祝福を必要としない英雄『犬と魔法のファンタジー』 221011
田中ロミオさんの『犬と魔法のファンタジー』を読み終えた。
この小説は出版された時に、わりとすぐに読んだけど、あんまり感銘を受けなかった。
出版されたのは2015年。そんなに前なのかよ。7年が経過しているという事実とどう向き合っていいのかわからない。7年前から自分は大きく劣化していると思う。
ファンタジーの世界観で大学生活と就職活動とを描く作品。
他では見ない要素の配合であることはこの一言でわかるはず。
思うに、「ファンタジー」には実際の世界と乖離させた都合の良い設定の中で、都合良く現実逃避できる作品が求められているので、ファンタジーの世界観でこれでもかと言うくらい現実的な要素を盛り込んでいく意図があったのではないか。
スマホとかテレビとかアイドルとかSNSも、現実世界とほぼ同じように使われているけど、どれも科学ではなく魔法の技術で作られている。
固有名詞はほぼ世界観に則って置き換えられていて、我々が暮らす世界にある「カタカナ英語」のようなものは登場しない。
徹底して世界が構築されている。
本当に本当に細かいところまで作り込まれていて、「この世界ではこんな名前が付けられてるのか」という面白さが無数にちりばめられている。
この点だけ持ってしても、ものすごく時間と労力を掛けて作られたものなんじゃないかと思う……それとも田中さんは、これを楽しみながらひょいひょいっと作り上げてしまったのだろうか。
いずれにせよ、田中さんの脳のボキャブラリー量が普通の人間の何倍もの容量があることは誰の目にも明らか。
普通、こんなに面倒くさいであろう作業を、シリーズ化しそうにもない一巻完結の小説に費やそうとは思わないでしょう……ほんとに好き。
それにしても田中ロミオさんの文章の上手さは尋常ではないのだなと改めて思い知った。
めちゃくちゃ上手い。
これよりも前に読んだ、田中さんが解説を寄せていたラノベが、あんまり文章が上手くなかったというか、無駄に長かったというか……。
なので、より田中さんの力が際立って見える。
ストイックな文章なんだろうな。
物語が前に進むか、世界観を深めるか、人物象の新しい面に光が当たるか、どの文もちゃんと描かれる意味がある。かと言って重くもない。読みやすい。
で、文自体が面白い。
多分、「誰もが日常的に使う言葉の羅列」が避けられているんじゃないかと思う。
当り前のことを描写するときでも、普段は接続しない言葉同士が接続して面白みを生んだり、あるいは何かを説明するときでも最小の単語数で最適な説明ができるように書かれていると思う。
物語は就職活動とサークル活動、そしてこの小説出版当時にネットスラングとしてちょい流行りしていた「サークルクラッシャー女子」(サークルクラッシャーという言葉に言外の意味としてそもそも女子である前提はありそうだが)について描かれる。
このサークラ女子のメンタリティの面白さが良かった。
主人公は、就職活動がうまくいかない。
その辺の描写が自分と重ねる。胸に突き刺さる。
「普通のレールを外れる生き方」についての考察に私はちょっと震えました。
多分、田中ロミオさん自身の人生観であったり、フリーランスのシナリオライターという変わった生き方を選んだ決意のようなものが表明されていると思う。
ここに感銘を受けた。
田中ロミオさんってマジでエロゲーシナリオライターの中ではカリスマだと思うんです。
有名どころの名前を挙げるだけでも、奈須きのこさんと虚淵玄さんが心酔していて、影響を受けたことを公言してはばからない人物なわけで。
馴れ合うわけではないけれど、共に未知の境地を目指す
「古代文明すげー、我々では追いつけないし想像もつかないようなすげーもんが古代文明に眠ってる」っていうのも、多分、文芸とか芸術についての話をしていると思う。
自分たちはそこに潜っていって、すごいものを発掘しようとしてるって話も。
これって、自分が敬愛する映画作家のデミアン・チャゼルが、『グランド・ピアノ』って映画でやってたことと同じ。
『セッション』『ラ・ラ・ランド』でも同じようなことを言ってた。
過去の偉人ってめっちゃやべー、って話。宮崎駿さんも、(本心ではどう思っているかわからないけど)宮沢賢治やサンテグジュペリのような偉大な作家を引き合いに出されると、「自分は全然そんな域に達していない」って答えてたりする。
自分が敬愛する大天才作家二人が同じことをやってて、そこも、繋がったな感がある。
多分二人とも、孤独なんだろうなと思う。
でも、コンテンツは効率よく消費されるために量産されるものでしかない時代だとも思うので、作品とそういう向き合い方をする人間が少数派になることは必然だと思う。
でも過去の作品や偉大な作家の叡智に触れることで得られる驚きを忘れられない。そういう生き方を止められない。突き詰めて考えれば止める理由なんてないわけだし。
でもそんなメッセージを作品に込めるこの人達が、すでに偉人といえる境地に達していると思うのだけど……。
田中宗一郎さんがいつか言ってた話を思い出す。
自分がメディアで文章を書くモチベーションとして、「10年に一度くらい、自分のすごく短い文章を読んで、『これってこういう意味ですよね』って完全に言い当ててくる人と巡り会うことがある。自分はその経験をするためだけに書き続けてるって言っても過言じゃない」って話だった。この頃は音声メディア仕事をしていなかったので、雑誌媒体で文章を書く動機の話だろうと思う。
田中ロミオさんが犬と魔法のファンタジーで描いたのもそういうことだと思う。
ほかにもそういうことを言ってる人って、けっこういる気がする。
考えてみると、そのタナソーさんの言葉に触発されて、「創作者の真の意図を受信できる人間になりたい」と思いながら数年間は生きた気がする。
就活ものの小説や映画って日本では多いと思うけど、自分としては、この作品以上のものと今後巡り会う気がしない。
全ての田中ロミオさん作品に触れていない状態で考えるのは尚早な気がするのだけど、「共同体からの承認」を得る話にならないところが、田中ロミオさんのなお好きなところ。
主人公が「変わり者」であることは物語では多いけれど、物語のセオリーとして、「共同体を救う役割」を担うことになっていくことになる、というものがある。
「変わっている」がゆえに取る行動が、衰弱化していっていたり、危機が近づいている共同体を救うというもの。最近読んだ本で、バーナード・ショーの「社会は理性的な人間にとって生きやすく作られている。しかし理性的でない人間の行動によって社会は変革される。よって社会の進化は理性的でない人間の手にかかっている(たしかこんな言葉)」という言葉が紹介されていた。この言葉もここに当てはまると思う。
この過程で、主人公が、共同体から「英雄として受け入れられる儀式」が描かれることもまたセオリー。
エンディングで「良くやったな」と共同体の長から承認され、構成員から共同体を上げての祝福を受けるというもの。
僕にはこれがむずかゆい。まぁひねくれ尽くしている人間の戯れ言なのですが。
これも、「祝福され具合」にもよるんですけど、大好きな『ヒックとドラゴン』という映画で、共同体の変わり者主人公が、共同体のために、みんなの前で闘うシーンがあって、それまで主人公をつまはじきしていた(村八分とまでは言わない)村人たちが「いえーい!!!」と、ザ・アメリカンな歓声を上げて応援し出すシーンがあるんです。
それがすっごい、ちょっと、苦手なんです……。
近いものとして、『魔女の宅急便』の「キーキ、頑張れ!」のシーンがあります。
まぁ、『ヒックとドラゴン』はジブリ映画に大きな影響を受けていると、監督達がコメンタリーでも話していたので、僕の「キーキ、頑張れ!」の苦手さを、そのまま引き継いでいるのがヒックとドラゴンなのかもしれない。
なんか、こう、「共同体に祝福されない主人公」が好きなんだろうなと思う。
これはヒックとドラゴンを映画館で観た時に強く実感したことなので、12年前には自分はそういう思想だったということになる。
犬と魔法のファンタジーなど、まさに、「共同体からの祝福を受けない」なと思った。
作中で描写していないだけで、おそらく、主人公はそれなりに祝福されたのだろうなとも思う。
けど、祝福を大々的に描かないことに意義があったと感じる。
大きな事を成し遂げたとしても、静かに粛々としていてほしいな、と思ってしまう。
ハリウッド映画ではそれが本当に多くて、「あれ、マジョリティに祝福されたい願望が根底にあったってことになっちゃうやん」と思うことが多い。まぁこれは私の性癖です。
『クロスチャンネル』は、最たる者だと思う。
祝福されない。
『まどかマギカ』はクロスチャンネルの影響が非常に大きいと思うのだけど、あれも、主人公の貢献はごくごく一部の人のみが知るものでしかないという展開だったと思う。
僕は田中ロミオさんのことが好きだ……。
宮崎駿さんの祝福で言うと、『もののけ姫』や『ハウルの動く城』は、祝福されない。
静かに、その場にいる者だけで、危機を乗り越えたことを噛みしめているだけな気がする。
『ハウルの動く城』が、「異なる者たちが家族になる作品」だって話を押井守さんがしていた気がする。
田中ロミオさんの『家族計画』もまさにそういう話で。
田中ロミオさんと宮崎駿さん、作品のテーマ性もけっこう似ていると思うのだよな。
完璧なんですよ、コンドームのキャッチコピーとして(この時代には)よく知られた「明るい家族計画」をもじって、全く異なる出自の社会的弱者にあたる人間たちが、社会で生きるために寄り合って疑似家族を形成する物語を『家族計画』ってタイトルにするなんて。
ありえない。天才だ。
あー。田中ロミオさんのことが好きだ。
かといって孤独な僕自身を美化して考えようというつもりは一切無いつもりです。
私は醜く怠惰。
・今日聴いた曲
ウィーザーのライブを観に行った時に、この曲の「Yeah」が、一番シンガロングの声が大きかった。
すごい話。
離婚し幼い頃に生き別れた父に宛てた手紙……の体裁を取るパート。
その当時の父親はアルコール中毒でひどい暮らしぶりだったけれど、改宗して神のもと落ち着いて清らかな暮らしを送っていると聞いた、と主人公は言う。
主人公は、「父や、継父のように、僕もまた迷っているんです」と言う。
主人公は、母が再婚した相手と上手くいかなかったのは自分のせいなのではないか、と自責の念に囚われている。
曲の構成が完璧すぎる。
アルバムを通して、曲の主人公達は、かなりおかしい。けれど歌と音楽がポップなので、そのまま聴けてしまう。
アルバムの折り返しの配置されたこの曲で、主人公がなぜあんなにおかしなことばかり歌っていたのかがわかる構成。
主人公の心は壊れてしまっている、ということがこの曲で明かされる。
完璧なんだよ。
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