てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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【syrup16g全曲の考察と感想】Kranke

   

2015年5月20日リリースの『Kranke』。

正直リアルタイムでは聴いておらず、サブスク解禁後にやっと聴きました。
なんかこのジャケットが90年代のV系みたいで、「あたしの好きなシロップじゃない……!」感がすごくあったんです。
あともう単純に、岡村靖幸さんとか平沢進さんとか矢野顕子さんとか、andymoriとか、小沢健二とか……シロップ以外の日本語歌曲に多いにハマってしまったので、別にシロップを待望する理由もなくなってしまったのだ。
あと、宮台真司さんの本も読み漁ったので、別に五十嵐さんの言説に触れなくてもいいやって気持ちにもなってた。

このEPの楽曲は、後のアルバムにも収録されず、独立した作品になっている。
00年代後半辺りから、日本の音楽業界ではEPが台頭するようになる。
理由は複数あるだろう。
まず、デジタル音楽プレイヤーや動画サイトが一般化し、「アルバム一枚を聴く」というスタイルはほぼ消え去り、「好きな一曲を聴く」人が多数派になった。
また、音楽業界が不況になり、アルバム一枚3000円で販売するのではなく、7曲前後で1500~2000円で販売することが求められたという事情もあるもよう。
ヴィレヴァンの名物バイヤーが「売る努力をしてください」と、工夫をするか安くするかを求めていると語っていたのが非常に印象的。
(僕ヴィレヴァン大嫌い)
18年に米ヒップホップアーティストのカニエ・ウエストが『Ye』で、7曲23分で「アルバム」を作り上げるという大革命を起こし、それに追随する流れも出てきているが、それとは別の流れとして日本ではEP・ミニアルバムが増えていた事情がある。
面白いもんです。

1.冷たい掌

シロップでは繰り返し歌われてきた「手」が主題になり、タイトルにまで冠された曲。
五十嵐さん、手フェチだよなぁ……。
途中で、ブレイクの際にギターが『向こうの日』で聴いたものと酷似したフレーズを鳴らす。
この曲自体、シロップとして活動することについて、その初期の時代から振り返りつつ歌っているものだと思う。
メジャーデビューからの狂熱を再現できないままながらも、そこそこ冷めている自分を自覚しながらでもシロップやってますって歌。

“冷静になり 状況把握して 反省もほどほどに 貴方を忘れた”

「冷静になる」ってなんなんでしょう。
『ディレイデッド』からの音源不発期間のことなのか、解散後のことなのか、『ハート』発表後のことなのか。
謎。

“三階建ての 階段上って 眺める景色が すべてだったから”

「犬が吠える」解散後はマジで、ほとんど家の外に出なかったらしいですね。
「冷静になる」っていうのは、シロップ解散から再結成までの時期の事を指しているんですかね。

“自然に振る舞おうとしてた 怯えてた”

怯えてるのに自然に振る舞おうとしてるのって、やっぱり五十嵐さんのクセなんですかね……。
怯えてる素直に告白してもいいような気はするのですが……。

“分かり合えないものなんて無い ような振りして”

これはシロップがメジャーデビュー下敷きのインタヴューで、近しい発言があった気がする。
“この世知辛い世の中で、音楽やるっていうことがもう、ロマンだから。そこを追及していくと、答えはこれだったんです。『通じ合えるかもしれない』っていうロマン。嘘くさく聞こえるかもしれないけど。”
要するに、本来人と人とは分かり合えないものだと思うけど、音楽を通してであれば通じ合えるのかもしれないって感覚が五十嵐さんにはあったってことなんだと思います。
それを「振り」って表現しているってことは、まぁ、実際には届かなかったのではないかな……。
でも『宇宙遊泳』では通じ合っちゃうって言ってたし。謎。
「自分の思ったほどは通じ合わず、間違った捉え方をされて苦労した」ってニュアンスなんですかね。

“冷たい掌 握り直して 過去へ 連れてって”
“冷たい掌 握り直して 未来へ 連れていこう”

この「掌」って音楽への情熱とか、理想とか、希望ってことなんじゃないですかね。
曲の中で過去のことを延々歌い続けていたので、自分やリスナーの過去の記憶を引き出すフック(あるいは脳内タイムスリップ)として音楽をやっていたことを「連れていく」と表現しているのかな。
「未来へ」というのは、まぁまぁ冷めてるけど頑張ってシロップで音楽作るっすって表明では。

“失って気付くを 何度か木霊し 僕らは大人になったと 囁く”

「嘯く」って言葉は“力で何が変わると うそぶく君の 歪んだその面も”って使い方をしていたくらいなので、五十嵐さんの中ではかなり否定的なニュアンスを持っているはず。
で、ここは『さくら』で歌われた内容を振り返っているんだと思うんです。
「俺たちの青春映画だった」とシロップの活動の終焉を歌ったものの、失ってみると、そのバンドがどれだけ自分のアイデンティティに深く食い込んでいたか、バンドだったからこそ見ることができたいろいろな風景がどれだけ尊いものかに気付いたって話なんでしょうね。
でも、気づいたとはいえ、超熱烈に「バンドで生きていくっす!」と宣言できるほど熱くはない……って心境なのでは。

“無視した孤独は 無意識に逃げ込み 数え歌 終わる頃 ぱったり”
“(なけなしの答えも 雨に流され)”

無意識に逃げ込まれてしまうってことは、自分のアイデンティティの一部として取り除くことが困難になってしまっているって意味合いだろうなぁ。
「数え歌」ってなんなんでしょう……意味としては単純に、何かを数える歌のことですが、シロップではどんなことがあったかな。
『不眠症』などは羊を数えてながら眠りに落ちるのを待つ歌だと思います。
であれば、あの曲は多分女の人と連絡が取れなくなっちゃった歌だと思うので、その人を想うことで、若いころに好きだった女性のことを忘れようとしていた……って話を歌っているのかな。
あるいは『マウス・トゥ・マウス』では愛する人と共に過ごす幸福な時間について歌っていましたが、そのこと自体が「孤独を無視していた」のであって、いつかはまた孤独の反撃を受けることになるという意味で、「幸福」や「繋がり」を信じるようになるまでの道のりがいつかは終わる数え歌のようなものだったという揶揄なのでしょうか。
であれば、答えが雨に流されるという部分も整合性が取れる気がします。

“称賛の無い ぼやけた未来図が 最後の逃げ道を 取り戻せたのに good-bye”

シロップでの活動が、称賛を得られるようなものでもないとはわかりつつやっていたものだった。
名声はないかもしれないけど、自分たちはそれに熱中できていた。
「取り戻す」というのは、東芝EMIからメジャーデビューできそうだったのにオシャカになってしまった……けどその後にコロムビアからメジャーデビュー出来たって話では。
その後メジャーを離脱したことを歌っている気がします。

“You’re my steel You’re the protection”

「あたなは僕の鋼(スチール)、あなたは僕を保護するもの」
「あなたは僕のスチール」って、すごい言葉やな……。
まぁ、絶対的に保護してくれる存在なんでしょうね、「あなた」は。
そういえばクリストファー・ノーランがリブートしたスーパーマンの映画が、『マン・オブ・スティール』というタイトルでしたね。
このスーパーマンは育てのお母さん想いで、お母さんにひどい扱いをした敵を「よくも母さんを!」と言いながらぶん殴りまくるシーンがありました。

2.vampire’s store

リリース時にタイトルだけは読んでいたので、「いきなり吸血鬼とか言い出して、五十嵐さんどうしちゃったの……V系にめざめたの?」と思った曲。
ただ聴いていると、派遣会社とか人材紹介会社とか、人を商材にするビジネスの話がしたいのかなって気もしました。
昔、ジェームス・スキナーっていう経営コンサルタントの公演の音声を聴いていた時期があるんですけど、日本では献血事業を許されているのは日本赤十字社だけだということに触れて「独占禁止法違反でしょ。あの会社こそ吸血鬼だよ」と話していました。
僕も献血に行くのが趣味なものですから、そうだよなぁと頷きながら聴いていました。
もっといろんなところで献血できるようになってほしい。
そんな風に、特定の層が暴利をむさぼるような利権構造を「吸血鬼」だと言いたいのでは?

90年代に大流行りした映画に『インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイア』というものがありましたね……もしかしたらこの曲と、何かかかわりがあるかもしれませんが、私はあの映画を観ていないのです……。

世界シンボル大辞典から「吸血鬼」の項の引用です。

“《機能》 亡霊は怖がらせて人間を悩ますだけだが、吸血鬼は人間を骨抜きにし、殺してしまう。吸血鬼は、もっぱら犠牲者を餌食に生き永らえる。おれは迫害者と迫害される者、むさぼり食う者と食われる者との弁証法に基づいた説明だろう。
《心理学》 吸血鬼は生きる貪欲さを象徴する。この貪欲さは精根尽き果てるまで自己満足を徹底させ、ようやく静まったと思った途端に息を吹き返す。それほど手に負えない代物なのだ。(略)“

“夕暮れの空 ひとりで 狂気の欠片 ほどいて”

吸血鬼の生態としては、太陽の光を浴びると灰になってしまうので、夕暮れ時はまだ外に出られないはず。
まぁ、そろそろ陽が落ちて行動できるようになるから、「狂気の欠片をほどく」=外に出る準備をしてるって意味ですかね。

“掌握 暴発 混乱 終末だそうだ 実際世界中がそう言う”

何かが権利を掌握してけど、何かが暴発して混乱しているよってことですよね(笑)。
何が終末なのか全然わかんないっす……(笑)。
音楽業界の話をしているんですかね……。
「掌握」「暴発」っていうのは『coup d’Tat』で、自分の幼児性をクーデターして掌握しようとしたけど、結局失敗しちまったぜ……ってことなのかな?
でもその後の音楽業界には、大人になることをそもそも否定しまくる音楽であふれかえってしまったって意味あいと取れなくもない。

“病名は無いが 患者”

アルバムのタイトルにも掛かってくる言い回しですね。
歌ってる事自体は、これまでもずっと繰り返されてきた感はあります。
再結成後の五十嵐さん、開き直って、「病気」にちなんだネーミングを使いまくってる気がします。

“金箔の裸眼 見開いて 十把一絡げ Sorryで 即身成仏 磨いて 膝枕”

「げっそり」って歌ってると思っていたんですけど、Sorryなんですね。
「即身成仏」は仏教の密教で使われる言葉で、生きたまま悟りを啓くことを指すのだそうです。
ヴァンパイアというキリスト圏ではゴシックなアイコンとして語られる存在と、仏教の用語を並べるというのは面白いのかもしれません。
ヴァンパイアは永遠に生きたり、超長生きをしたりするので、「それだけ生きれば悟り開けるでしょ」って意味なんですかね。
しかし「膝枕」って何……?
なんか、男にとっての膝枕って、女性に甘える行為ですよね。
母性感があるというか。

五十嵐さん、彼女には甘えるのでしょうか……それとも甘えん坊だと思われたら恥ずかしいから我慢するのでしょうか……。

いずれにせよ「甘えたちゃん」であることは間違いないでしょう。あまえたがりがらしたかし。

“似たり寄ったりだって ひとは似てるよ 大事なものだって 当たり前に違うよ”

「似てる」と「違う」がなぜ並ぶ……。
「似てる」けど「違う」のも当たり前だよって話っすかね。わからん……。

シロップの曲、特に二期なってからは、全く逆の意味合いを同じ言葉で歌うってやり方が増えてますね。

それは五十嵐さんが一期でやった「断言する」ことで言葉の意味を強める手法のアンチテーゼなのかなぁ。

“解せぬ運命 背負って 戸惑ってるよ それでも誰かの 答えはいらないよ”

ああ、“正論なんてさとんないで”って歌ってたし、宮台真司さんの本を読み漁っていたとも語っていたけど、誰かの「答え」を答えだと思えないんですね……。
なんか僕も似た感覚は持ってます。
若い頃とか、宗教にめっちゃ勧誘されていたんですけど(すごいですね、積極的に勧誘してくる宗教信仰者って、見た目で「落とせそう」と見抜いてくるんですね……。一度、レジ係のバイトをしていた時に、お客さんから宗教会合のお知らせのチラシを渡された事ありましたからね。私の見た目がそんなにも宗教を必要としていそうな感じなんでしょうか……)、「宗教超嫌!」と思って断り続けていたんですよね。
今でも、勧誘のやり口がよろしくな宗教は好きじゃないです……。
当時は、「他の人が見つけた答えにすがるのは嫌だ」って思っていたんです。
今では、「自分みたいにあらゆる場所に適合できない人間が宗教コミュニティに適合できるわけないので嫌」って感じがありますかね……。
宮台真司さんの本に書かれていることって、本当に「答え」だと思えるものなんですけど、それでも社会を変えることはできなかったし、読んだ僕自身も飛躍的に成長できたわけじゃなかった……という辛さも生まれるんですよね。
「こうなるべき」という内容が書かれるのに、自分はそこに届かない、叶えることができない……みたいな。
あの人は常に本気で、社会を良くしていこうと努力し続けている天才ですけど、ある時から日本社会全体を変容させようとすることは止めてしまいましたからね。
うーん、でも、五十嵐さんは自分で「答え」を見つけられるんでしょうか。
僕は本を読んだり映画を観たりするのって、世界でもトップクラスの天才が時間を掛けて、共同制作者との対話を重ねながら洗練させた思想に触れることができるからなんですね。
自分より頭の良い人が、めちゃくちゃ学びまくって作り上げたものに書かれた事柄の方が、凡人の自分が一人で考えたことよりも、精度が高いじゃないですか。
まぁ、その「答えを探す旅」が音楽になっていくなら、それがいいような気もします。
同時に、僕がシロップをあんまり聴かなくなった理由って、こういう「俺が考えるんです!」って意固地になっているところにあるのかもなって思った……。
ごめん五十嵐さん……。

“肥大化する war mart 輸出経路 いつもwest side 生き血すする vampire’s storeがいっぱい”

「ウォー・マート」は戦争を商売にしている人、「ウエスト・サイド」は、いわゆる「西側諸国」……資本主義で成り立つ国家群を指すのでしょうか。
「戦場」は、音楽業界って取り方をしてもいい気がする……シロップ休止中に、AKBの握手会商法って当たり前になって、男女ともにアイドルグループが群雄割拠し、バンドでも似たような商売は増えましたね。
それこそV系バンドの「チェキサービス」とか。
まぁアーティストが活動費を稼ぐためにやるのはアリかと思うんですけど、アイドルのやり方って僕は好きじゃないです……握手している本人たちにお金がいかないから……。

いや、でも、武器の輸出はソ連や中国もしていることだし、「西側諸国」は英語では「Western Bloc」というそうなので、この考察は的外れかも。
戦争は人の血が流れる無残な所業……でもその戦争で儲けている人達がたくさんいる、という意味でその血をすすって稼ぐ「ヴァンパイア」のようなものだと歌っているんですかね。
ところでこの文脈とは直接関係がありませんが、韓国と北朝鮮が舞台となって繰り広げられた朝鮮戦争当時、日本は武器や弾薬を製造しまくって儲けました。
「朝鮮特需」と言いますが、日本の経済成長を支える財源となりました。
日本が一時豊かな社会だった裏側で、隣の国ではたくさんの血が流されました。
この曲で歌われるような事柄と、日本人は無縁ではないです。
そのことは胸に刻みましょう。

3.songline(Interlude)

あーおっ、あっあっおっ。
曲は『coup d’Tat』に似てなくもないです。

4.Thank you

“共鳴(つうじ)なかった 今日もまた やれ すれ違う”

『宇宙遊泳』では“通じ合っちゃう”って歌っていたのに……。
まぁ、どこかほかの曲でも書きましたけど、発信者本人がびっくりするぐらいに「伝わっちゃう」ことっていうこともあるけど、それってごくごく稀なことで、ほとんどは「通じない」んですよね。
五十嵐さんがインタヴューで語った言葉だと「間違って取られちゃう」。
まぁどっちもあるけど、「今日もまた」と表現する程度には、通じないんしょうねぇ。

“あきれるの 仕方ない 嫌われるの しょうがない”

「仕方ない」って言う程度には、「通じない」ことに「あきれる」経験に慣れてきてるんでしょうね。
嫌われるのしょうがないっていうのも、今さらな気がするけど……(笑)。
でもシロップって面白いですよね、音楽なんて好きじゃなければ「無関心」だけど、シロップの場合は「嫌い」って反応を示す人多いですよね。
まぁそれだけ強烈ではっきりとした言葉を用いているってことですよね。素敵。

“絶望的なまでに じぶん 好きじゃないから”

いやそこまで行ったらむしろもう大好きだと思いますけどね!?
五十嵐さんほど、自分のことばっかり考え続けている音楽家って本当に全然いないと思います……。

こんな感じになるのも 致し方ないかと”

なんで敬語やねん。
なにが「こんな感じ」じゃ。
でもこんな感じの普段の言葉遣いで歌詞書けるのは五十嵐さんの面白いところですよね。

“諦めない僕に Thank youを 諦めの悪い 青春を”

いや!
まずは中畑大樹にセンキュー言うべきじゃない?
「青春」はバンド活動を指しているはずですが、あんたがシロップをやれてるのは中畑さんが参加してくれるからでしょうよ!
そういうとこやぞ。

“諦めの悪い 青春を 迷う”

うん 迷っているのは 非常に良くわかる。
この辺、コーラスで、「あーきーらーめーろー」って言ってませんか……?

“沈み掛けたら もう手が付けられない 色の無い世界から しばらくは動けない”

自分の精神状態が、「落ちてる」時は何やっても落ちっぱなしだから放置するしかねぇってことなんでしょうね。
色の無い世界ってなんなんでしょうね……。
部屋暗くして過ごしてるのかな。

“諦めの悪い 青春を迷う 毎夜”

「迷う」と「毎夜」で韻を踏みたかっただけでございましょう。

“夢はちっちゃいゴールで 墓に埋葬 上機嫌”

無縁仏にはなりたくないってことですかね。
五十嵐さん、どこのお墓に入るんだろう。
しかしこのままいくと孤独死の可能性が非常に高いのでは……。

“無駄になっちゃう 思い出 ムキになるまで 申し込んで”

申し込むってなんだろう……。
交際とかじゃないだろうしなぁ。
ライブのチケット争奪戦の話?
シロップのライブが毎度入手困難なことを知っててこんなことを歌うんでしょうか。
シロップファンが「思い出が無駄にならないように」と思って、今のシロップのライブに申し込み続けていると揶揄しているのかな。

“I wanna make it tough”
“I wanna shake it up”

なんかイケイケの洋楽ミュージシャンが歌いそうなことを歌ってるけど、五十嵐さんが無理にアゲようとしている時の傾向も見えますね。
がんばって、五十嵐さん。

5.To be honor

ギターの音が壁のように塗り込められてますね。
解散アルバム以降のシロップの、重層的なギターアンサンブルはほんとに完成度が高いと思います。
ただし僕は別にこういう音が好きではないという、僕個人的にはそう言った問題はありますね……。

“数秒間の静寂が 永遠より長すぎる とりあえず喋ろう”

これは、ライヴ中の五十嵐さんの心境ではないでしょうか……(笑)。
喋るの得意じゃない感じ、かわいらしいですけどね。
なんなんだろう、ほら、「口下手だけどMC頑張ってる感」を敢えて出すミュージシャンっているじゃないですか……五十嵐さんはあざとさがないところがいいんですよ。

“計算なんかとんでもない いっつも意識に身を削ってる 息を殺してる”

計算できないんでしょうねぇ……コミュニケーション全般で。

“迷走ぎみの生還者 脱走兵に弁解の余地はない 身から出た錆”

いやもう再結成後の自分のこと歌ってるの丸出しですね。
再結成後二枚目の音源でもう「迷走ぎみ」とか言ってる……。
いや、別に悪くないと思いますけどね、このEPも。
なにが迷走気味だったんだろう。
インタヴューとか読めばある程度わかるんでしょうか……。

“転生がもし可能で 来世に選択肢があるんなら 困難じゃなくて”

『天才』の“どこで間違えた”と同じようなことを、15年ぐらいを経てまた歌ってる……!
転生、ないと思うから考えてても無駄だと思うで!

“To be honor 主導権は どこ行った 不健全 いっそ憎しみごと 抱き締めようか”

「honor」は栄光とかって意味みたいです。
別に栄光なくってもいいと思いますけどね……。
「主導権」ってなんなんだろう……この曲ではシロップのことと、自分の人生のことを歌っていると思うのですが、シロップの主導権を失っているか、自分の人生の主導権を失っているんですかね。
主導権というか、『マウス・トゥ・マウス』以降の五十嵐さん、あんまり主体的に動いている印象がないですけどね。
特に「犬が吠える」の結成とか活動に関しては事務所が主導になっていて、それが嫌で解散したはずだし……。
その辺のことを歌っているんでしょうか。
となると、「犬が吠える」で関わっていた事務所なりスタッフに「憎しみ」があるってことにもなりますよね……(笑)。
まぁ、あとはアメリカに追従するだけの国を脱却しようって話ですかね。
世界におけるアメリカの影響力は弱まりつつもありますが、いまだに日本はアメリカの子分の身分のままですね……(笑)。
「憎しみごと」という文脈も汲む事ができます。
アメリカで戦争で負かされて、文化的にも植民地のような有様になってしまった日本……アメリカというガキ大将を追いかけ続けるかわいそうな子どものようですね。(今ではアメリカのカルチャーの影響力は日本ではだいぶ弱まりましたね)
力で屈服されてしまうと、相手に気に入られようとしてしまう心理って、ありますよね。

野坂昭如さんの小説にアメリカ人へのコンプレックスを描いた『アメリカひじき』というものがあります。
奥さんが旅行先で出会ったアメリカ人夫婦が日本に遊びに来るというので、旦那さんがもてなすことになるけど、自分でも嫌気が差してしまうほどに全力で媚びてしまう……というお話です。そこに、主人公が終戦直後に経験した出来事の回想も入るというもの。
『火垂るの墓』の原作と一緒に短編集に収められているので、興味がある方は是非読んでみてください。
『火垂るの墓』の映画しか観たことがない人には、なおのことおすすめ……清太が節子に劣情を抱いている様が直接的に描写されています。

“全能感の耐久性 とっくの前に限界だったけれど 無理をしている”

別に全能感なくっても、音楽活動してていいと思いますけど……でも五十嵐さんの中で、リリースするからには自分の中での一定の水準を超えてないと嫌なのだろうなぁ。

“同調圧の暴力と エイリアンみたいな扱いで 傍観者は散る”

「エイリアンみたい」って、侵略者のような扱いをされるってことなのかな。
少なくともあんまり仲間扱いされないってことですよね。
五十嵐さんは集団に馴染めず「傍観者」であろうとするけど、集団の「同調圧」は暴力的で、五十嵐さんをエイリアンみたいに扱う……のけ者、排除すべき者として見るってことなんですかね。
五十嵐さん、なんかオラオラみがなくもないし、エイリアン扱いとかされなさそう。
僕はなんか生まれつきなのか後天的なのか、人からめちゃくちゃ舐められるので(身長180超えてるのに舐められるっておかしくないですか?)、同調圧力って恐いなって思いながら生きています。

“泣いてるひとの傍で 寄り添ってたい ずっとそんなひとなのに”

自分自身が泣いているのに、泣いている人に寄り添っていたいという想いをそのまま歌ってるんですかね。
矛盾するようではあるけど、自分が人にされてうれしかったことを、他の人にもしたくなるというのは、一般的・よくあることな気もしますね。
五十嵐さん自身が泣いている時や泣きたい時に音楽を聴いて心の支えにしていたんだろうなぁ。
ええことやん。
ただ、自分自身が「泣いているひと」を脱却できていないのに、「泣いているひと」に向けて音楽を作ることに、少し後ろめたさのようなものもあるみたいですね。
でも、前にも書いたかもしれないけれど、創作者って、自分が抱える問題について考えながら創作している人も多いです。
もちろん、過去に過ぎ去った感情を入れる人もいるけれど、かさぶたを剥がすようにして作る人ってたくさんいます。
自分が抱える問題の答え探す過程を作品にしていく人もいる。
そういう姿勢で創作されたものの生々しさが胸を打つことも多々あるわけで……。
そして、自分の心の傷や後悔や許せない事柄を作品に込めて、世の中に人々に見てもらうことで癒されていく例もあります。
『ウォルト・ディズニーの約束』という映画をご存知でしょうか?
ディズニーは『メリー・ポピンズ』を映画化したいけれど、原作者が頑なに許可を出してくれなかった……という実話をもとにした映画です。
公開当時予告編を見て「うわー、お涙頂戴感丸出しやわ……しかもディズニーのイメージアップも狙ってる……絶対観ねぇわこんなもん……」と思って、スルーしていたんです。
しかしのちのち友人に激推しされたので観てみたら、後半で激烈に泣きました。
僕が泣いた部分はネタバレになるのです……しかしネタバレ部分に触れないと、ここでこの映画の名前を挙げた理由も説明できません……。

そんなわけで、このページの一番下にネタバレを書きます。
ネタバレが平気な人は是非お読みください。
この映画の中で好きなシーンの台詞を書き出してしまいました……著作権法に違反する可能性が高いですね……。
しかし、英知ある素晴らしい言葉なので、シロップが好きな人にぜひ知って欲しかったのです……。
五十嵐さんがこうして、「自分が泣き止んでいないのに、泣いているひとに寄り添う音楽を作っている」ってことを公表することにも大きな意味があるってことをわかっていただけるものになっているかと。
いや、シロップが好きな人なら、そもそもそんなことはもともと知っていそうですが……。
ネタバレしない範囲で書くと、ウォルト・ディズニーというディズニー創始者と、『メリー・ポピンズ』原作者のP・L・トラバースは幼少期に深刻なトラウマを負っていて、それゆえに創作をしていたのでは……といったことが劇中で示唆されます。
五十嵐さんの曲で「売る」という行為はほとんどの場合否定的なニュアンスで歌われますが、『ウォルト・ディズニーの約束』では、パーソナルな出来事をベースにした創作物を「売る」ということが、作家にとって如何ともしがたい行為であるということが上手く描かれていると思います。そんな意味でも激推しな映画。
トラバースさんは悲しい生い立ちで、有名になってからはそんな自分の生い立ちを隠すようになり、お父さんの仕事については嘘のエピソードを仕立てて誤魔化していたそうです
そんな人が『メリー・ポピンズ』を書いたとなると……うう。泣ける。
岡村靖幸さんも、TV等でお父さんのお仕事の話とかをしていたけど、覚せい剤を使って掴まった際の裁判で、親が離婚していた母親に育てられたことが明らかになってしまってましたね。泣ける……。
ウォルト・ディズニーの描き方も、彼の異常性がけっこうそのまんま表現されているので評価できますよ。

“空気読むな 主導権は 君じゃなきゃ 不健全だろう”

宮台真司さんも繰り返し指摘していることですけど、「空気」は日本特有のクソ概念です。
有名な本がありますよね。
第二次世界大戦を開戦に踏み切った理由について、当時の軍でその方向に推進していった人々がみな「誰も止められる空気ではなかった」と語っているという……(笑)。
笑っちゃいますよね。
でもそんな風に「空気」で動くという殊勝な日本の国民性について、『「空気」の研究』という本で細かく解き明かされています。
この本が出版されてから40年以上経ちますが、まだまだ日本では「空気」が猛威を振るっていますね。

「暗黙の了解」と言ってもいいのでしょうけど、「暗黙」ってことは超不明瞭なわけで……。
空気なんか読んでんなよ、って話ですかね。
それはエイリアン扱いされる自分や、同じような人々に対しての言葉だろうし、「空気読まなきゃ」という同調圧力に馴染んでいる人にも言える事でしょうな。
うんうん。

“いっそ悲しみごと 抱き締めようか いっそ憎しみごと 抱き締めようか”

40歳過ぎていったい何を憎んでいるんでしょうか……。
自分のことが憎いって話なんですかね。

感想終わり!

・『ウォルト・ディズニーの約束』のネタバレ

ウォルト・ディズニーはあの手この手でトラバースさんを口説き落とそうとするけれど、彼女は首を立てには振りません。
結局破談になりかけ、トラバースさんは交渉のためにアメリカのディズニー社に来ていたのに、ロンドンに帰ってしまいます。
しかしウォルトさんは最後の説得のためにトラバースさんを追い、ロンドンへ向かいます。
ウォルトさんとトラバースさんは、彼女の家で二人きりで語り合います。
そのシーンが好き過ぎるので要約するのが難しく、台詞を書き起こしてしまいました……。
このシーンまでに、トラバースさんのお父さんの悲しい病死のあと、そしてお母さんの自殺未遂を経て、快活で働き者の叔母さんと一緒に家を掃除したことで救われるような気持ちになったトラバースさんが描かれます。
しかもトラバースさんは自分の本名ではなく、亡きお父さんの名前をペンネームにしているのです……。
ディズニーさんは、そこまではナルシスティックで自信満々で軽薄な笑顔を張り付けていていけすかない立ち振る舞いをしていましたが、ここではマジ顔で語るんです。
二人の名役者の演技込みで名シーンとなっているので、文字だけでは伝わらない部分も多いかとは思いますが……。

「あなたは人生に失望しているんだ。いろんな人に失望して来た。でもメリー・ポピンズだけは裏切らなかった」
「メリー・ポピンズは実在しないのよ?」
「いやいや、そんなことはない。うちの娘達にとっては本当にいるんだ。他の子どもたちにも、大人にもだ。彼女がいれば暗い夜でも安心出来る、そう思っている人は多いんだよ」
「じゃあなぜ助けに来てくれないの? メリー・ポピンズだと思って扉を開けたら、そこに立っていたのはウォルト・ディズニーだった」
「……残念だよ、トラバース婦人。この仕事はお互いにとって素晴らしい経験になると思っていたが、期待に沿えなかった。娘達との20年にわたる約束も破ることになってしまった。必死で考えたよ。なぜあなたと私はこんなにも上手くいかないんだろう。……そう、実は私にもバンクス氏がいるんだよ。口ひげが生えているんだ」
「じゃあ自分をモデルに登場人物を書いているんじゃないのね」
「いや、違うよ。逆にあなたは自分を『別の人物』に創り上げたんだろ? ミズーリ州のカンザスシティに行ったことはあるかな?」
「いいえ、ないけど」
「冬の寒さがとても厳しい土地だ。とても寒い。私の父イライアスはそこで新聞の販売店をやっていた。一日に2回、朝刊と夕刊を1000部ずつ配達するんだ。父はとてもお金に厳しい人だった。1ペニーでも節約したいってタイプだ。だから配達の人を雇わずに、私と兄のロイに新聞配達をさせたんだよ。あの頃私はまだ8歳の少年だった。さっきも言ったが寒さが厳しくてね。でも父は靴がボロボロになるまで新しいのを買ってくれなかった。道には私の背よりも高い吹き溜まりができていた。私達はその重い雪をかき分けて進むんだよ。冷たい水が服や靴を通して染み込んでくる。顔の皮がボロボロむけたよ。ハッと気が付くと雪の中に倒れていたこともあった。寒さで気を失っていたんだろうね。配達が終わると学校へ行くんだ。寒くてびしょ濡れで、授業なんか頭に入らない。そして薄暗くなるころ、また雪の中を家へ帰る。それから母の夕食を食べて、また夕刊を配達するために外へ出かけて行くんだよ。『さっさと配れウォルト。新聞を玄関に置け、風よけのドアに挟め。俺を怒らせたらただじゃおかないぞ、またベルトでぶん殴るからな』。……あなたを悲しませたくてこんな話をしたわけじゃない。私は人生を愛してる。人生は奇跡だ。父のことも好きだよ。素晴らしい人だった。でも、忘れられないんだ。今も毎日のように思い出してしまう。雪の中新聞を配る8歳の少年と、ベルトを握るイライアス・ディズニーの姿をね。……もう疲れたよトラバース婦人。こんな形で、過去を思い出すことにね。あなたも、疲れてるんじゃないのか? 私達二人の悲しい物語を、そろそろ終わらせたくないかい? 過去にとらわれない、新しい人生を歩むんだよ。メリー・ポピンズが救うのは、子ども達じゃない。父親だよ。あなたの父親。トラバース・ゴフだ」
「あなたに私の、何が分かるっていうのよ」
「その名前を名乗るほど、お父さんが好きだったんだろ?」
「私は……」
「この物語は、あなたのお父さんのことなんだ。許すんだよ、トラバース婦人。私はあなたの本からそれを学んだ」
「父を許す必要なんかないわ。素晴らしい人だったのよ」
「いや、そうじゃない。ヘレン・ゴフを許すんだ。罪の意識を抱いて、一人生きるのは辛すぎる。どうかお願いだ。私を信じて、あなたの大切なメリー・ポピンズを任せて欲しい。決して失望はさせない。ロンドンからカンザスシティまで、世界中の人々が映画館でジョージ・バンクスが救われるのを観るんだよ。みんな彼を好きになり、彼のために涙を流し、彼が仕事を失えば心を痛める。そして彼が凧を上げると……そうさトラバース婦人、みんな大喜びして一緒に歌うんだ。世界中の映画館で。私の娘達や、この先何世代もの親や子が、ジョージ・バンクスのことを称えるんだ。彼は苦しみから解放され、彼が象徴するすべての人生が救われる。現実の世界ではなく、想像の世界でね。それが物語を創るっていうことだ。想像力で心を癒すんだよ。人々に繰り返し繰り返し希望を与えるんだ。どうか私を信じてほしい。証明させてくれ。約束は必ず守る」

引用が長くなりすぎて本当に申し訳ないのです(笑)。
この後、トラバースさんはディズニーによる映画化を許可するのです。
泣ける……。

おわり。

 - Syrup16g, 音楽

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