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映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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『ピアノ・レッスン』は母親の自殺未遂にインスパイアされた映画だった

   

アカデミー賞脚本賞・主演女優賞・助演女優賞、
カンヌ国際映画祭のグランプリを獲得した名作『ピアノ・レッスン』。

映画のお話自体は寓話的で、ややわかりにくい部分もあるのですが、マイケル・ナイマンが作った劇伴は一度聞いたら耳から離れない美しく悲壮的なメロディから、名曲としてカバーされ続けています。

『The Heart Asks Pleasure First』……邦題は『楽しみを希う心』。
映画の主人公は言葉を話すことをやめていて、幼い娘以外の他者に自分の想いをなかなか伝えることができずにいる。
そして男の人から、奪われ続けている立場にある。
そんな彼女の状況や心情が反映された題名ですね。

作中ではこの楽曲をベースとして、場面に合わせたアレンジ曲が2つ使われています、
『The Promise』と『The Sacrifice』。

『ザ・プロミス』は、『楽しみを希う心』にストリングスアレンジが加わったようなもの。
悲壮感が増しますね。。。
また、『楽しみを希う心』が演出上、楽曲の途中で途切れるように終わってしまうので、『ザ・サクリファイス』はイントロとアウトロが足されたような構成です。

私が一番好きな曲は、エンドクレジットで使われる『Dreams of a Journey』です。
楽曲の冒頭は、いい感じの船出を祝するような曲なのですが、曲の後半からメインテーマ『楽しみを希う心』のモチーフが現れます。
で、そのメロディがゆっくりと奏でられる感じなんです。
音楽用語でささっと説明できそうなのですが、まったく知識がないもので変な説明になってしまうのですが……!
一緒に演奏されているストリングスが、ピアノを急き立てるように鳴っているのですが、ピアノの音はゆっくり丁寧に一つずつ音を紡いでいく。
もともとのメロディが、性急感のあるピアノの演奏で作られているので、この曲でピアノの音がスロウに鳴っていると、なんか「頑張ってくれー!」って勝手に応援したくなってしまうのです(笑)。
それは映画を見ている時に、登場人物たちに対して想っていた「頑張ってくれー!」を投影しているのかもしれません。

なので、この曲を聴いていると、いろんな想いがこみ上げて、泣きそうになってしまいます(笑)。

・私とピアノレッスン

何年か前に一度観ていたのですが、その時は正直あんまり楽しめなかったんです。
それがここ最近になり、有名な映画のテーマ曲のプレイリストを聴いていたらピアノレッスンの曲がめちゃくちゃ良いことに気づいたのです。
そんなタイミングで町山智浩さんがこの映画の解説をアップしていたので、これはもう観直すしかねぇということで、作品を観直したのでした。
物語自体はそこまで楽しめなかったんですけど、プロットとしては、様々なものを奪われた女性が、さらに失ったり取り戻したりするという昔からずっとあるお話を独特のモチーフや演出を用いて描いたものなのだと気づけました。
ただ、音楽や俳優陣の演技は凄まじいものだと認識し直しました。

あと、一度目の鑑賞の時はエンドロールを観なかったので、僕が一番好きになった『Dreams of a Journey』と出会えていなかったんですね。
二度目の鑑賞の前にサントラを聴きこんでいたのですが、その時はこの曲が、ラストシーンとかで使われているんだと思っていたんですよ。
「こんないい曲が使われてたなら俺が惚れないはずがない」と……。
でも、こんないい曲なのに、本編で使わないというのももったいない気がしますけどね。
でもこんなカタルシスのある曲があったら、本編ももっとハッピーエンドに寄せないといけない気もするしなぁ。
難しいっす。

・監督とお母さま

町山さんの解説の中でとても興味深いエピソードがあったので紹介します。
本作の主人公とその娘の関係は、監督のジェーン・カンピオン氏とお母さんの関係が反映されているのだそう。
お母さんと夫(つまりジェーン氏の父親)は不仲で、夫は外で浮気し放題だったそう。
お母さんはそんな夫に愛想をつかすことはなく、彼が浮気すると毎度傷ついていたのだそう。
時には心を病んで精神病院に入ったり、何度か自殺未遂を起こすこともあったとか
ジェーン氏はそんな夫婦関係を観て育ったので、彼女の作品での男と女の描かれ方はとても変わっています。
特にセックスの扱い方は、他の作家と比べてみるとかなり変わったものです。
ピアノレッスンのセックスもだいぶ変わっていますものね。。。

ところでセックスとは関係ありませんが、野蛮な男がピアノを自分の服で磨くシーンがありましたが、あそこで、自分の服をおもむろに脱ぐじゃないですか。
で、全裸になるけれどピアノに隠れてチンチンが見えないので、「おぉ、撮影の妙技。。。見えそで見えない感じで構図が計算されてるんだな!」と想っていたら、シーンの最後の方で結局ブラブラ揺れるチンチンが映るもんだから「いや見せるんかい!!!!」と思わず突っ込んだのは僕だけじゃないはず。。。。

話を戻します!
ピアノレッスンは、当初のシナリオでは主人公は最後に海で溺死することになっていたそうです。
(私は最初の鑑賞では、主人公は不慮の事故で海に落ちたのだと思っていたのですが、「意図的に」ピアノと一緒に沈んだという解釈が有力なのですね(笑))
それは何度も自殺未遂を繰り返すお母さんを投影して作った展開だったとのこと。
ピアノレッスンの製作中にも母親は自殺未遂をして、ジェーン氏はお母さんに会いに行きました。
その時、苦しんでいる母親を見ていられなかったジェーン氏は、「私が死ぬのを手伝おうか?」と告げたそう。
すごい話ですよね……。
具体的にどんな方法で手伝おうとしていたのかはわかりませんが、人を死なせるという倫理的・法的には重罪とされることに手を染める覚悟があったということ。
それに自分の母親がこの世を去ってしまうという悲しいことを起こそうとするって、どんな想いでそれを口にしたのでしょう。
すごい。
それだけで一つのドラマになりそうなセリフです。
それに対してお母さんは「生きたい」と答えたのだそうです。
お母さんとのそんなやり取りを経て、映画のラストは、自らの意思で水から浮かび上がっていくという筋書きに変わったのです。

「生きたい」ってすごいですよね。
お母さんも大きな矛盾を抱えて葛藤していたってことがよくわかる一言です。

オチとかは特にないんですけど、この「私が手伝おうか?」「生きたい」という言葉がすごかったので、書きたくなりました。
すごいっす。
音楽もすごくよいのです。
ジェーン氏がどんなオーダーをしてこの曲が出来上がったのかわかりませんが、すごく強い生命力を感じるのです。
この曲じゃなかったら、作品自体の印象ももっと違うものになっていますよね。
すごい。

ピアノレッスンほか、マイケルナイマンが手がけた映画音楽…ピーター・グリーナウェイ作品や『アンネの日記』『ガタカ』の楽曲はピアノ奏者に頻繁にカバーされているようで、配信サイトで曲名を検索するといろんなバージョンが出てきます。
中でも僕が特に好きになったのが、ヴァレンティーナ・リシッツァという人の演奏でした。素敵。

楽器の演奏のことはよくわからないのですけど、緩急の付け方がとてもうまくて、楽曲が持つ感情やイメージが増幅されているように感じます。

 - 映画, 音楽

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