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映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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アバター 帰ってこない異世界転生モノ、あるいはSNS大好きマン対ネット廃絶勢

   

・魂の在りかを模索するアバター
キャメロン監督が銃夢や攻殻機動隊など、日本のSF漫画を愛好しているのは有名な話です。
両作品の共通点を挙げると、生来の肉体を手放して機械の身体を持った人間が出てくるところです。
アバターで主人公が手に入れるのは機械の身体ではありませんが、人工で培養された宇宙人と人間のハーフのようなの身体です。
そして主人公は紆余曲折の末、人体を捨てて、そのまま宇宙人の身体で生きていく道を選びます。
しかしそれでも、主人公は、人としてどう生きるのが重要なのかを知った上でそう行動するのです。

キャメロンの文明批判・資本主義批判はかなりわかりやすい形で現れたのが本作です。
本作では宗教もなく、アニミズム的な思想が強烈に打ち出されています。
土着の自然信仰。

主人公は下半身不随で、車いすでの生活を余儀なくされています。
それが、アバターで行動することによって、身体を動かせる喜びを覚えます。
宇宙人たちと行動を共にすることによって、自然の中で暮らすことの大切さを知っていきます。
しかし人間たちの軍隊に属する身である主人公は、宇宙人たちの情報を提供すれば地球に戻った時に身体を治して自分で立てるようにすると誘惑されます。

これってまずは単純な話として、人の魂は肉体に宿るのではないという話なのだと思います。
攻殻機動隊で深く掘り下げられたテーマですよね。
最初の頃の主人公は、鼻つまみ者のような扱いを受けていて、けっこうかわいそうです。
それが、宇宙人の身体に入った途端に水を得た魚のようにいきいきとしだすんです。
その辺の描写がどのような含みがあるものなのかはわかりまませんが……。
単に、自分の身体が満足に動かないことへの不満や怒りが、周囲に向いてしまっていたということなのかな。
機械や科学に頼るのではなく、自分の身体を使って生きるのがあるべき姿であると取れるような気はするんですよねぇ。

・インターネットのありようをファンタジーの世界観で表現

ただ、この作品で非常にユニークなところって、未開惑星開拓モノのSFと、インターネット的な世界観を象徴させた物語を組み合わせているところなんですね。

また、「アバター」というのが、インターネットのSNSやオンラインゲームで自分の好きなキャラクターを作って、そのキャラクターを通じて人に見られるという、ちょっと前のインターネットで流行していたシステムがありました。
アバターという言葉そのまんまなんですよね。

それとか、自分専用の動物とケーブルを接続するかのように契りを結ぶところなんかも。
あれはプロバイダー的な役割なんだろうか(笑)。
その例えにのっとるなら、主人公はめちゃくちゃ早い回線を見つけて、すごくスピーディに行動できるようになったってことですかね。

映画の舞台となる星なんかも、ファンタジーゲームっぽい舞台で面白い。
強くて変な動物がいっぱいいたり、自然がアスレチックみたいになっているところなど、SNSやオンラインゲームっぽいんですよね。
魔法の力なのか、はたまた近くの星の引力に引っ張られているからなのか、大きな岩石が浮いていてそれが鎖でつながれているところなどはクロノトリガーっぽさも感じました。

そういった異世界で、主人公は自分らしさを発見するし、主人公の能力がその共同体に貢献できる……。
これって、インターネット上で、自分らしさを表現できる人ってことなんじゃないでしょうか。
学校や職場、家庭などで自分のしたいように振る舞えない、自分の本心を主張できない人が、インターネット上では思うままに動けるというのはまぁまぁよくあることでは。

・帰ってこない異世界転生もの

あと、数年前から日本で流行っている「異世界転生モノ」にも近いですよね。
異世界転生モノ自体は、ずいぶん昔からある物語の典型「白人酋長モノ」だと思うんですけどね。
白人酋長というのは、白人が自分達よりも文明の発達が遅れている部族に入って、銃等の文明の利器や知恵を見せつけることで崇められるというやつですね。
ただ、アバターのユニークな点って、主人公がそっちに行ったまま戻ってこないというところ。
通常の白人酋長ものって、いろいろ活躍をして、最後には自分のいた社会に帰っていくんですね。
当たり前と言えば当たり前なのですが。
わかりやすい例である『ダンス・ウィズ・ウルヴス』もそういう展開でしたね。
押井守さんがアバターについて「ついに帰ってこない話を作ってしまった」みたいな感じで評していた気がします。

・帰ってこなかった主人公を2~5でどう描くのか

この、帰ってこないお話を作ったというのがどういう意味なのかは、今のところ僕にはわからないです。
しかしアバターが5まで製作決定していることを思うと、この先とんでもないところまでいってしまうのでは……と今から戦々恐々しています。
インターネットの話とつなげて考えてみるなら、「ネトゲにはまりまくっていた男が、現実社会での生活をほとんどやめてしまい、結局ネット漬けのまま生きていく」ってお話だと思うんですよ。
「ネット漬け」って、一昔前であれば怖いことでしたよね。
それこそ、アバターが公開された2009年頃ってまだその感覚だったと思います。
それが現在では、みんなネットしまくりんこじゃないですか。
スマートフォンの普及が一番大きな要因じゃないかとは思うのですが……。
あとSNSの多様化で普及がほんとに進んだような。
けどこれもスマホの普及が要因な気はする。
今ではネットで買い物をするのなんて超当たり前だし、知人の近況を知るのもSNS越しだし、ニュースなんてスマホで見るのが当たり前ですもんね。
本作が「ネット漬け」を超肯定的に描いていたとしたら、キャメロン監督の先見の明ってとんでもないものがあります。
アバターの脚本は1995年頃にいったん書き上がっていたそうなのですが、この頃はまだ黎明期的なパソコン通信くらいしかなかったはず……。
その時期に、こんな物語を発想するなんて、やっぱりキャメロン先見の明が尋常じゃないっすね……。

宇宙人たちがいくつかの部族に別れているところなど、一つのSNSにおいても「クラスタ」と呼ばれるように、仲の良いグループに別れているところを思わせます。
そしてその星にとって重要な存在である大木が倒されるところなんていうのは、そのSNSのサーバーが破壊されるようなものなのではないでしょうか。
そこでグループの垣根を越えて結託して、軍隊と闘うことを決意するところなどは、2ちゃんねるが閉鎖しそうだという騒動を思わせたりはしませんでしょうか(笑)。

「やつらはジーンズなんて欲しがらない」という台詞がありましたが、SNSに楽しみを見出している人って、ただ物質社会のみを生きている人よりも、物欲が弱いと思うんですよ。
自分の考察があっているとしたら、アバターって、資本主義以前どころか、宗教すら成り立っていない原初の社会を舞台にして、SNS・ネットゲーム的な関係を描いている。
これって一見矛盾しているような気がします。
SNSやネットゲームは科学文明によって成り立っているのですから。
けれど少し見方を変えてみると、昔はあったような社会観というものが、インターネットが普及することによって蘇っていくのではないかと。
SNSによって気軽に、好きな人と触れ合うことができるようになれば、個人個人の繋がりがもっと密接になるんじゃないかという話だったんではないでしょうか。
メディアに踊らされて、好きでもないジーンズを欲しがったりはしないという。
インターネットで、自らの意思で情報の海を潜ったり、好きな人だけと接することで、人の魂は純粋なものになるのではないかという話。

いや、でも宇宙人の一族も、あんまり意味のない許嫁制度があったりするし、旧来の家長的な在り方に対しての疑問は呈している気がするな。
SNSなんかでも、関係性が長くなってくると、特に仲の良い人同士で固まるようになって、よくわからない暗黙のルールが出来上がったりしてめんどくさくなったりしますもんね。
よそ者の主人公が、婚約者持ちのヒロインをさらっていくところなどはモロにタイタニックの関係性だし。
けどアバターの場合は、許嫁が嫌な奴ではないし、ヒロインも彼のことを嫌いではないのですよね。
少なくとも1は、宇宙人側に悪いところがあるようには描いていなかったな。
2以降では宇宙人側の暗い部分も描かれるようになるのでは。
続編モノの定番……というとあれですが、集団のトップに就いた主人公は、長ゆえの苦悩を覚えていくことが多い。
あるいは、父としての苦しみなどですよね……。

ちょっとSNSとアバターの関係考察はうまくいかなかった気もします(笑)。
ただ、「魂は身体に宿るものではない」という思想が提示されているのは確かです。

しかし、こんな風に深いテーマを展開したアバターを、このあと5まで続けるというのは驚きですよ……。
アリータのパンフレットで、監督を務めたロバート・ロドリゲスは「彼はたぶん、残りのキャリアを『アバター』に費やすことになる」と語っているんですね。
だから脚本だけは完成していたアリータを、自分が撮ることになったと。
そうなってくるとキャメロン監督は、この先のアバターに、自分の全てを注ぎ込んでいくのでは……。
キャメロン監督は、同じようなモチーフとかストーリー展開とか人物造詣を繰り返し登場させます。
しかし同じシリーズの中であれば、アプローチが被ることは避けるはず。
となると、これまでのキャメロン作品にはなかった要素をひねり出しまくらねばならないはず(笑)。
ファンタジー世界における戦争シーンは、本作でやりきってしまっていると思うんですよね……。
キャメロン監督のアクション映画って閉鎖的な空間で行われることが多かったのですが、アバターの最後の戦闘はまさに全面衝突でした……圧巻の映像でしたよね。
スケールの大きさという点で、あれに勝るものを作るのって至難の業だと思うのですが……どうなっていくのでしょう。

キャメロン監督は、ランボー2の初期の脚本開発にかかわったり、エイリアン2を監督したり、自らが立ち上げたターミネーターシリーズの2を大ヒットさせたりと、続編モノ製作においてもこれまで大きな成果を上げてきた人なのです。
しかもどの作品も、1からは想像もつかないようなストーリーになっていて、それだけでも偉業ですよ。
ランボーとエイリアンなんて、ジャンルが変わってしまっている(笑)。

続編の執筆には、リック・ジャッファとアマンダ・シルヴァーという夫婦の脚本家コンビが起用されているそうです。
彼らは『猿の惑星:創世記』という、猿の惑星シリーズをリブートさせて有名になりました。
その後、『ジュラシック・ワールド』の脚本も手掛けています。
ざっくり言うと、人間が創造した生き物が、人間の想像を超えていってしまいやがて人と対立する……という作品が多いですね(笑)。

その流れでいくと、主人公が手に入れた肉体は人間によってつくられたもの。
その主人公が、人間の軍隊を地球へ退けたという意味では、夫婦コンビが書いた脚本にも通じるものがあります。
上記二作も、「共存は出来ない」という、少し悲しいニュアンスも込みでの別れを迎える作品です。

そーいうわけで、アバターが今後どうなっていくのか、全然想像がつかないです……!
しかも5の公開予定は今のところ、2025年。
楽しみにするには長すぎる時間ですよ……!
けれどキャメロン作品を観返した今、期待せずにはいられません。
キャメ論、完。

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