てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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syrup16g Mouth To Mouse前のインタビュー

      2019/07/15

『ヘルシー』から『マウス・トゥ・マウス』リリースの間に行われたインタビューを3つ転載します。
うち2つはスヌーザー誌によるもの。
3つ目は、『マウス・トゥ・マウス』完成前に行われた、ロッキングオンによる二万字インタビューの抜粋です。
二万字インタビューでは五十嵐さんの生い立ちやデビューまでのことがけっこうわかるお話になっています。

SNOOZER#41(2003年12月) 田中宗一郎氏によるインタビューより抜粋。

 2003年最大の問題作のひとつ、『HELL-SEE』から数ヶ月。シロップ16gが、続けざまに2枚のシングルを上梓した。『パープルムカデ』『My song』、2枚のシングル収録の8曲は、そのまま1枚のアルバム並みの統一感とクオリティがある。特に『パープルムカデ』、『タクシードライバーブラインドネス』、『夢』、『イマジン』の4曲は、屈指の名曲といっていい。では、五十嵐隆の、最新のモードに触れてみることにしよう。
この日、2枚のシングル『パープルムカデ』『My song』を巡っての五十嵐隆との会話は、2時間テープが終わってしまっても、ひたすらとりとめなく続いた。そのとりとめのなさの原因は、彼がもはや答えを見つけてしまったにもかかわらず、それを受け入れることを必死に拒もうとしているからだろう。自分自身の中に巣食う、社会的な尺度からすれば、人非人でしかない業の存在を認めることが出来ないでいるからだろう。以下のインタヴューでも語られている通り、いくつかの曲で共通しているのは、「夢は叶ってしまった、にもかかわらず、少しも満たされることはない」という、あまりにも身も蓋もない感覚だ。
我々はテープが終わってしまった後も、本当の快楽とはどんなものか、車を高速でブッ飛ばして、どこかに突っ込みたくなることがあるかないか、そんなことについて話し、「おそらく、その次に気持ちがいいのは、セックスとドラッグぐらいのものだろう」という点で、合意した。かなりキワキワな会話である。とてもじゃないが、理解出来ないという人もいるだろう。だが、リアルだけを求め続けるというのが、シロップ16gというアーティストの宿命だとすれば、それは恐れれ早かれ辿り着くはずだった、ごく当たり前の結論でしかない。
それがゆえに、この2枚のシングルのいくつかの曲では、満たされた幸福の中にいるにもかかわらず、さらなる快楽への性懲りもない執着があり、それを否定しようとする焦燥があり、自己嫌悪があり、尽きることのない情熱がある。薄笑いにも似た、優しげな虚しさが漂ってきたかと思えば、名声や新たな快楽を求めずにはいられない実存という名の業が唸りを上げる。
そう、本物の快楽を求めようとすれば、人間は必然的にニヒリズムへと辿り着く。目的や方向性を失うことになる。だが、そんな風にゴールをすべて失ったニヒリストの中からしか、本物の情熱は沸き立つことがない。おそらく、五十嵐隆の最新のモードは、こうした絶対的な公理を証明する、残酷なサンプルだと言えるだろう。

●では、まず『HELL-SEE』リリースのあと、こうして続けざまに2枚もシングルがリリースされることになった経緯から訊かせて下さい。
「よく言えば、過渡期という風に言われるんですけど。……迷走期というか。好きなことを徹底的にやっちゃって、あとはもう、売れるかどうか知らんけど、とりあえやっていきたいなというのがあったんで、シングルも無理矢理やって。あとはもう、任せようかなと思って」
●スタッフワークに?
「パッケージングに関しては、俺の中では敗北したんで。曲は、とりあえず、出来た順から出していって、最終的にアルバムの時は、またエゴを出して、トータル・アルバムとして、ちゃんとしたものが出来ればなと思いました。でも、方向性は、あんまりないんですけどね。とにかく出来たものを出していくしかないんだろうなと。切羽詰まってるというか、今を逃がしちゃいけないなっていうのは、正直あったんですよね」
●先ほど、『HELL-SEE』の敗北感という話があったんだけど、それはセールスに結果に対して?
「うーん、半々ですけどね。ヘヴィな作品を作ったんだけど、ちょっとこれは商品になっていないのではないかという感じはあって。こういうものがカウンターとしてでもいいんだけど、行ってくれたら楽しいなって思ってたんだけど、ブレイク・スルーする力量はなかったんだなっていう諦観と。ある意味、開き直りみたいな。やり方に関しても、作風に関しても、ほとんどこれはセルフ・プロデュースだから、責任が全部僕にくるんですよね。リアクションを全部引き受けなきゃいけないから、結構ヘヴィ。それでも、ま、やけくそになったりは、してないんですけど。こんなもんかと(笑)」
●じゃあ、そうした経験を経て、この2枚のシングルを作るに際して、五十嵐くんの中で、ポップ・ソングを書きたいというモチヴェーションはあったんでしょうか。
「それはね……ないんですよ(笑)。要するに、ポップなものを書いているっていう意識はない。一行目から、『防災の日には』っていう言葉から始まるのは、ないじゃないですか。ポップ・ソングの文脈の中では、絶対ありえないから。それを卑怯なやり方でやりたいなっていうか(笑)。どうせポップ・ミュージックに携わっているということは、卑怯もんだから。自分の中で、『これ笑えるな』とか、でも、『これちょっと記憶の片隅ですごいリアルになるな』とか、そういうものを引っぱり出していくとか、今、実際に感じてることをトータルでドーンと出すっていう。ここに、こういう言葉を乗せなくてもいいじゃんって言われるかもしれんけど、でも、それがポップ・ソングになった時が勝ちじゃないかなとと思う。サビのところで、すげぇ言い切ったなというような、そういうカタルシスがある言葉も出てこなくはないですけど、でも、そのためにAメロBメロがあって、そういう書き方をしていったら、何も価値がないと思う。それで負けたら、また考えようかなっていう。無責任ですけど」
●卑怯という言葉がありましたけど、ここに収められた楽曲は、五十嵐くんなりの、現代的な、左翼的な、新しいポップ・ソングの形ですか?
「(※「左翼的」という言葉が、政治的な意味で伝わってしまった模様)うーん……そうだなぁ……。ものすごく、レフトな生き方をしてきたんですよ。戦後民主主義の世代だから。でも、今って、わりとライトの方が時代的にも正しくなってきてるから、自分でも、間違ってたなと思う部分もあるし。そこの中で、自分のアイデンティティが揺らいでいる。だから、一生懸命、鶴見済さんの本とか、宮台さんの本を読んだり、タナソウさんの文章を一生懸命呼んでいた時期もあったし、『ロッキング・オン』信者だったし。そういう自分が、今、上手くやってるんだけど。何かこう、自分の中で地殻変動が何年か前から起きていることは確かなんですよね。だからといって、いきなり核兵器持って、軍隊出して、憲法改正とかにはならないんですけど。でも、どこかで、そうならざるを得ないんだろうな、社会状況を考えると。だから、『ああ、そうだな』と思うじぶんと、洗脳されてきた自分みたいなのがいて、それが『ムカデ』になったんですよね。だから、『パープルムカデ』っていうのは、星条旗の青が、ドーンと田舎かどっかでまき散らされて、その中で、ドロドロの血の中で紫色になって。そういうイメージが。その中で、兵隊がムカデ、あるいは、うごめいているみたいな世界と、今、ここで、取材を受けて、のほほんとコーヒーを飲んでいる自分の感覚というか」
●じゃあ、戦場の兵士の状況にシンクロする部分というのは、五十嵐くんの中の、ライト・ウィングな側面なの?
「反戦ではないんですよね。反戦的な歌だと、インタヴューで言われることもありましたけど。でも、戦争は悲惨だから同情しなきゃとか、そういう感覚にいないというか。戦場という言葉が流行りのように使われているけど、絶対、戦場なんていうものが、わかっている人がいるわけがない。かっこいい言葉だから使いたがるけど、人が死ぬ場所を戦場っていうわけで。それで、普通に好きなことを考えて、好きな女の子のことを考えて生きていける世の中に生まれるはずだったのに、自爆テロをしなきゃいけなかった青年というのは、どういう気持ちなんだろうとか、そういうことを考えたり。想像もつかないんですけどね。自分が、ロックなんてものを、安全な商品化されたものをやっている後ろめたさみたいなものから、もしかしたら離れたかったのかもしれないですよね。それを想像することによって」
●反戦をテーマにした主張とか、ロック・ソングに対して、リアリティを感じないし、実際の戦場に対するイマジネーションが欠けているというのは、すごくよくわかる。ただ、俺自身は、最終的には反戦の立場なんですよ。なぜかと言うと、日本やアメリカの政府の決定に従って、人殺しの片棒を担ぐのだけは嫌なんですね。果たして殺人が正しいのか、正しくないのかに関しては、俺は答えを持っていない。ただ、もし俺が自分の意思で誰かを殺して、それで社会的に罰せられるのは構わないけど、社会的に容認された形で、人を殺すのは嫌なんだよね。
「でも、田中さんはお子さんいますよね。それは、お子さんが出来てからも、変わらなかったですか? みんな危機感はないけど、アジアや北朝鮮関係の内状を見ると、テポドンが飛んでくるのはしょうがないじゃないですか。その時、自分がどういう態度をとれるかといったら、逃げるのか、国外退去なのか、それとも報復なのか。そう考えると、日本のためには戦わなくてもいいけど、自分の家族のためには、っていう発想もあるわけですよね」
●でも、他人の力を借りて、自分の大切な人を守ろうとは思わない。自分よりも強い力によって、自分の家族を守るということは、結局、自分よりも強い力によって、第三者を同じように殺めるということに繋がる。そういう大きな力の一部になりたくないんだよね。
「でも、体制っていうものがあるのかって言ったら、わかんないですけどね。小泉さんが首相になった時点で、アメリカの属国であることもはっきりした。ただ、日本人として死ぬとか死なないとかいう問題は、ずれてきてるのかな? 多分、それが一番病んでいる部分だと思うんですよね。若い人達が、どうも日本にアイデンティティを持てないというのは、タナソウさんも昔言ってたと思いますけど、そこがまずないから、俺は死にたくないと言ってたのかなと思ったんです。日本という守るべきものがないのに、日本のためには死ねないっていうことだから。でも、それを言っちゃうと、アメリカのなすがままでいいのかという話ですよね。どっちかというと流れ的には、それは嫌だという若い政治家さんとかは、ノーになってきてるわけじゃないですか」
●そもそも、コンセプトとして、国とか、民族には、興味がない。個人的なつながりにしか興味がなくて。家族も大事だけど、大切な友達もいる。イギリス人の友達もアメリカ人の友達も韓国人の友達もいる。俺の大切なものは、国家というコンセプトでも、民族というコンセプトでも線引きが出来ないのね。
「でも、国と国との利害関係って、確実にそこに関わってきますよね。その民族とか歴史を断絶した発想というのは、これから必要なのかもしれないとは思うけど。だけど、たかだか50年とか100年だから。その間に、遺伝子の中で、俺はアジアのアイデンティティしか持てないんじゃないかと思うんです。音楽を通してのコミュニティといういみでは、わかるんですけどね。いろんな国を旅して、死ぬまでハッピーに生きられれば、それは全然構わないと思うし、わかり合えるということは、すごい素晴らしいことだなと思うし。ただ、今回、『イマジン』ていう曲を書いたんだけど、やっぱり、こう……う~ん。どうもいかんのですよね」
●何が?
「(笑)わかんないですけどね。日本人、大好きじゃないし。でも、自分は日本人でしかないから。お父さんが最終的に、死ぬ前に『お母さん』って言うのと一緒で、それはもう、しょうがないっていうか。もしアイデンティティを持つとすれば、そこなんじゃないかなという気がしてきた。最終的には、日本人だから、っていうところが、最後に自分の心を平穏にしてくれるような気がするんですけどね」
●なるほどね。ただ、『イマジン』という曲は、そういう平穏な暮らしがモチーフになっている曲なわけだけども、同時に、そういう安息の中で暮らすことに対する迷いも感じられるような気がする。
「そうなんですよね。そこがね、たぶん、強い感情で、それを言えないんですよね」
●でね、これは、非社会的な発言なんだけど、俺、国や民族というコンセプトと同様に、家族というコンセプト自体もあまり重要視してないんだよ。すごく大切なんだよ? 実際、五十嵐くんの『夢』という曲の中にもあるように、自分は、本当に恵まれているとも思うのね。いわゆる一般的な日本のサラリーマンみたいな人達と比べても、家族もそうだし、うちのスタッフもそうだし、いろんな人との繋がりを感じているし。あんまり望むこともない。ただそうなると、毎日がどれだけ楽しいか、毎日がどれだけダイナミックか、というところにしか気持ちが向かないんだよね。ある種、すべてを諦めきったとも言えるし、かなり人生をエンジョイしているとも言える。
「前に、田中さんとしゃべった時は、わりと漠然としてたんですけど、『夢』もそうだし、『ムカデ』もそうなんだけど……。本当に、『ムカデ』っていう曲は、今の僕の結晶というかね、自分の思想とまでは言わないですけど、やっぱりこう……。うん、そうなんですよ、好きなことをやるっていうかね、『そこにしかないんだな』っていうのはね、わかってるんですよ。でも、果たして、それを歌っていいものかというところで、ちょっとこう……諦めてるじゃなくて、すごく残念だったっていうか。人として、生き方として、それが正しくなくはないと思いたいけれども、自分はそういう人間なのかもしれないということを、発見しちゃったっていうか。『根ぐされ』っていう曲を、4曲目に入れたんですけど、いろいろ考えたりしても、結局、答えとまでは言わないんですけど、何もリアリティのあることをしていないというか。俺、根っこが腐ってるのかなと思って。俺は特殊って言うのかな、その言葉が正しいかどうかわからないけど、特殊なんだということを、すごい認識しちゃった、それに対する諦め感というかな。それがすごい、出ちゃってるんですよね。今回の5曲に関してはね。だから、夢を叶えようぜっていうのでもないし、夢は叶わなかった、ではないし、夢は叶ってしまった。叶ってしまっても満たされることはないんだ、と感じることの恐ろしさっていうか。それをたぶん、刻んじゃったかなっていう気がするんですよね。刻んじゃったから、よけい売れねーかな、とか(笑)」
●(笑)でも、やりたいことだけを身勝手に追い求めることが非社会的だとかっていう視点もあるかもしれないけど、人が求めるものって、ホント、それだけのような気がするけど。人っていうか、動物が求めるものって。
「その、求め続けることって、具体的に言葉にすると、何なんでしょうね。刹那ではない?」
●う~ん、言語化するのは、すごく難しいけど。でも、例えば、猫って、すごくハイになってる時も無表情だよね。でも、あいつらが、ガツガツものを食ってる時とか、ころころ転がるものに夢中になっている時の、あの感覚っていうか。無我の境地。真っ白になる、最高の瞬間。
「それはわかります。そうですね、そうなんですよ。『ムカデに関しては、ホントそういう、『そこにしかないんだ』っていうかね……。ここ何ね、刹那とかいうものに対して、ある種の風俗的な意味で、僕は捉えてて』
●デカダンっていうことだよね。
「うん。その刹那っていうのより、もっとちゃんとした生き方なり、発想なり、生活なりがあって、そういう風に生きることに憧れがあったと思うんですよね。今でもそうですけど。『でも、自分は違うのかな?』と思った時に、自分のことをわかってると思ってたけど、あんまりわかってなかったなと思って。みうらじゅんさんの『アイデン&ティティ』じゃないけど、悟れない自分を悟るというかね。自分の父親が公務員だったから、自分はこういう仕事をしてると思うんですよね。『ああいう生き方は、絶対嫌だ』って。でも、やっぱりすごい保守的な人間の遺伝子を汲んでるんで、わかりやすい幸せに惹かれる部分もあって。それと、元々持ってる反抗心というか、まったく信用してない部分もあって。でも、うーん、そこの行っちゃうと、何なんですかね? ロールしていかないんですよね、ロックンロール出来ない」
●でも、悟りきれない自分を悟ったらさ、後はもう、ただロールするしかない、ただロックするしかないっていう気もするけど。
「(笑)その、どっか冷めてるっていうかね。それを演じるっていうことになると思うんですよね。それが出来ないんであれば、どういうものを歌っていけばいいのか。歌詞に関しては、ちょっと今、キツイですね。世の中的にも、言うことがないから、ああいう歌詞が受けるんであって。で、やっぱり、多少、人間の右脳以外の部分に訴えかけるものは、全部排除というか。言葉とか、活字離れもしてるし。意味は、ほぼいらないっていうか。それはわかってる。だけど、やっぱり寂しい時があるんですよね。そんな大袈裟なことは出来ると思ってないですけど、だからこそ、刹那じゃない、新しい自分なりのものが見つけられれば、自分がレフト・サイド、ライト・サイドで揺れてるのが、自分なりのアイデンティティが持てれば、解決するんじゃないか。それを始めなきゃいけないんだなって。でも、そこにしか、生きてて楽しいことってないのかなとも思うんですよね。ちょっと前にね、オアシスがきてた時期があって。それで、曲調もなんかそういう感じになってるんだけど。『俺は俺である』っていうのがあるじゃないですか(※『スーパーソニック』の歌い出し部分、「I need to be myself/I can’t be no one else/I’m feeling supersonic」)。」

『スーパーソニック』

「あれって、すごく薄っぺらい言葉だけど、でも、あれはすごく、自分にとっては大事な言葉になってて、その時に。それを探さないといかんなって。『それを探すっていうことを、探しているんですよ』って、死生だけでも伝わればいいなと思って。個人主義っていうわけじゃなくてね。それがないと、それはひどくつまらない人生で終わるっていうのに気づきました」
●うん、例のオアシスの「俺は俺で云々」っていうのは名言だし、答えはあれだけだと思うよ。
「そうですね。その時には思わなかったですけどね。薄っぺらい、手垢にまみれた言葉だなと思ったけど。でも、最近は、自分なりに、すごく深くなって」
●だから、オアシスじゃなくても、ある瞬間のダイナミズムとか、ある瞬間の全能感――「俺が世界の王だ」みたいな感覚、それだけを刻めべいいんじゃない? 『パープルムカデ』の、「Sun will shine/進め三輪車」っていうラインに突入するところに、俺は、鳥肌が立つぐらいのダイナミズムを感じた。うん、俺が欲しいのは、あれだね。ホントあれだけだね。
「(笑)そうですか」
●それは、左翼的なものでも、右翼的なものでもない。
「ないですね」
●エゴが爆発してるっていうことでしょう。エゴさえ飛び散るぐらいに、「最高!!」ってことだと思うの。
「そうですね」
●それって、僕の言葉で言うと、実存ということになるんですけど、今回の5曲の中でも、存在そのものにのみ信頼を持つという文脈が浮上している。それは、今、話してくれたようなことと関わるんでしょうか。
「これまでも、結構、いろんな言い方で、それを言ったりしてたんですけどね、無意識で。でも、実感として、それはすごいありますね。それでしかないんですよね。だから、それをつなぎ合わせて、何とか……生きてるっていうかね、音楽が生き生きしたものになればいいと思う。シロップはやりたいことをやっていて、五十嵐はわがままで、やりたいことをやってるからかっこいいとか、そういうことを見せたいわけではなくて。だから、こういうことを言えば、心をつかめるだろうという言葉を使わないで、心をつかむということだと思うんですよ。言葉はする形骸化するから、それに対してアンチでありたい。そういう意味で、相対的でありたい。レフト・サイドでいたい。メンタリティが右、左じゃなくて。ふざけてるんじゃないかと思われるかもしれないけど、なんで防災の日なのかわからないって言われちゃそれまでなんだけど、でも、狙ってるわけじゃない。それはもう、シロップを聴いていってくれれば、絶対わかってくれるものだと思うし。もっと生々しいものを出していきたい。守ってる部分は、絶対にあるから、そこをどこまで出せるか。それを出せたら、『俺は俺だ』になるんだろうな。もっと生き方でつかんだもの、リアルなものを出していかないと、俺は終わるんじゃないかっていう気がするんですよね。それというのが、絶対……。快楽主義者の自分の生き方としての結論は、そこだと思うから」

SNOOZER#43(2004年4月) 田中宗一郎氏と五十嵐さんの往復書簡より抜粋。

●昨年、最後に話した時には、クリストファー・クロスみたいなAORを聴いていると話していましたが、ここ数ヶ月は、どんな音楽を聴いていたのか教えて下さい。

クリストファー・クロス『セイリング』

「家ではスミスばっかり。MDプレイヤーにはザゼン・ボーイズが入ってました。帰宅した後はすぐにテレビをつけて、『めざニュー』を見て、誰だかわかんないAORを聞かされてから、DVDに切り替えて、『U2 GO HOME』か、ザックの「チェック、1、2」を聴くためだけにレイジを観ました。最高ですね。朝は必ずブロスの2ndを大音量で聴きます。嘘くさいマイケル・ジャクソンみたいな歌に、泣ける程ダサいトラックで小躍りしてからスタジオに向かいました。

U2 GO HOMEの映像

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのMCザックの「チェック1,2」が聴けるライヴ映像はこれかな?
この時期レイジはライヴDVDを2つリリースしているけれど、↓の映像は2003年に出たものなので、こっちかな?

ブロスの2ndからのシングル。

(略)
●今回の『リアル』における、8ビートとドラムンベースを組み合わせたリズムは、とてもダンサブルなものでもあります。体を動かす音楽については、今現在、どのような点で興味を持っていますか?
「両方、やりたいんですよねえ。「身体を動かす音楽」も、「心を動かす音楽」も。どっちが欠けても、自分の中での「音楽」にならないんですよ。「ロックンロール」に置き換えてもいいんですけど。いつもそれを目指してます。まあ、どちらかと言えば、「体」の方が欠けているという自認があったので、それを補強したいなあ、という意識があるのは確かです。クラスヌ好きだし」
●これまでのシロップ16gの音楽というのは、あくまで音楽によってリアルを突き詰めるというバンドの基本姿勢に反して、サウンドはむしろニューウェーヴ~シューゲイザー的なドリーミーで、サイケデリックなテクスチュアを持ったものが多かったという印象を持っています。こうした構造について、どう思いますか?
「人がもう夢見がちなので、もうどうしようもないんです。そんなメロディしか出てこんし。それがリアルかどうかは自分でもよくわからなかったですね。でも、もうここまで来たら開き直るしかないので。思想と言えるものもないし。では何が一番体の、心の中から出ているのかと言えば、そういったメランコリックなメロディであると。それは嘘がないですから。一番」
●昨年のシングルに収録された楽曲における、以前までのニューウェーヴ的なサウンドから、どこかオアシスを彷彿とさせるストレートで、パワフルなサウンドへの変化は、何によってもたらされたのか、教えて下さい。
「怒り、ですね。『お前らいつまで俺を無視続けんだよー』っつう。俺がさみしいって言ってんだから、少しは優しくしろや、コラっていう、ある種の逆ギレがそういう指向にさせているような。単純に俺はノエル・ギャラガーより曲書けんぞ、この程度は。わからせてやる、みたいな気持ちもあります。もっとすごい曲いっぱい書いてんだから、信じなさいっていうメッセージです」
●リアルという言葉は、これまでのシロップの音楽を語る上で、決して外せないものでした。今回、この『リアル』という言葉をタイトルに関することになった経緯を教えて下さい。
「とりあえず、この日本には自分達の上がるリングがないと思ったんですよね。で、自分達のベルトを勝手に作って巻いてみたわけです。そこには、でっかく『リアル』と書かれている。みんな八百長が好きなのはわかった。でも、俺は本当に血まみれの男が見たいんだよーっていう人達に見せてあげたかった。負け犬ヅラのスタローン気取りで」
●『リアルの1stヴァースには、こうあります。“命によって/俺は壊れた/いつかは終わる/そんな恐怖に/でも命によって/俺は救われた/いつかは終わる/それ自体が希望”。命がいつか終わるという絶対的な事実に対する五十嵐くん自体の実感というのは、ここで綴られた言葉のどちらに近いのか、教えて下さい。
「『壊れている自分を受け入れる』ということが、唯一救いであるような、そんな感覚なんだと思います。この苦しみにも終わりが来るんだ、という希望。そしたら、少し楽しくなるんじゃないですか。一瞬。だから、後者に近いんじゃないでしょうか、どちらかと言えば」
●昨年のシングル辺りから顕著になってきた、「満たされることに対する恐怖」というテーマは、『リアル』においても継続しているのでしょうか?
「満たされることが、双六で言う「上がり」だとしたら、もう先がないじゃないですか。それは生きながらにして死んでいるということだから、一番恐いことですよね。人間、「上がった」後には、本当にロクなこと考えませんからねえ。今、日本人は生まれながらにして「上がっている」かもしれない、ある意味、と思うことがあって。それはきっと「何故、上がっているのか?という疑問へと向かわせてしまうのです。今の自分を。「リアルなのか?」という問い。答えは、「ある」と」
●ある時期、シロップ16gの音楽の重要なテーマのひとつに、弱者がありました。今現在、その弱者というテーマは、どのくらい重要だと思いますか?
「「弱者」って「強者」ですからねえ、この国では。「弱いぞー」って言えば、助けてもらえる。でも助けてもらえない「弱者」というのも存在している。それは端的に言えば「心の弱者」ですよ。心が弱い奴は、何故か助けてもらえない。しまいには、「がんばれよ」とか言われる。「出来ねえよ」っていう。俺は自分が「心の弱者」であることを見せるし、隠すつもりもないし。でも、それを見せながらがんばってるところも見せたいんですよ。自分と同じような人間達に。「すごくねえ?」って」
●恋愛関係における政治力学というモチーフは、これまでも頻繁にシロップの音楽に表れてきました。こうしたモチーフに惹かれる理由を教えて下さい。
「人が本気で傷つくのって、恋愛の時じゃありません? 僕の実感では、それ以上にヘヴィだったことはないですねえ。生ヌルい人生歩んでいるのかもしれません。でも恋愛の前では、人は裸にならずにはいられないんですよ、いろんな意味で。だんだんズルくなっている自分に気付くと、さみしくなります。また死ぬ程、傷つく恋愛してみたいなあ。無理でしょうか」
●そうした恋愛関係における政治力学というモチーフは、今後も続いていくと思いますか?
「今、無理だなあ、と思ったので、多分、減っていくと思います。最近、性欲ないですし」
●ある時期までのマイケル・ジャクソンは、「決して大人にならないでいい」というファンらジーをリスナーに与えてきました。シロップの音楽が、リスナーに与えるファンタジーがあるとすれば、それは何でしょう?

※マイケル・ジャクソンのどのような部分を指しているのか、僕にはちょっとわかりませんでした……。
一応、マイケルの「父親になることの恐怖」が強く表れている『ビリー・ジーン』の楽曲を貼っときます。

「「何者にもならなくていい」というファンタジー。自分を持っている人は決して不幸にならないという宗教」
●では、「シロップ16g=ザ・スミス」という視点に対して、コメントして下さい。
「1.私はオカマっぽいですが本物ではありません。2.私にはジョニー・マーみたいな人はいませんでした。3.最高のホメ言葉ですね」

ザ・スミス『ウィリアム、イット・ワズ・リアリー・ナッシング』

https://youtu.be/P22TEf4pZZs

『バーバリズム・ビギンズ・アット・ホーム』


●皮肉/アイロニーは、シロップ16gの音楽にとって不可欠だと思いますか?
「シリアスになり過ぎないようにはしてますが、アイロニーはあんまりないと自分では思ってます。自分自身は皮肉屋のイヤーな奴だと思ってますが。ジメジメ、ナメクジ野郎です。直します」
●成功に対する執着は、ポップ・アートに携わる者にとって、不可欠なものだと思いますか?
「不可欠だと思いますが、というか不可避だと思います。人に聴いてもらわないと意味がないですから、やはり。ただポップ・アートである、という前提においてだけで、成功したものが正しいという風潮には、多少の違和感と居心地の悪さがあります。「これ、いいか?」っていう」
●現在の日本という国家の経済的、政治的不安定さと、シロップ16gの音楽性にはどのような関係があると思いますか?
「日本はあらゆる意味で終わっています。そんな空気、気分をシロップ16gという場所を通じて共有している気がします。このバンドがどうなるかわかりませんが、僕個人としての人間性は崩壊へ向かっているので、この国と心中するのか、生き残るのか。今、非常にスリリングな心持ちです」

「ROCKIN’ON JAPAN」2004/3/22発売 兵庫慎司氏による二万字インタビュー

 明日を落としても、末期症状でも、根ぐされても生きさらばえてきたからこそ生まれ続ける、最も生と死の意味に迫るロックンロール。音楽=人生となった記念すべき傑作ニュー・アルバムが目前の今、日本不世出のロック哲学者にしてロック理想主義者、五十嵐隆30年間のライフ・ストーリーを遂に明かす
生きづらい。別に食うに困っているわけでも、爆風吹きすさぶ戦地で暮らしていて常に生き死にの危機にさらされているわけでもないのに、生きづらい。やりきれない。どうにもならない。本当にどうにもならないのか。とりあえず、そのメカニズムを解明しないことには、どうにもならないのかなるのかの入り口にも立てない。よって、誰よりも徹底的にその生きづらさややりきれなさと向き合い、取っ組み合い、そして誰よりもそれをリアルに音楽で描いてきたシロップ16gは、この2004に一つの極点を迎える。セールス的に迎えるかどうかはわからないが、音楽として迎えるであろうことは、昨年末に出たミニ・アルバム『My Song』、そして3月24日にリリースされるニュー・シングルの表題曲『リアル』が指し示している。“圧倒的な存在感 生身の感情の表現 すべての言葉しっぽ巻いて 逃げ出すほどのリアル”。これは宣言だ、明らかに。作品を重ねれば重ねるほど音の隙間が空き、ギター・リフもどんどんシンプルに単調になり、言葉数やメロディの数も減り――つまりどんどん伝えたいことの本質以外を音楽にしなくなっている、よって作品を重ねれば重ねるほど本質がはっきりと見えるシロップの一つの到達点、それが4月21に出るニュー・アルバムになることは間違いない。その前にすべてを総括するべきオファーしたのがこの企画である。“明日を落としても 誰も 拾ってくれないよ それでいいよ”(『明日を落としても/1stミニアルバム『Free Throw』収録』)から始まって“本能を別にすれば 明日死んじまっても 別に構わない 本気でいらないんだ 幸せは ヤバいんだ”(『夢』/『My Song』収録)に行き着くまでの必然と内実、そしてこれから向かう先も含めて、五十嵐は語ってくれた。読んだあと全作品を聴き直すと、新たに見えてくるものがすごくあるインタヴューになったと思う。

●ご両親はなにをやってたの?
「親父はずっと郵便局を、何重年勤め上げたというような人ですよ。母ちゃんも、俺が小学校ん時から働きだして、最初はパートだったと思うんですけど、そのうちマジ働きし始めて。デパートん中で服売ったり。だから、家に帰っても誰もいないっていう」
●それぞれのキャラクターってどんな感じ?
「父は、完全にもう、超正統な……石橋を叩いて生きてくタイプですね。本当は絵描きになりたかったのを、自分の父親に反対されて、そんでまあ公務員になって。でもやっぱり、時々自分で絵を描いたりとかして。郵政省の賞かなんか獲って、それを家族みんなで観に行ったりとかしてたから、そういう感性はあった人なんだけど。でもなんかね、諦めちゃってる感じの、たそがれ入ってる人だったですね。で、母ちゃんはあんま細かいこと気にしない――おおらかで、生きたいように生きてる。だから親父より帰ってくんのは遅かったですね。ほぼ飲んでくる。で、社交ダンスが大好きで。今でもやってますけどね。『あたしがもうちょっと背が高けりゃプロになりたかった』っていうのが口癖」
●お兄さんは?
「兄貴は内向的だな。俺も結構内向的だったんですけど、兄貴はねえ、バイオレンスタッチな内向的だった……外では普通にしてるんだけど、実は結構抱えちゃってて。だから家では、プロレスの技かけられたりとか。喧嘩はすごいしましたね。俺がステレオ、ガーンてかけると、ガーンとか蹴ってきて、ガーンて蹴り返して、みたいな。押し入れの真ん中のとこに、段があるじゃないですか。そこの上からバックドロップされたことがあって(笑)。兄貴はなんか、コンプレックスが強くて。俺はどっちかっちゅうと……あきらめてるっちゅうか。『いいかぁ』っていうとこがあった。親がそんな感じで家にいないし、あんまりかまわれなかったんですよ。やっぱり次男だし。だから愛情に飢えてたのかもしれないです。それは大人になって気づいたことで……でも、こないだ親がカミングアウトしやがって(笑)。『いやぁ、実はあんまり育てた感じがしてないんだよね』みたいな話をされて、母親に。まあでも、確かに……家族っぽくなかったですね。酒飲んで暴れてるとかいうのはないけど……うちの親父も共同体意識があんまりないっていうか。ああだおうだ言わないし、晩メシも、朝母親が作っていくのを個人個人で食べるっていう感じだったし、クリスマスとか、なんかあって4人で食卓を囲むっていうのは緊張しましたね」
●「もうグレるしかねえ」みたいなぶっ壊れた家庭じゃないんだけど――。
「そうそう。グレづらい、すごい。体は成してるんだけど中は空っぽみたいな。帰ると親父と一回もしゃべらずに布団入ったりする日もあったし。狭い団地住まいなのにね。たぶんそうやって親父も、人生しのいでたんだろうと思うんだけど。持ち込みたくないっていうか、家庭の中に仕事のストレスとか。だから……可哀想だと思っちゃうんですね。一応ちゃんとしようとしてるから。努力は認めるっていうか。がんばって2人とも働いてるわけだから、その上グレたとなったら、申し訳ないなっていう。だから、いい子でしたね。『しょうがない』っていう感覚が身につくのがすごく早かったです」
●その「しょうがない」っていうのは、どういう「しょうがない」?
「なんかねえ……結構ねえ、なんでもできたんですよね。器用貧乏っていうか。勉強もできたし、スポーツも――小学校ん時キャプテンやってたの、野球部の。小学5年の時は生徒会に立候補して、副会長やったりとか。人より自分が上だと思ってないんだけど……なんかそういうふうに扱われてたしね、周りからも。だから『俺と仲間だ』っていう感覚も、持ってもらえないっていうかね。自分が壁を作ってたのかもしれないけど……だって小学校1年の時に、校門の前に女の子が10人ぐらい待ってたことがあって、それを普通に受け入れてたから」
●モテてるじゃないですか。
「(笑)そうそう。全然そんなね、自分がすごいとは思ってないんだけど――班長決めましょうってなると、『はい、五十嵐くん』とかなって。『五十嵐くんの班に入りたい人』『はーい』『はーい』みたいな。人生の役割的にそういう、カテゴリーに入ってるんじゃないかなと思ってたのかもしれないです。でもそれに違和感はあったと思うんですけどね」
●優等生?
「たぶんすごい優等生。反抗期なかったって親に言われる。先生も――どんな先生にも、ウケすごいいいっていうか。授業終わったあとで、『今日はすごいわかりやすかったですね』とか、ポロッて言ったりとかね。そういう姑息なことをね、普通にしてるんですよ。気持ち悪い子供でしたね」
●友達はいたんですか、仲のいい。
「友達とか……その頃ってもうファミコンが大ブームで。で、うちの親が買ってくんなかったんですよね。だからついていけなくなってきて、その頃からもう音楽ばっかり聴いてた。もうほんとね、すごいちっちゃい頃から……歌謡曲、ベストテンとか。もう小学校の後半は洋楽を聴くようになってたしね。兄貴の影響もでかいけど」
●本は好きでした?
「本が大好きだったっていう意識はないけど、図書館がすごい好きだった。あの雰囲気がすんごい好きで。無理やり静かにさせられている感じがね。圧縮した空気がね、こう、どよんとした……だから、人間の欲望とか本能とかが露呈されない場所だと、生理的に楽なんですよ。風俗行ったことないし。(略)だから、洋楽とかが好きだったんでしょうね。音楽は、簡単に現実逃避できるから。だから、音楽聴く時は絶対部屋真っ暗。誰かいる時は、ちっちゃいラジカセをトイレん中持ってって、ヘッドフォンでこう、うずくまってその世界に入るっていう。そういうことをしながら、野球部のキャプテンやったり生徒会副会長やったり……とりあえずそれがあたりまえのように生きてんだけど、そのあたりまえが実は相当ストレスだったようで……家で音楽を聴いて、自分っていう殻をそこで脱いで……素になってるんでしょうね。なんでこんな音楽が好きなのかなっていうぐらい、好きでしたね。(略)」
●当時流行ってた洋楽?
「うん。すんごいポップな」
●REOスピードワゴンとか?
「(笑)REOスピードワゴン! ええ、ええ。ホール&オーツ、ジャーニー、ビリー・ジョエル、マイケル・ジャクソンとかね。ワム! フォリナー」

REOスピードワゴン『キープ・オン・ラヴィング・ユー』

REOは産業ロックっぽいスタジアム仕様に切り替わる前は、もっとかっこいいロックをやっていましたので……その時期のかっこいい曲も挙げときます。

ホール&オーツ『プライベート・アイズ』(『見つめていたい』みたいな歌)

ホール&オーツ『ユー・メイク・マイ・ドリーム』

ジャーニー『セパレート・ウェイズ』(激ダサPVとしても有名)

ジャーニー『エニィ・ウェイ・ユー・ウォント・イット』(アゲアゲ産業ロックアンセム!)

ビリー・ジョエル『アップタウン・ガール』(キャリア前半はもうちょっとアーティスティックでした)

マイケル・ジャクソン『スムース・クリミナル』

ワム!『ウキウキウェイクミーアップ』(最高)

フォリナー『アイ・ウォント・トゥ・ノウ・ワット・ラヴ・イズ』

●野球とか生徒会とかは、自分の心の充実にはつながらないんですか?
「つながんない……野球やっても、そこそこはできるけど、器用貧乏だったからへなちょこなんですよ。ほんとに上手いわけじゃないから。上手いっちゅうか、本気で好きでやってないから。(略)楽しくない方が、そういうの発揮しやすいみたい。好きだとどうしてもエゴが入るから、間違った方向に行ってる作品がいっぱいあったりとかするのね。でも俺は『これはこれでいいじゃん』ていうふうに塗ると、『あ、センスがいい』ってなって」
●お手本通りに作るってことね。
「かもしんない。何を要求されてるかってのにすごい敏感なんですよ。ちっちゃい頃から、先生とかが何を求めてるのか――友達とか、周りの人間が、どういうふうに見てるかとか。よく熊谷さん(所属事務所社長)にも言われるんですけど、『五十嵐くん、部屋の中の全員の気持ちを把握してないと嫌なくせに、結局自分のやりたいことしかやんない』って(笑)」
●自分がしたいこととか、言いたいこととかは出さないの?
「それはね、出さない。無意識に自分のやりたいことって、すごい押し潰してるから。『あなたは何がしたいの?』って言われるとすんごい困るっていうね。写生会とかあるじゃないですか。『自由に描いてください』って。ああいうのとか、自由研究とかがすっごい苦手。逆に読書感想文、この本を読んで感想を書いてきなさいって言われると、完全に賞まで獲るんです」
●なぜそんなに押し殺していたんでしょうか。
「うーん……たぶんね、それが自分の中の処世術だったのかもしれない。どっかで見抜いてたっていうかね、限界っていうかさ。大した人間じゃないっていうの、なんとなく自分でわかってたんだけど、他人の評価を下げたくないっていうのがでかくて。なんとか上手くやっていくには、結局それしかなかったのかもしれない。相手が求めるものを早く感知して、提供するっていう。だから今思い返しても、自分がどういう人格だったかっていうのは、思い出せないんです。自分がどういうこと考えてたかっていうと……早く帰りたいとか。根本的にこう、やめたい、帰りたい、逃げたい。部活が終わったりとか、学校が終わったら、すぐ帰りたい。音楽聴きたい。早く殻破りたい――殻っちゅうか、『この服脱ぎてえわ』って。だから、独りぼっちだと思ってるから、独りになりたいんですよ……バッて自分を出した時に、誰も同調してる人がいないっていうか(略)」

●中学校は、普通の地元の中学校?
「うん。家から歩いて10分ぐらいの」
●部活は?
「バスケットをやってましたね。で、結構やっぱ厳しくて。顧問の先生が若かったんですよ。タマガワ先生っていうんですけど、僕は嫌われていたんですよね。ちょっとこう、ワイルドな、松田優作チックな。俺が一番苦手とする(笑)。俺の手のひら返し攻撃が通じないという。その人に好かれたいと思ってやってましたね。初めてそういう人に出会ったかもしんないですね。先生って実はやる気がなかったりとか、結構卑屈だったりとか、そういう人が多かったし。そん中でその人は、人にも厳しいし自分にも厳しいし、いい先生で。いい先生にはすごい弱いんですよね。なんか、俺のそういうずるいところを見抜いてましたよね」
●初めて見抜かれた例?
「うん、見抜かれてた。まあ自分もその頃からちょっとずつわかってきたっていうか。『俺はこんなんでいいんか?』『俺は何がしたいの?』みたいな。だから……中学ではもう結構、引退した自分がいたんですよね。部活は普通に頑張りましたけどね、その頃から個人主義っていうのかな、そういうのにどんどん陥っていった気がしますね。俺と周りの人との違和感みたいなのは、それはそれでしょうがねえかなっていう。やっとこう、あきらめてきたっていうか。あとスポーツってね、何が嫌いって、裏かくんですよね。意表突くだとか、人の嫌がることをするとか。奪い合うとか。ブロックするとか。他人の陣地に入っていくとかね。基本の基本がもう既に体の中で『それちょっとヤなんですけど』みたいな。(略)個人戦だったらいいですよね。だから陸上は結構得意で。俺小学校の時、実はすごい足速くて。なんかね、クラスで俺アンカーで、3位ぐらいだったのがごぼう抜きしたんですよ、最後。ブワアッとテープを切った瞬間がね、人生のね、ハイライト(笑)。みんなが俺をガーッて見てて。『気持ちいい!!』みたいな。勝利が好きなんですよね。でもそれに至る過程がひどく嫌なんでしょうね。他人を押しのけないで勝てる方法はないものかっていう。ないんだけど、そんなもんは」

「ギターを買ったのは、高校ですね。バイトとかできるようになって、買いましたね。友達とお茶の水楽器に行って。北与野にジャスコがあって、珈琲館っていう喫茶店が入ってて。そこで蝶ネクタイしてバイトしてましたね。(略)その頃マルチ・エフェクターがすごい流行ってて。それが楽しくてね、また。いろんな音出んなあとか思って。あのバンドはこうやってこの音出してたのか、フランジャーとフェイザーはこんな感じか、とか。兄貴と同じ部屋だから、ヘッドフォンしてやってるんですよね、カチャカチャカチャカチャ。(略)まあ普通に受験戦争世代でもあるし、勉強はしなきゃなと思ってたんですけど、途中からほとんどしなくなって。あとね、酒飲んで捕まったんですよ、僕。停学くらって。なんかね、それで先生の嫌な面をすごく見て。体育祭のあととか文化祭のあととかって、普通に打ち上げがあって。黙認してたんですよね、学校側はわりと。だけど鉄道警察かなんかにしょっぴかれたら急に、『俺達の知らないとこで何をしてる!』みたいな。それで結構ね、ヤになって。勉強もほんとヤになって。ダメ人間。その辺から。虚無度が増していきましたね。小学校終了したあたりからの、だんだんひたひたときてる虚無水位が、首根っこのあたりまできてて」
●その頃の将来の展望は?
「ないないそんなの。虚無だから(笑)。だから三流大学かなんか、ひっかかってくれりゃいいなあと思ってて。そのあとはなんとかなんべえっていうかね。バブルはじけ前ぐらいかな? なんかね、みんなふわふわしてたんですよね、その頃ね。世の中的に。で、自分も勝手にふわふわしてて。で、さすがに人間が多いだけあって、三流大学にも入れてもらえず。(略)おばあちゃんとおじいちゃん、今はもう亡くなっちゃってるんですけど、旅行好きなんですよ。それでね、一緒にバリ島に行ったんですよね。そのあと、『バリで死す』って曲書いたんですけどね(笑)」
●祖父と祖母と浪人中に?
「浪人中に。あと親も。で、それ以降、一向に勉強しなかったんですよ。自分の中で何かのタガが、トリガーがパーンと外れたみたいな。そこで一気にすべてが『いいや』っていう。ケチャっていう、民族の踊り兼文化があって。それが観たくて連れてってもらったんですけど。それ観てね、『いやあ、いいわ』っていう。微妙に違うリズムで、全員が違うケチャを言うんですね。それがバニングしてる(=左右に音が動く)わけですよ、全体的に。それが10人、20人、30人、円になってやるんですよね。それを生で聴いた時にね、恐ろしい音楽の力っていうかね。衝撃だったんですね。あと、たぶん浮浪者だと思うんですけど、ホテルの隅っこで怪しげな、弦かハーブかわからんけど、それをずーっと弾いてたりとか。俺が聴いてきた音楽って、ただのヨーロッパ/アメリカのすごく限られたものなんだなっていうのもね、感じたし。まあそういう、意義深い旅だったんで。なんか日本の中でこう、ガタガタ考えてた細かいこととかもうどうでもよくなったんですよね、帰ってきたら。で、勉強せず、もう専門学校に入りますっつう。ていうかね、引きこもりになりました、帰ってから完全に。一歩も外に出れなくなっちゃったんですよね。そのまま、空白の半年間っていうのがあるんですけど。そのあとは、専門学校行って、おつりの人生を歩もうかっていう。(略)だって小学校がピークだから、俺の人生はもう。小学校で人間の嫌なとこ、勝つことの虚しさ、妬み、嫉み、いやらしい虚栄心だったり優越感だったりさ、そういうのも嫌になって。で、中学は、精神的にはちょっとそっちに入ってるんだけど、がんばってはいる。で、高校で完全に開き直り、隠居に入って……浪人で老成。あとはいつ死ぬのかな? っていう感じかなあ」
●いつ死んでもいいって感じなの?
「思考的にね。感覚的には死にたくはないんだけど、思考回路的には、はてしなくなんもない、なんも描いてなかったですね。夢がない人でしたね。高校ぐらいからかなあ、なんかその……生きてるっていうのは、基本的には大原則としてイスの取り合いだっちゅうかね。勝ってなんぼ、負けたら終わるっていう。そのわかりやすい価値観に、自分は合わないなっていうか……なるべくなら、だれも傷つけず、自分も傷つかず生きていきたいという……やっとなんか、そこで自分と向き合ったっちゅうかなあ……楽になりたかったんでしょうね。部活やって、高校で勉強して、大学入って、社会人になってっていうレールを一回自分から外れちゃったら、楽んなったし、逆にどうしようかわけわかんなくなったし」
●でもさ、世の中みんな勝ってるわけじゃないじゃない?
「そうなのかなあ? ……俺は、買ってる人しか生きてないような気がする。その、勝ちの線をどこに引くかの違いだけと……生存競争っていうことに対して、違和感のない人は、たぶんどういう形でも勝てると思うんですよ、頑張れば」

●専門学校は何の?
「音響技術科。日本工学院っていう。(略)あんまり音楽が好き過ぎても、エンジニアにはなれないということが発覚したんですよ。音楽が好きだと、嫌いな音楽に出会った時に対応できないんですよ。(略)『でもそれに対して気持ちを込めて仕事しないといけないのか、俺は』って。それは逆に、普通のサラリーマンよりももっときついんじゃねえかっていう気持ちになって。心の中では全然就職する気なくなってて。で、就職しなかったら、彼女にふられ」
●っていうか、まずその彼女がどういうふうにできたのか話してよ(笑)。
「彼女はね、専門の時にできたんですよね、1年の時。初彼女でしね、僕。入学最初に、クラスごとに部屋に入りましょうっつって、前に座ってたのがその人で。で、俺はこの人と結婚するなと思ったの。なんかね、すごい変な勘は当たるんですよ……うん、その人と付き合いましたね。で、付き合うのが初めてだから。女の子ってものをまず把握してないので、とりあえず生態観察からで。『なるほどな』っていう。『恐ろしいもんだな』っていう」
●学んだんだ、いろいろ。
「学びましたね。だから、高校とかになるとさすがに『やったぜ、俺は』みたいな奴が出てきたりとかして、その頃は相当遊んでましたからね、僕も。酒が好きで酒で捕まるぐらいだから、飲んだりとかしてね。女子も、まあ思春期なりに好きになったりとかするじゃないですか。でもあんまり……性っていうものにも、ちょっと嫌悪感があるんですよね」
●それって、最初に言ってた、人間の本能的な生々しさが出てる、新宿とか渋谷が嫌っていうのと一緒?
「そうそうそう。今でもそうですけど、当時は少女マンガ顔負けですよ」
●チャンスはあったわけ?
「バリバリありますね。だって、バイトなんてしてたら、そういう付き合うもあるし。でもね……あの、結婚するならしてもいいと思ったんですよね、その人と。俺の中の法律では」
●大丈夫ですかあんた(笑)。
「ねえ? 20歳でよ、危ないと思うんだけど。五十嵐法典っていうのがあって、五十嵐法典の中では、結婚なら可。するんなら結婚しろよっていう」
●じゃあずっと、そういうチャンスが巡ってきても、法典に照らし合わせて「ダメ!」って自制してたの?
「そう。俗に言う、Bね、BまでいってもCはなしっていう。Bで終わりましたね(笑)。その帰り、ひとりでラーメン食いながら、『俺何してんだろうな』って思ったりとかね。だから……要するに、やっぱ俺の中でロックはお花畑なんですよ。そこに本当の俺がいて、そこにはエロビデオはあんまり流れてこないわけですよ。(略)性はないんですよ、そこには。コウノトリぐらいはいますけどね(笑)。だから、相当恥かかせまくりでしたね、女の子には。『もう帰ってよ』みたいな。こっちからモーションもバリバリかけてんだよ、酒の勢いもあって。かけてんだけど、最後は法典が杖ついて、『帰ってらっしゃーい』って(笑)。『はい、すいません』っつって帰ってましたね。なんかね、自分をがっかりさせるのが嫌だったんだよね。その世界を崩すと、雪崩式に何もかもダメになると思って。だからその彼女ができても……半年とか待ってましたからね。向こうもこっちも、『この人と一生いれるな』と思えないとヤだなと思ってた」
●最終的には、その子は理解者になってくれたんですか?
「理解者には、なってくれなかったかな? やっぱりプーになったぐらいから、向こうも将来に不安を覚えたらしく……私の元を去って行きましたね」

「中畑とかは専門の時に会ってるし。かなり仲のいいお友達だったんですよ、中畑くんは。彼は専門学校の中で、いろんなバンド掛け持ちしてやってて。俺は別のバンドで、専門の時にCD作ったんですよ。dip――dip the flagのコピーをずっとやってました。それで味をしめちゃったんですよね。自分が表でなんかをやるっていうのはリアリティないなと思ってたんだけど、でもすっごい楽しかったんですね。ライヴで、彼女からスカート借りて――その時レモンヘッズっていうバンドがいて、そこのイヴァン・ダンドゥがスカート穿いてたんですよ。イヴァン・ダンドゥが憧れでして、僕の。まあカート・コバーンもあり、長髪にして、ガーッと下向きながら、まさにシューゲイザーで、殺伐とdipをやってたんですよね」

レモンヘッズ『ミセス・ロビンソン』(サイモン&ガーファンクルのカバー)

dipはこの辺りの曲だろうか……?

ニルヴァーナは有名なので特に動画貼らないっす。

「で、CDを作って――その時はね、フリッパーズ・ギターの。(略)楽しかったなあ、バンドは。要するに見られるってことがすごい嫌だったんですよね。子供の頃、目立ちたくないのに目立つように仕向けられてて、人が何考えてるかばっかりを考えるようになって、視線恐怖症になって。見られるってことは苦痛でしかないと思ってたんだけど、ライヴをやって、それが裏表ひっくり返っちゃったんですよね」

フリッパーズ・ギター『恋とマシンガン』

フリッパーズ・ギター『さようならパステルズ・バッヂ』

「3~4年ライヴやんなくて、週2回練習して、『最高だなあ! ほかのバンドはクソだな!』っていうのを、ミスタードーナツで、コーヒー5杯おかわりしながらみんなでしゃべってて、それがすべてだったんですよね。(略)練習大好きバンド。もうそれで完結してるんですもん、だって。みんなが音出してるだけで、もう楽しくて、別に発表する意味はあんまり感じないぐらい。だからみんな、日々そのプー太郎生活をエンジョイしちゃってたのかもしれないですね。何ものでもないってことに対して、そのバンド名を決める時も、何ものでもないもののままでいようなっていう。どこかに依存するでもなく、染まるでもなく、どこにも帰属しないで、独立した、形態を持たない自由な集まりでこのまま、練習来ても来なくてもいいような、ぬるいままで好きな音楽を好きなだけやろうっていう、そういう意味を込めて、シロップ16gっていう。で、甘いメロディが俺は大好きで……小学校上がる前に小児ぜんそくを患ってて、ものすごい辛かったんですよね。その時に、咳止めシロップっていうのがあって、親が管理してたわけですよ。劇薬なんで。でも、あれおいしくて(笑)。甘いものみ目がないガキだったので、ちょこちょこ飲んでたんですよ。(略)それで結構ね、トンでた記憶があるんですよね(笑)。で、そのシロップって言葉が頭の中でピーンッて、快楽的なものと直結してですね」

(『COPY』以前のメジャーデビューならずの話の流れがあり)
●ハンコ押してもらえなかったのって、結構大きなことじゃない? 「やっぱダメなのか、俺は」って。
「なったなった、すごいなったね。だから上昇志向がないわけですよ、自分の中に。上昇しないでいたい。たあ、アンダーグラウンドと言われる村に属したいわけでもない。自分の中にある音楽の世界に住みたいわけですよね。だから、それを突き通そうとすると、やっぱり難しかったですね」
●そもそも音楽で食おうって時点で矛盾してるもんね、五十嵐法典から。
「うん、そうそう。だから、自分の愛する作品を聴いてもらうことにはなんのためらいもないんですけど、それを貨幣価値にして、いろんな計算やら、そういうことと離れたい。ただ、コロムビアに移籍してね、『coup d’Etat』ってアルバムを出す時には、そこからの脱却をしたいなっていう。俺の中で、そういうきれいな世界を切り売りしていくことをよしとしよう、俺の愛、マイ・ラヴズをソールドしようっていう。あれを1曲目にしたいなっていう。ほんとクーデター。自分の世界の中でのクーデターを、自分の国の中だけで勝手に起こそうっていう。ただ、クーデターしたんだけど……いろいろまたそれはね、問題が山積みになりましたよ。ある程度は覚悟してたんですけど……まあ、きっかけは佐藤くんの、俺のフレーズを弾きこなすことができないのではないかという不安ですよね。俺は佐藤くんっていう人間を、ほんとに心から大好きで、この3人でしか俺はやっていきたくないと思ってたんですけど。でも……音楽がそれで消耗したりとか、妥協されていくっていうことにも耐えられなかったんですよね。彼、腰が悪くてですね、リズム隊としては致命的なものがあるんですよ。腰でリズムをとるものだから。だから、ベースがニュー・オーダーのように、リズムよりメロディ楽器になることで解消しようっていうことが、逆に佐藤くんを追い詰める形になって」

ニュー・オーダー『エヴリシングス・ゴーン・グリーン』

ついでなのでニュー・オーダーの超名曲『ブルー・マンデー』も貼っときます。

「結局は……人生まだ長いしっていう話をして。心を鬼にして。たぶんシロップってものに対して、初めて違和感を覚えたとしたら、その瞬間ですよね。でもそれでも続いていくっていうか、続けていかないと――そんな痛手を負って、最後負けましたじゃ、俺は佐藤くんにも申し訳ないし、自分を切り売りしてることを自分が許さないだろうなと思うし。……あの、本当に、俺は専門学校はいる前に終わった人生だと思ってるんですよ。あとはおまけだと思ってて。だから、ほんとは人生どうなろうとおかまいなしっちゅうか、知ったことじゃないんですよ。自分の中の大事なもんが何かっつったら、自分が音楽を好きで、その世界を、まあ、切り売りって言い方でもいいけど――俺がここで音楽をした、生きたってことを、俺は友達がいないから周りの人間に伝えることはできないから、メディアってものを通して発信することで、記憶してほしいっていうかね。(略)それを阻むものは、全部敵なんですよ。だから阻ませないようにしないといけない、そのためには勝つしかないんだなっていう。そうなんなきゃ、発言権もクソもないですもんね」
●最も嫌いだった、勝つという価値観に殉じないといけないと。
「うん。で、『パープルムカデ』以降は、その中での葛藤ですよね。自分の中の世界を切り売りする、プラス、商品としていいと言わしめないといけないっていう。だから、俺は勝つことが目的ではないんですよね。勝つことで得られる何かが、俺を自由にしてくれればいいやっていう。だって、勝ったらまた勝たなきゃいけないでしょ? 勝ち続ける人生なんて、ヤだもんなっていう。それは俺の、五十嵐法典には、全然書き込まれてないことだから」
●じゃあもうハナから『coup d’Etat』作っちゃった時点で、明るい未来だとか、幸せだとか、そんなもんは求めてねぇよみたいな。
「うん、全然ないですね」
●『夢』の歌詞まんまなんですね。
「でも、上昇志向でつかめる夢も夢だし、寝てる時の夢っていうのもあるじゃないですか。あれは自分の脳内の世界ですよね。で、見たくないものも出てくれば、自分の願望も出てくるわけですよね。俺はそっちの夢の方が興味があるっていうか、大切にしたい部分で。何かを勝ち取ることで、何かを失っていくようであれば、もう俺は別に夢みてればいいっていう」

転載終わり。

・感想

シロップって、ロックンロールじゃなくない……?(笑)。
田中宗一郎さんが、社会についてしっかりと言葉にしつつ読み手と問題意識を共有していく技術が優れていることが、よくわかる。逆に、他の人のインタビューを読むと、言葉が抽象的で曖昧っす……だから僕は田中宗一郎さんや宮台真司さんが好き。
ロッキングオンが好きじゃない理由がよくわかったっす……。
タナソーさんへの信頼があったから、政治の話なんかも五十嵐さんは出してたんだろうなぁ。

“『お前らいつまで俺を無視続けんだよー』っつう。俺がさみしいって言ってんだから、少しは優しくしろや、コラっていう、ある種の逆ギレがそういう指向にさせているような。単純に俺はノエル・ギャラガーより曲書けんぞ、この程度は。わからせてやる、みたいな気持ちもあります。もっとすごい曲いっぱい書いてんだから、信じなさいっていうメッセージです」”

フジファブリックの志村さんが“誰か僕に優しくしてくれないか”って歌詞を書いてたことを思い出す……。
岡村靖幸さんも、スタッフから冷たい目で見られていたようだし、リスナーは「天才じゃんこの人!」って思っていても、彼らが会社の立てた(これ重要)目標に届かないのであれば、お仕事として関わっているスタッフはそういう接し方になるのかもしれないですね。
まぁ、日本のレコード会社スタッフって、あくまでサラリーマンみたいなスタンスのところも多いみたいっすからね……。
数字云々抜きにして、良いものが出来てきたなら褒めたり優しくしてあげればよいのだけど……なかなか、そういう風に接してくれる人っていないのかもしれないですね。
まぁ、五十嵐さんは、自分で「売れまくるっす」とか息巻いていたのかなとも思うけれど。

兄貴は内向的だな。俺も結構内向的だったんですけど、兄貴はねえ、バイオレンスタッチな内向的だった……外では普通にしてるんだけど、実は結構抱えちゃってて。

お兄さんも大変だったんですね……。
五十嵐さんのインタビューで兄弟に関する話があんまり出てこないですよね。
まぁ、そんなもんか……。
小沢健二さんが雑誌のコラム連載をしていた時に、お兄さんについて書いたことがありました。
僕が「兄」について想うことの一部を、鮮やかに言語化されていたので、転載します……。さすが東大生……。
文字起こしされていたサイトは↓になります。

https://pmakino.jp/misc/olive_ozaken.html

僕の友人で、二人姉妹なのに、生まれてから一度も親に、「お姉ちゃん」と言われたことがないという人がいる。二人とも「何々ちゃん」と名前を呼ばれるだけで、そうなると妹の方も、「お姉ちゃん」とは呼ばなくて、名前で呼び合うことになる。そう言えば彼女にはいわゆる「お姉さんらしい感じ」はない。「お姉さん」「お兄ちゃん」と呼ばれ続ける事は、その人の性格に影響するらしい。「兄」とか「弟」とか言うのは、人が持って生まれた資質ではなくて、社会的に規制された結果、というか周囲がそれを強要してるのである。
人は分ける。上と下。右と左。陰と陽。善と悪。とにかく分けたがる。自分自身さえも分けてしまう。不良か優等生か。運動神経がいいか悪いか。人間嫌いか社交家か。完全にどちらかである人なんて絶対にいなくて、僕らは混然とした存在なのに、混然を受け入れるってのは難しいから、面倒くさがりの脳は、あるいは機能は、それ自体をあるがままに受け入れないで、白黒つけてゆく。そうすると物事は、すごく簡単になるから。ボケとツッコミ。
懐かしいアズテック・カメラの、「ナイフ」という曲は、この世にはナイフがあって、物事を二つに分断しつづけている、ということを歌っている。

なにもない空間である世界を、ナイフで切った、上と呼ばれる部分にあるとされていること。寛容、優雅さ、等々。僕は二人兄弟の弟だが、兄、正しくは「淳ちゃん」を、僕は「お兄ちゃん」と呼んだりもしたので、その度に彼は、上の部分に属されていることであらねばならないと思ったかも。僕は「淳ちゃん」をそう呼びながら、下の部分に属すことになっている、快活さ、自由さ、等々を意識したかも。えー、全く無意識に。

僕の兄もだいぶバイオレンスな人間でした。
ただ、3つ下の弟の弟が出来て、僕が「かわいがられている」ように見えたことは、幼かった彼にはとても悲しい事だったのかもしれません。
僕も、妹がかわいがられているように見えて、彼女にいろいろ意地悪を……ありのまま言えば、虐待した記憶があります。
七五三が、男の子は一回で、女の子は二回あることにすごく腹を立てた記憶があります。
妹が小学校に上がった時、おじいちゃんがケーキを買ってきたことも覚えてる。
僕の時には何もなかったのに。
おじいちゃんはもうこの世にいないし、妹がそのことを覚えているかはわからない。
でも僕の中には今でも罪悪感が残っている。

五十嵐さんから見た「バイオレンスなお兄さん」は、今ではどんな人になっているんでしょうか……もう50歳とかになってるのか。
親と子の関係も複雑ですけど、兄弟の関係も複雑ですよね。

 - Syrup16g, 音楽

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