夢に形を与えるのだ」

とカプローニさんは続けます。
台詞を文字に起こして、冷静に読んでみると、話がどんどんすり替わっていっていることがわかります。
しかし、話者は自信を持って勢いよく話しているので、聞いている人は信じ込まされる……洗脳されてしまうような話し方ですね(笑)。
絵コンテでは「カプローニの狂気をやどすどUP」と演出の指示が添えられています。
そう、このシーンで、二郎はカプローニさんに呪いもしくは魔法を掛けられるのですね。
カプローニさんの狂気が、二郎に伝染します。
彼の言葉で、二郎は悩みを打ち消されます。
その後、母親に揺り起こされた二郎は、飛行機の設計技士になることを宣言します。

カプローニさんは二郎の夢に何度か登場しますし、二郎はカプローニさんのことを何度も思い起こします。
これは重要なことで、仕事をこなす中で「自分の目標とする人物ならどう考えるだろう」と想像することで、視野が広がることに繋がります。
宮台真司さんはこういったことを「ミメーシス(感染)」と呼び、自分を成長・変化させるためにはとにかく、「すごい人」に感染しろと言っています。
すごい人と共に過ごす時間を増やせば、自分を成長させることができるのだと。
宮崎駿さんも若かりし頃には、師匠にあたるアニメ演出家の高畑勲さんから薫陶を受けていました。
ジブリを設立してからは、二人は共同作業をしなくなりますが、宮崎さんは制作中に悩むことがあると「パクさん(高畑さんの愛称)だったらどうするかな」と常に考えていたそうです。
千と千尋の作っている頃には「こんな演出したらパクさんに怒られるな(笑)」なんてことも言っていたそうです。
つまり、師匠の教えから外れるようになるということ……指導者の掌の上を飛び出して、自分の型が出来上がってくるんでしょうね。
スパイク・ジョーンズ監督の『アダプテーション』という映画で、主人公は脚本家の男なのですが、脚本の大家に教わったことを「あの人はこういうことをするなって言ってたな……あぁ、でもいいや、やってしまおう」と振り切るシーンがありました。
良い映画なんですよ……。
作詞家の松本隆さんが、教則本や技術について説いた本について「読んだ方が良いと思う。けど、実際に作る時には、読んで覚えたことは全部忘れなさい」と語っていたことがありました。
これも含蓄のある言葉ですね。
仕事をはじめたばかりの頃は型通りにやれ、自分の発想が型から外れるようになったら、自分で新しい型を作らなければならなくなるんでしょうね。

しかしそもそも、二郎はカプローニさんが載っている英語の雑誌を読もうとするくらいの「飛行機好き」なわけで……なぜ二郎がそんなにも飛行機に取り付かれているのかは描かれません。
ここはおそらく宮崎さん自身の投影です。
宮崎さん本人は父親が飛行機の工場を経営していたので、幼少の頃から飛行機が身近な存在だったんですね。
だから監督の作品には、飛行機が様々な形で登場し、空を飛ぶシーンが頻繁に描かれるのでしょう。
また、幼少時代から絵を描くことが大好きで、とても上手だったそうです。
宮崎監督は、子どものころから好きだった「飛行機」と「絵を描くこと」がそのまま仕事になっていますね。
ですが、大学時代は漫画家を志していたようで、公開されていないもののいくつか習作を描いていたそうです。
その後、漫画家ではなくアニメーターとして就職しました。
これは一つの挫折だったのかもしれませんね。
そしてアニメの演出をするようになり、41-42歳の頃に様々な縁からナウシカの原作など漫画の作品も描くようになります。
人生紆余曲折ですねぇ……。
そして宮崎吾郎さんは、駿さんがアニメ製作に熱中していて家に帰ってこないから、駿さんが作った作品を繰り返しビデオで観賞していて、現在ではアニメーション監督になっているという……宮崎家、不思議ですね。

はれて二郎は設計技士を目指し始め、「美しい飛行機の作り方」を常に考えるようになります。
学友の本庄と一緒に食事をしていても、定食のサバを解体しては、その骨の曲線の美しさに魅入られます。
アイデアって、本当に、ある時に、パッと思い浮かぶことはないでしょうか。
ミーティングの最中や、仕事のことを考え詰めている時よりも、全く関係のないタイミングで出てくることがあるのです。
僕は物語の創作をしていた時期もありますが、その時も、アイデアは突然降ってわいてくることがありました。
しかしそれは偶発的に出てきたものというよりは、「パズルのピースがあと一つ揃えば」というところまで突き詰めた状態になっていたから、一見関係のなさそうなピースがはまったようなものではないでしょうか。
オニツカタイガーの創設者の鬼塚喜八郎さんは、食事中に出てきたタコの足を見て、その吸盤からスニーカーづくりのヒントを得たなんて話もありますね。
「考え続けること」の重要性というものが、ここにはあるような気がします。

ただ、風立ちぬでは、「好きな物のことを考え続けること」は普通の人から見れば狂気的でもあるという面も描かれています。
二郎は日常生活に弊害が出るレベルで「美しい飛行機の作り方」だけを考え続けていますからね。
彼が自分で、自分の身の回りのことをこなしている描写が出てこないのは、そういう意図での演出なはずです。

その後、二郎は三菱内燃機製造(現在の三菱重工)に入社します。
本庄も同じく三菱に入社しており、共に切磋琢磨することになります。
そこでエースとしての活躍を見せ始めるので、僕は初鑑賞時はこの辺りから「なんだただの天才の話じゃん」と感情移入できなくなってしまいました。
しかし当時の日本は、飛行機作りにおいては後進国でした。
金も資源も潤沢ではありません。
試作した飛行機を飛行場まで運ぶのに、牛に牽いて行かせるという描写もありますね(笑)。
技術は海外の方が進んでいるため、二郎はドイツへ視察に行くシーンもあります。
二郎は才能のある設計士でしたが、仕事をするうえで制約にしばられていたことは、普通の人たちと何ら変わらないんですね。

視察から帰ってくると、二郎は海軍の戦闘機の開発でチーフ(主務者)に任命されます。
漫画の方では『二郎はそれまでヒコーキをまるごと設計したことはない。部分の構造と計算にあけくれていた』という宮崎さんの注釈が入りますが、二郎はこの話を快諾します。
そうして作られた七試艦上戦闘機ですが、テスト飛行中にあえなく空中分解してしまいます。
二郎の初めての大仕事は失敗に終わったのです。
この部分って映画版では時系列をバラして描かれるので、ちょっと分かりにくいと思います。
テスト飛行開始 → 無事に飛翔 → みんなが喜ぶ → 二郎、軽井沢へ → 二郎、部屋の中で、飛行機が落ちていく場面を回想
という。
そう、二郎がホテルの部屋の床に寝転がって回想しているのは、自分の仕事での失敗なのです。
二郎の中ではとても大きな出来事なのに、映画では大事件として見せていないんです。

宮崎アニメで、主人公が寝転がって無表情のまま上の方を仰ぎ見ているというのは、主人公の「魂の死」を描いていると考えていいと思います。
魔女宅でのキキしかり、トトロでのめいしかり、挫折を経験したり、打ちのめされてどん底に落ちた状態です。
千と千尋でいうなら、冒頭の車中のシーンがすでにそうだと思います。
あれは、何もやる気を持ってないダラけた女の子が、仕事を持って変わっていくお話なので、冒頭が「魂が死んでる」状態なのです。
台詞がないし、表情の変化に乏しいので、二郎の心境がわかりにくいのですが、ここでの彼は大きな脱力感に見舞われています。
さすがの二郎でも、仕事の失敗は堪えるんですね。
そして失敗したとはいえ仕事の大きな節目を迎えたので、彼は休暇を取って軽井沢へ来たのです。

ところで、この七試艦上戦闘機のテスト飛行のあたり、漫画版では名言の連続でした。
そもそも七試艦上戦闘機も、二郎は思い通りに作り上げたわけではないのです。
会社の上層部からのプレッシャー、『クルクルパーになっている(宮崎監督談)』戦闘機操縦士からのワガママな注文、そもそも時間が足りないなど、様々な事情によって自分の理想の実現を阻まれた形です。
そのうえ、二郎にだって知識も技術も経験も不足しています。
テスト飛行の前に、誰もいない工場の中で、完成した機体と対峙する二郎。
後ろから、カプローニさんが話しかけてきます。
「どうかな 君の最初のヒコーキは」
「みにくいアヒルの子でした」
「原因はなんだね おろかなスポンサーの軍人共か 会社の重役か それともパイロット達か 君の国の技術水準かな」
「いえ…… 原因は自分の力不足です」
「よし それでいい では 胸をはって進め」

これ、泣けますよね……。
自分の仕事に100%満足できている人って、あまりいないですよね。
予算は限られているし、人的資源も時間も技術だって満足できるような用意はない。
言い訳はいくらでもできますし、その言い訳は正論でしょう。
だけどそれでも、失敗は自分で引き受けるのが男だと。
うろ覚えなのですが、宮崎駿さんは「人から言われたことは素直に受け入れる、伸びる人ってのはそういう人ですよ」と言っていたことを思い出します。
宮崎さんも、愚痴をこぼさず、与えられた環境の中でベストを尽くそうとしてきたんでしょうね。
そう、風立ちぬのどこか特別かって、宮崎駿さんみたいな超絶大天才も苦労を重ねてここまでたどり着いたのだってことがわかるところです。
風立ちぬは漫画版も映画版も、二郎がカプローニという先達に自分の生き方を重ね合わせるという図式があります。
その二郎のまた向こうに、宮崎駿が二郎に自分を投影しているのが透けて見えてくるんです。
漫画版を読むと、飛行機設計技師の仕事にアニメ監督の仕事を重ね合わせて語られるところがすごく多いのです。
天才でも苦労するものなのか、苦労を重ねても辞めなかったから天才と呼ばれるようになったのか……。
天才的な才能を持った人でも、途中で辞めてしまえば、自分の能力を活かせない分野で「普通の人」として生きていくことになるわけですからね。
続けることの大切さ……くじけても、立ち上がることで見えてくるものは必ずあると思わされます。
ほんとに「仕事」について考えさせられる作品です。

話を戻すと、その不細工な機体にも二郎は愛着が湧いていたのでした。
飛行機が空中でバラバラになってしまった後も、
「二郎は弁解をいっさいしなかった いつものように平然とふるまったのだった」
今は感傷にひたる時ではない。自分の錯誤と妥協のすべての結果が眼前にある アヒルの子は死んだ……むしろふしぎな解放感があった……」
といったモノローグが並びます。
そして真っ暗な部屋で布団に入っている時にカプローニさんの顔が浮かんできて
「泣く時はひとりで泣け……」
と言います。
そこに
「フトンに入ったらとつぜん涙があふれてきた」
というモノローグが続く。
ここのところ、絶対宮崎さん自身の体験談だと思います(笑)。
「泣け ワシもよく泣いた」
と続けてカプローニさんが言うのですが、その次のコマでは
「チミナ またおちた エーン」
「いい子 いい子 あなたは天才なの」

と、カプローニさんが奥さんの胸に抱きしめられて、頭を撫でられている絵が描かれています。
ここは宮崎さんの願望が出過ぎていてちょっとヤバイです(笑)。
漫画版の冒頭でカプローニさんを紹介する時に『奥さんはとても美人だ。ホントだぞ』という言葉を書いていたくらいなので、宮崎さんにとって「奥さんが美人である」ということは非常に重要なのでしょうね……。
別のエントリで「二郎は美人しか見てない」という件についても書きますが、これってやっぱり宮崎さん自身が女の子大好きってことなんでしょうね。
いや、そりゃ、男は誰だって仕事を頑張って家に帰って、美人の奥さんによしよしされたいでしょうよ!!!
けど宮崎さんは露骨にそれが出ててちょっとキモいというか……いや、他の人が恥ずかしがってやれないことをやるから国民的作家なのかもですね。
開き直って、恋人にはめっちゃ甘える……仕事を全力で頑張るための秘訣の一つかもしれませんね。
けど実際には、彼女も仕事で疲れてることは多いだろうし、そこのバランスは非常に難しいです。
社会人カップルにおける「相手も疲れてるだろうし甘えにくい」感というのは大きな問題ですね。
「超安らげる場所」がないというか。

そんなこんなで、二郎は軽井沢で時間を過ごします。
そこで、震災の時に出会っていた菜穂子と再会して、彼女と親しくなっていきます。
(この辺りの恋愛描写については、別のエントリで説明します。「二人は自然に惹かれ合っていった」のではなく、「菜穂子が二郎を落とした」のです)
熱を出して部屋で療養していた彼女と接触するために、二郎は紙飛行機を作って飛ばします。
これは作劇として上手いですよね……女の子との距離を縮めることと、飛行機への関心を取り戻す過程を同時に描けているのですから!
やっぱり宮崎さんの才能ってすごいですよ……。
それで、かなり急な流れで、二郎と菜穂子は晴れて親も公認の仲になります。
菜穂子は結核を患っており、治るかどうかわからない状態だということも聞かされます。
当時は結核は死の病だったそうです。

そして、彼は山を下りてから、親友の本条が作っている機体を見せてもらいます。
二郎は手に持っていた図面を本庄に差し出して、自分のアイデアを使えばもっと良くなると助言をします。
「僕のアヒルには間に合わなかったんだ」
ここで注目してほしいのは、二郎が工場へやって来た時、すでに図面を持っていることです。
本庄の機体を見てから自分のアイデアを足すことで改良できると思いついたのではなく、はじめから自分のアイデアを譲ろうとしているんです。
二郎が彼にアイデアを譲ろうとしているのは、飛行機づくりの夢を諦めようとしているからでしょう。
映画版では深くは描かれませんが、二郎はチームの主務となっており、いつも夜遅くに帰宅する生活を送っていたのです。(子どもたちにシベリアを恵んでやろうとするところで「今日は遅いね」と声を掛けられていますね)
おそらくその状態では、菜穂子に会いに行ったり、手紙を書いたりする時間も作れないでしょう。
漫画版は「仕事を取るか恋愛を取るか」のテーマがないため、二郎は菜穂子と数時間の逢瀬をするために夜行列車で東京へ行っているんです。
対して映画版では、この時点では菜穂子に手紙を送っている描写はありません。
この時、二郎には飛行機作りという天職を辞めて菜穂子のそばで暮らすという選択肢もあったかもしれません。
飛行機作りを続けることではなく、愛する女性のために生きることを選ぼうとしたはずです。
「二郎、良いアイデアだ。これはコロンブスの卵だ」
本庄は、二郎のアイデアを褒めます。
しかし
「ありがたいが、今は使わん」
と、断ります。
二郎には、なぜ使わないのか判りません。
「この図面はもらっとく。二郎が次のアヒルに使ってから、俺も使わせてもらうよ」
二郎はその言葉から友情を感じます。
「判った」
「早く使わせろ 待ってるぞ」
と、本庄が二郎を激励してこの会話は終わります。

この場面は漫画版には存在しないのですが、むちゃくちゃ熱いです!
本庄にとって二郎は、親友であると同時にライバルなんですね。
彼は二郎が、仕事の第一線から身を引こうとしていることを察しています。
それを引き留めるために、暗に「飛行機作りをやめるな。早く次を完成させろ」と告げるのです。
そして、一人の天才設計者として尊敬してもいる。
二郎が次に作ろうとしている飛行機を見るのを楽しみしているんですね。
最高のシーンですよ!

その後、やはり二郎は仕事に没頭していきます。
そんな中で、菜穂子の実家から、菜穂子の病状が悪化したことを知らされます。
二郎は急いで汽車に飛び乗り、菜穂子の実家のある東京へ移動します。
ここで、二郎が計算尺を使いながら図面に涙をこぼしている場面もとても印象的ですね。
名古屋での飛行機設計の仕事と、東京で病気の療養をしている菜穂子との恋の両立が出来ず苦しんでいるのでしょう……二郎にしては人間らしい感情が垣間見えるシーンだと思います。
あるいは、彼女が病気で苦しんでいる時でも仕事をしてしまう自分の異常性に気付いているのかもしれません。
きっと彼の頭の中でははっきりと仕事のスケジュールが見えており、「どの程度の時間であれば仕事を手放せるか」がわかっているんでしょうね。

そして菜穂子と対面。
二郎は菜穂子の胸に抱かれながら、ゆっくり頭を撫でられます。
宮崎さんって、「頭を撫でる」の描写が丹念ですよね……。
僕は女性に頭を撫でられるのが好きなので、フェティシズムがくすぐられます。
菜穂子の病状を心配して来たはずなのですが、むしろ二郎が慰められているかのような、かなりおかしいシーンです……(笑)。
そして二郎は名古屋へ帰っていきますが、菜穂子の父に
「君には仕事がある 男は仕事をしてこそのものだ」
と諭されます。
菜穂子の実家も大金持ちっぽいので、菜穂子のお父さんにも仕事に対しては一家言あるのでしょうね。

二郎が帰った後に、菜穂子は療養のために高原病院に入る決意を伝えます。
対する二郎は……名古屋に戻ってからというもの、夜遅くまで会社で勉強会に勤しんだりしています。
菜穂子と出会う前の、仕事一筋・仕事大好きな二郎に戻ってしまいます。

菜穂子は吐く息が白く染まるような寒々とした山の上の病院で、二郎からの手紙を受け取ります。
『新鮮な外気で肺を刺激して自然治癒力を高めて、結核菌の活動を抑え込もうという方法』だそうです。
手紙を開いて、はじめのうちは頬を緩ませながら読んでいますが、だんだんと表情が険しくなっていきます。
そして手紙を閉じて、泣きそうな表情で空を見上げてしまいます。
二郎の書いた手紙の文章は、ご丁寧なことにちゃんと画面に映されているので読めるんです。

「菜穂子さま
寒さも日に日に増し  たがが
いかがお過ごしで
僕は仕事が中(?)」

書いているのですが、途中からすぐに仕事のことばっかり書いているんです。
菜穂子のことを心配したり、菜穂子への想いを綴ることよりも、仕事のことばっかり考えているものだから、手紙の内容も仕事のことばっかなんですよ!
原作では菜穂子は二郎の手紙を読んで『いつもヒコーキのことばかり……つまんない』とぼやいているほどです。
実際に、仕事ばっかりしている時って、友人や恋人と会っていても仕事の話が多くなったりしませんか……?
アニメの絵コンテによると『この手紙で二郎が山に来る日が決まるはずだった』そうなのです。
菜穂子はその手紙を読んで『二郎は来ない かなしく せつない』気持ちになり、一人山を下りて名古屋へ向かいます。
映画版の菜穂子は、二郎と同じく、本音を台詞で語らない人物になっているんですね。
ほんと面白いです……。

その菜穂子を二郎は迎え入れて、上司夫婦の立ち合いの元、二人は結婚します。
菜穂子は日中、二郎の居候する上司のお家にいて、二郎は会社で仕事。
二郎が帰宅してからはお部屋でいちゃつきつつ、仕事をこなす……そんな生活を送ります。
つかの間ながら。
この辺りから、かなり「理想的」なお話しになっていて、あんまり感情移入はできないです(笑)。
普通の人って、「仕事」があるのはもちろん、家事などの「生活」も自分でこなさないとならないですよね。
まぁ昔は、男は仕事をして、女が家事をするというの多数派だったようなので事情は違うかもしれませんが……。

宮崎駿さん自身も、若くして結婚しています。
奥様は年上のアニメーターだったのですが、家のことが成り立たないからと、奥様に仕事を辞めてもらったと言っています。
その時、奥さんは仕事を続けたがっていたそうです。
アニメーターとしては奥様の方が才能があったと言う話もあるくらいで、宮崎さんは奥様にたいそう恨まれたそうです。
ここでの二郎って、家事は全部上司の奥様やお手伝いさんに任せていて、自分は寝ても覚めても仕事をしっぱなしなんですよ。
しかも会社から帰ってきたら、かわいい奥さんがそばにいてくれる中で仕事をしています。
そんな環境、凡人の私に感情移入しろというのが無理な話ですよ!(笑)
ふざけやがって!

ただここはある種、宮崎駿さんの懺悔のようなものなのかもしれないです。
本当に生活にかかわる雑事全てを分担すれば、つまり自分が仕事に打ち込み過ぎることがなければ、奥さんも仕事を続けることができたのではないかと思っているんじゃないですかね。
別のエントリで書きますが、宮崎駿さんは自分が恵まれた環境で生きてきたことに罪悪感を持っているようで、二郎にもその性質は投影されています。
奥さんと結婚してから50年近くもの間、家庭を顧みずにアニメーション制作に没頭し続けたことへの罪悪感から、一挙両得のような人生を送った男を描いてしまったということではないでしょうか。
だから、最後の草原のような場所で、死んだはずの菜穂子と対峙する場面で、彼女は二郎に「来て」と言っていたのです。
全てを清算しなければいけないのだ、と告げるように。
ですが、制作の大詰めになってから、宮崎さんはそこを「生きて」という台詞に変えました。
最後の最後までわがままな人なんですね(笑)。

お仕事映画としてのピークは、途中で迎えてしまったため、このエントリも尻切れトンボ感が否めません……!
働く男としての教訓としては、一億総共働き時代が到来した今、「家事はちゃんと分担しろ、女性も働くの好きな人多いぞ」ということでしょうか。

「仕事が楽しい」と思える瞬間ってあるじゃないですか。
僕は20代半ばくらいまで、とにかく労働が嫌で嫌で仕方がなかったのですが、30歳手前あたりから、遅まきながら仕事を楽しく感じることが増えました。
そうなってくるとプライベートの時間でも仕事のことを考えるようになります。
仕事に差し障るといけないから、睡眠時間を多めに取ったりするようになります。
もともと趣味だった読書でも、仕事に関係する本を読むようになったりします。
生活における優先度で、仕事が高い位置にくるんですよね。
たとえば、若い頃はデートコースを練ったり、プレゼントを選ぶのにも時間をかけたり、していたことが、仕事が楽しくなるとおろそかになってしまったりしますよね。
二郎じゃなくても、恋愛と仕事の両立させるのってとても難しいことなんですよね。
どっちも楽しめればそれが一番なのでしょうけど、仕事ってゴールがないというか。
仕事ができるようになるために「学ぶべきこと」を考え始めたら、無限にありますからね。
うまくいっているように思える事業や職場環境だって、常に変化し続けるものなので気を抜くことはできません。
対して、恋愛って、通常は相手が一人だし、自分が成長しないと乗り越えられない壁のようなものができにくく感じてしまうというか。
感じでしまうだけですけどね、相手も自分も人間的に変わるし、環境も変わるし。
恋愛よりも、仕事のほうが難しい≒時間を掛けなきゃいけないこと思えてしまう。
……とか考えてしまうのは僕だけですかね?(笑)

しかし、人生を振り返った時に、恋人が辛かった時期を恋人が支えてくれていた記憶ってありませんか?
辛さというのは、仕事だけに限った話ではないのですけど。
僕は未婚なので、自分を支えてくれた女性とも別れているんですね。
自分の身勝手だったなぁと思うこともしばしばあるのですけど。
そういう意味で二郎に感情移入しているのかもしれないです。
自分勝手に生きて、それを支えてもらっておきながら、自分は彼女に何も返すことができてなかったんだなぁとか。思ったり。
「恨まれてるだろうなぁ」とか「いやもうさっぱり忘れられてるだろうなぁ」とか思うので、宮崎さんみたいに「生きてー!」なんつって手を振ってもらえるだなんて思ったりはしないのですけど(笑)。
ただ僕は勝手に、自分の辛い時期を支えてくれた恋人に「ありがとう」と思ってはいます。
最後のシーンは、そういう、昔の恋人への罪悪感が掻き立てられるので好きなんです。

仕事についての話、全然締まりませんでした……自分でもビックリしています。
次のエントリで、テーマを絞らずに風立ちぬの感想や考察を書きます。
そっちの方が長くなるかと思いますが、風立ちぬは、「映画の楽しみ方」をグーっと広げてくれた忘れられない作品なのです。

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