2月24日
仕事に出る前に、人を飲食に誘った。
4月になったらどうでしょうか、という少し先の日程についての話。
出勤の電車に乗る。
空いていたシートに座ったが、背中が日差しであったかくなった。
ビートルズのリヴォルヴァーを聴きながら「クライ・マッチョ」のパンフレットを読んだ。
だんだん眠くなってきたので、パンフレットを閉じて目をつむった。
数分の間ビートルズを聴きながらうたた寝をした。
最近、何かをしながら音楽を聴くことが難しい。
なにもせずに、音楽を聴くことに意識を傾けていると、自分が思っていたよりも一つの曲の中でもいろいろな音が鳴っていることに気付く。
昔は本を読みながら音楽を聴いていても、本の内容も音楽の音も、どちらもちゃんと頭に入ったような気がするので、自分の脳が複数の事柄を同時に処理することができなくなっているのかもしれない。
それとも若かった頃の「出来ていた気がする」は錯覚だったのかもしれない。
お昼にTwitterを開いたら、外国で侵略戦争が始まっていた
少し前から緊迫した状態にあるというニュースは目にしていたのだけど、「まさか攻め込むなんてことはあるまい」と高をくくっていた。
様々な国が参戦して、第三次世界に発展するだろうという予測も多く投稿されていた。
いずれにせよ、僕が想定できなかったような事態が起っている。
Twitterのタイムラインを見ると、僕がよく閲覧するコンテンツ(コロコロチキチキペッパーズを中心としたお笑いと、BTSと、映画や音楽)についての無邪気なツイートもたくさんある。
当然、普通の日常に関するつぶやきも多く投稿されている。
Twitterで、インフルエンサーが、戦争反対とツイートしている若い女性に対して、戦争反対って言ってても何も変わらないと揶揄していた。
インフルエンサーにも家族がいるだろうに、そのインフルエンサーの親は、自分が育てた人間が、戦争を反対する人を揶揄して耳目を集めようとする自分の子を見たら何を思うのだろう。
朝飲食に誘った相手からは「今仕事が忙しくて厳しいです」との返事が来た。
Twitterで、普段から苦手でミュートの設定にしているアカウントが、ネット右翼のテンプレートのような投稿をしていた。
嫌いな人間が、嫌いな性質をそのまま保ってくれていてよかったなと思ってしまう自分がいた。
メンズエステのホームページを開いて、好きなセラピストの出勤予定を確認した。
今後十日間の出勤予定は空白だった。
かれこれ一ヶ月くらい、好きなセラピストさんの出勤予定を確認しているが、出勤日が表示されたことは一度も無い。
帰宅して、戦争についてのニュースを見ながら、僕は菓子を食べた。
自分もTwitterに戦争のことを投稿しようかと思ったが、何も書けることが思い浮かばなくて、書きかけた文字を削除した。
ウクライナとロシアについて、ネットで情報を検索したが、予測検索に「わかりやすく」というものが筆頭に出てきた。
僕と同じことを考える人は多いようだ。
だが「わかりやすく知ろうとする」人間を軽蔑する気持ちもあった。
僕はプライドや自己評価が無駄に高いのだと思う。
それが自分の人生の足を引っ張る性質であることは理解しているつもりだ。
(理解しているつもりだ、という言葉を選ぶあたりも、人間性に難があると思う)
Twitterで、僕の好きなお笑い芸人が、発売日を翌日に控えた著書の宣伝を投稿していた。
戦争が始まっているのに、そんなものを読んでいて良いのだろうか、という想いがあった。
とはいえ、それ以前から、吉本興業もKADOKAWAも好きじゃないし、近頃の「芸人」を良い人として売り出そうという気運が強まっている状況も好きでは無かったので、買いたくないなと思っていた。
買いたくない動機付けを探しているのかもしれない。
別のアカウントにログインした。
始めて付き合った女の子が、十日ほど前にツイートを投稿していた。
その人のアカウントは一年くらいの間稼働していなかったので、もう放置されているものとばかり思っていた。
彼女のアカウントを確認しに行くと、半年ほど前から、たまにツイートを投稿しているようだった。
ツーブロックで後ろを刈り上げてオールバックにしていることが窺える写真の投稿があった。
僕と付き合っていた頃の彼女は髪の毛がさらさらで、ボブカットにしていた。
あんなに美しい髪を持つ人もそうそういないのに、もったいない、とも思ったが、彼女は髪を刈り上げなければならないのだろうし、その姿をTwitterに投稿しなければ行けなかったのだろうと思う。
いずれにせよ僕が彼女の姿を見ることはもうないのだ。
ウィーケンドのドーンFMを聴きながら眠りについた。
自分は寂しいし、寂しさを埋める手立てを見つけられずにいるなと思った。毎日思うことだ。
シャワーを浴びることすら億劫になるのは、大きなストレスを抱える人間にあることだ、といったツイートを思い出したが、布団に入りたいという怠惰な欲求にあらがう気力はなかった。
翌朝、目覚めてからネットを見ると、攻め込まれている国の首都でも戦闘が始まっているようだった。
首都が陥落するのも数時間のうち、との見立てがあった。
インターネットのお気に入りに入れている違法のアダルト動画サイトで、最近よく見る人妻という設定の女優の動画を見ながら手淫をした。
処理が終わってから、この女優は新しい作品をリリースしていないのかきになって検索をかけた。
3月の一週目の、第二作目をリリースするようだった。
一作目に寄せられたレビューを見てみたら「美乳独占禁止法違反……罰則は妻のAVデビュー」というふざけきった文句があった。
思わずくすっと吹き出しかけた。
他の国での戦争に胸を痛めた次の瞬間には、法に反する手段で、アダルト動画を無料で楽しむ自分に少し驚いた。
僕は分裂していると思う。心が。
仕事に行くために家を出た。
駅までの道すがらに、戦争が始まる前との違いは見つからなかった。
当たり前のことだが、街のどこにも、遠くの国での戦争を感じさせるようなものはなかった。
戦争は、強い国が弱い国を屈服させることで執着するのではないかと思う。
周辺の国は、直接的な手段で強い国を止めることはできないようである。
いろいろなことを学ばなければいけないな、と思った。
けど自分が、何かを積極的に学ぶような人間になれるかは疑わしい。
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