桑田佳祐最高傑作『孤独の太陽』の感想と考察
2020/03/15
そういうわけで今度は、「飛べないモスキート」以外の孤独の太陽の歌詞についての考察をします。
アルバム全体の印象としては、プロテスト……とまではいかないにしても、社会へのメッセージが強く感じられます。
あと、サザンではシングル曲のモチーフとして好んで使う「恋愛」をテーマにした曲もほとんどありません。
あくまでシンガーソングライターとして、自分がその時に感じたことを率直に歌い上げているものが多いです。
大衆に向けに飾りすぎていない、ありのままの自分をさらけ出しているような感じ。
ミスチルなんかだと、世代の声であろうという意思が強く表れているように思うんですね。
まぁマーケティングの結果としてそうなっているだけなのかもしれませんが……。
ところで、桜井さんってソロ活動しないよなー。
桑田さんがサザンという巨大な存在に抑圧されてしまって、反動的にこのようにパーソナルな作品を作る例があるので、桜井さんのソロってのがどんなもんか、気にはなる。
まぁ、ミスチルで歌っていることが桜井さんのほぼ全部なのかもしれないなぁ。
ただ、後述しますが、この作品以降だと桑田さんの歌から「メッセージ」はけっこう鳴りを潜めていく感じがするんですね。
そこはちょっと残念。
アルバム冒頭曲の漫画ドリーム。
アコギが荒っぽくかき鳴らされるイントロからして、サザンとも、デジタルレコーディングを推進してきた最初のソロ作とも違うことを宣言するようです。
そして桑田さんの声が最高にカッコイイですよね……桑田さんの声質もそうなのですけど、ほんとにいろんな歌い方をしてて面白い。
巻き舌しまくったり、マイジェネレーションみたいにどもってみたり、がなり声を使ったり。
考えてみると「マ・マ・マ」ってマイジェネレーションですね……笑
音楽評論家の田中宗一郎さんが、ボブ・ディランのことを「ディランの声を真似するだけでだいぶ楽しめる」と言っていたんですけど、ディランに憧れた桑田さんもその域に達してますよね。
『ボブ・ディランにしろ、エミネムにしろ、変な声の持ち主というのは、かなり得だ。この不思議な声と不思議な歌い方を真似するだけで、かなり楽しめる。するとやがて、そこからリリシズムが零れ落ちてくるのだ。ゲラゲラ笑っていたら、心が切なくなっていた……。ボブ・ディランの歌を体験するというのは、そんな、とても重層的な経験だと言っていい』(あなたのライフを変えるかもしれない300枚のレコード)
うーん、田中さんはやはりいい文章を書かれますね……。
ほんとにカッコイイ。
そしてこれは、このレコードにも言えるように思います。
桑田さんはディランの大ファンなので、シンガーソングライターとして手本にしたのかもしれませんね。
子は番号で呼ばれ 一流フェチの嵐
憐れ世のガキよ顔の無い教師らの背に見た 偏差値の魂
偏差値社会の歪さを憂うような歌詞。
アルバムの一曲目ですでに、子どもを独立した人間として尊重することのない大人を批判しています。
一流フェチの嵐というのは、一流であることに執拗にこだわるということですかね?
学歴重視社会を揶揄っている感じ。
そういえば最近「学歴重視社会」とはあまり言われなくなりましたけど、80年代から90年代のドラマや映画を観ていると「学歴」ってかなり重要なワードとして扱われてますよね。
僕が年取った割に子どももいないから、そういう話を聞かないだけかな?
桑田さんも青山学院大学に通っていたとはいえ、自信のことを水商売やってる親に育てられた田舎モンだなんて言っていたリするので、いい学校に通わせるために命をかけてるような親たちの在り方に疑問を持っているのは確かでしょうね。
顔の無い教師、というのは、そんな学歴重視社会で教育の機能を担っている教師たちを不気味な存在と捉えているってことなんでしょうね。
桑田さんのインタビュー本に書かれていたんですけど、桑田さんが小学生の頃に教室で誰かのお金がなくなったことがあって、先生からいの一番に疑われてしまったトラウマがあるのだそう。
結局犯人は桑田さんではなく探したら出てきたのだそうですが、先生は「みんなで桑田君に謝りましょう」だなんて言い出して、その頃から教師や大人に対してずっと不信感があるのだそうです。
僕も小学校教師に良い想い出が一切ないので、めっちゃ共感できます……この歌詞。
妙な風潮の丘に 吹く洗脳の嵐
森羅万象説く祈りのカリスマに見た 営業の魂
ブッダ・ジーザス 辛抱したりや
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こすのは95年です。
孤独の太陽が出たのが94年のことなので、かなり鋭いことを歌っていますね笑。
ただ、そもそも日本では80年代(頃かな? あやふや)は新興宗教ブームというのがあったそうです。
サリン事件などがあって沈静化してきたので、今の社会で過ごしているとあまり実感することはないと思うんですけど。
「洗脳」はオウムも電流の流れるヘッドギアを開発し、信徒に使っていたそうで、新興宗教と洗脳問題とは切っても切れないものがありますよね……。
特殊な器具など使わずとも、特殊なコミュニケーションによって行われる洗脳もありますからね。
洗脳怖いです。
「営業の魂」という言葉もかなり面白く、宗教団体トップは宗教団体を営利目的で経営してるじゃねーか、という揶揄ではないでしょうか。
宗教問題については、アルバム4曲目のエロスで殺してでも言及があります。
檻の中で林檎を剥く教祖様
さっきも書きましたが、オウム真理教の教祖麻原が逮捕される前に、もうこんな歌詞を書いてます笑
ほんとにすごい。
オウム以外にも教祖が逮捕されている宗教ってけっこうあるのですかね?
法外な手段を取る、もしくは法のグレーゾーンをついて活動する新興宗教団体を揶揄しているのですよね。
「林檎を剥く」というのは面白い暗喩で、聖書に出てくる「知恵の木の実」は林檎だという説があります。
神様から「食べちゃだめだよ」と言われていた果実を、アダムとイブが食べてしまったためにエデンの園を追放されたというやつです。
禁断の果実に安易に手をかけているというニュアンスなんですかね。
新興宗教と言えども、全くのオリジナルの宗教というものはあまりなくて、仏教やキリスト教をベースにしているところがとても多いのです。
長い歴史をかけてくみ上げられた宗教というシステムを取り込もうとしている……というさまを「林檎を剥く」と表現しているのですかね。
檻の中っていうのは刑務所や拘置所のことかと思うのですが、この1センテンス、1シーンですごくいろ
いろな読み方ができるようになっているのがすごい。
桑田さんの言葉を組み合わせるスキルってやっぱりすごいですよ。
ところで僕は、初めてこの歌を聴いた時に「檻の中でウンコを拭く教祖様」って聞こえていたんですね。
あんだけ偉そうにふんぞり返っていた教祖様も豚箱に入ってしまったら汚いトイレでお尻を拭かなければいけないのだ……みたいなニュアンスなのかと捉えていました。
蛇足話題。
鏡はカントリー・フォーク調の静かな曲です。
けれどそこがよいですよ……。
アウトロはビートルズの「ホワイトアルバム」収録の「ブラック・バード」っぽいのですが、この曲全体がブラックバードみたいなアレンジに聞こえますね。
風凍る陳腐な青春に投げキッスを頂戴ネ
あんまり何言ってるかわからないのですけど、「風」が「凍る」という表現がほんとにすごいです……。
陳腐な青春ってなんなのでしょう……桑田さん自身は男子校で女の子に飢えていたという情報はありますけど、そんな高校時代を卑下する言葉はあんまり聴いたことがないんです。
けどアルバムの中のすべての歌に懺悔しな!!では
チンチン電車は走るけど 青春時代は返らない
と、めっちゃくちゃかっこよくガナるところもあるので、自分の悶々と過ごしていた高校時代のことを歌っているのかもしれないですね。
ここに続く
憐れで呑んべえな精霊は過去に触れない
と合わせると、バブル時代を謳歌する日本の暗喩なのかなとも思います。
過去に触れないというのは、日本が戦争にひた走った時代や、韓国や中国を侵略したような加害国であるということをなかったかのように振る舞っているという意味になるのかなぁと。
サザンでは中国残留孤児問題の曲を作ったりもしていたし、意識を持って、バブルに浮かれまくっている日本を憂いているニュアンスがあるように思います。
光の中じゃ永遠に嘘はつけない
これってサザンでの活動を指しているような気がします。
孤独の太陽というアルバム自体が、この時にサザンオールスターズとして活動することへの迷いが
あったために制作されたという経緯があります。
サザンオールスターズというバンドの中では、自分のパーソナルな表現ができないという閉塞感があったのではないでしょうか。
サザンって、背負っているバンドですよね。
音楽性という意味でも大衆的であらねばいけないし、歌自体も普遍的なものを目指さざるを得ないとい
うか。
原さんの産休明けの第二期なんて特にそうで、再始動後初のシングルが「みんなのうた」ですからね。
桑田さんは、ファンの期待を引き受けるということ、自分たちを支えてくれるスタッフの仕事を守る≒売れるということも考えながら、音楽を作っています。
それはかなり難しい立ち位置ではないでしょうか。
そう考えると、サビに入る前の
今君は幸せかい
という歌詞もずっしり響きますね……。
しかし、そんな重さを感じさせない、とてもさわやかなアレンジなのです。
この曲は良いですよ。
ところで、上のほうでも引用した田中宗一郎さんが編集長を務めていたSNOOZERという音楽雑誌で、日本のロック・ポップアルバムベスト100という特集が行われたことがあるのです。
その際、サザンのアルバムは80年に発表された三枚目の『タイニイバブルス』が99位にランクインしていました。
その時に田中さんが書いた評がとてもよいので、引用してしまいますね。
『国民的バンドとして生きることに完全に腹を括る遥か昔、ロックがいまだTV中心の芸能の一部でしかなかった時代の困難さと向き合いながら、サザン・ロックもラグタイムも歌謡曲もルーツ・レゲエも飲み込みながら、かろうじて同時代性と音楽的な輝きを感じさせる最後の、そして唯一の傑作』(SNOOZER64号)
田中さんは短い文章でも的確なことをズバッと書けてしまうからすごいです。
音楽のことも、歌詞の面も、シーンについても書けますし本当にオールラウンドに音楽を捉えてらっしゃるんですよね。
僕のお父さんは暗いフォーク・ソングで、桑田さんが幼少期に感じた孤独感をダイレクトに歌っています。
前述しましたが、桑田さんのご両親は飲食店を経営していて、夜は家を空けていることが多かったのだそうです。
僕のお父さん 仕事で帰らない
僕は長男 涙をこらえてる
雨音が僕らを遠ざける
桑田さんの歌詞では「泣きたいけど耐えている」ことがめっちゃくちゃ高い頻度で使われるのですが、子どもの頃のこういう経験が根源にあるのだろうなぁ……。
僕のお母さん カレーライスを食べさせて
優しいあなたの味がする
おやすみの電気は消さないで
このアルバムの制作中に、桑田さんのお母さんは亡くなられたそうです。
このセンテンスにその事実が関係しているのかはわかりませんが、 カレーライスって暖めれば簡単に食べられるものですよね。
お母さんが出かける前に作り置きしていく、という風景があったのかもしれません。
桑田さんは00年代に入って、MY LITTLE HOMETOWNという少年時代を回想する歌を作っています。
その中でも
ママのカレーライスはMore More More食べれないっと
と歌っているので、桑田さんにとってお母さんの作ってくれたカレーライスは思い出の味なんでしょうね……。
泣けます。
ところでマイリトルホームタウンで「夕方チヤマに集合」という歌詞があります。
有名な話ですが、桑田さんの通ったCDショップで、05年頃まで茅ヶ崎駅の南口にありました。
その後海の近くに移転、さらにその後閉店となりました。
実は僕が初めて自分で買いたいと思ったCDを買ったのもチヤマなのです。
リンプビズキットのチョコレートスターフィッシュフレイヴァードウォーターを買ったんですね。
今でも愛聴盤です。
チヤマではCDを買うと、ディスク保護シート? みたいなのをくれたんですね。
CDケースの、CDを入れるところに敷くシートみたいなの。
茅ヶ崎のブックオフで中古CDを買うと、たまにチヤマのロゴ入りシートが入っていることがあって、なんだか懐かしい気持ちになります。脱線話。
でもトントンと窓を叩く
海鳴りの風に
泣き出しそうな
くじけそうな 夜は眠れない
桑田さんの家は海から比較的近いところにあったそうなので、海から吹く風の音は孤独の記憶と共にあるんですね……。
そう考えると、桑田さんの曲の中で海というのは、寂しさや悲しさの象徴として歌われる感じがありますよね。
郷愁とか。
そう、茅ヶ崎で育った人間からすると、海って別に特別でも何でもないんですよね。
他の日本人ミュージシャンが「海」を歌うと、そこはハレの場として扱われるんですよね。
明るい、楽しい、パーティ感覚みたいなものとして使われてしまう。
ましてや僕と桑田さんが通った茅ヶ崎第一中学校なんて、道路挟んだら海なんですよ。
そんなところで育ってしまうと、別に海に特別な感慨はないんですね……。
このアルバムで世間を騒がせたトピックと言えばすべての歌に懺悔しな!! ですよね。
週刊誌が「この曲は長渕剛と矢沢永吉のことを歌っている」と煽り立てたことで、長渕剛もコメントを出し、桑田さんも釈明会見をしたという。
その辺、詳しくはウィキに詳しく書いてあるので興味のある方はそちらをご覧になっていただくと好奇心が満たされると思います。
ただ、これで「長渕剛を揶揄する意図はない」ってのは無理がありますよね……。
まぁここでも、身軽な一人のシンガーではなく、沢山の仲間を守らなければならない「サザンの桑田」として判断をしたのかな……。
ただそれで激怒する長渕さんも、ロックシンガーとしてはどうかとも思うんですけどね。
歌で返せばいいじゃん、という。
ヒップホップでよくあるビーフってやつですよね。
あと、桑田さんの敬愛するレノンも、ソロ活動を始めてからは歌でポールを揶揄してたし、ポールもレノンに歌で返したりしてました。
レノンとディランも。
もしかしたら桑田さんの中に、そういう関係性へのあこがれもあったのかもしれませんね。
だからこの歌について釈明をしてしまった時点で、ロックンローラーとしては、桑田さんは終わっちゃったなって感じがあります。正直。
ポジティヴなメッセージのこもった歌は多いと思うのですが、攻撃的なメッセージはなくなってしまったなぁと……守らなきゃいけないものが多いですもんねぇ。
ですが、この曲の歌詞の切れ味と、桑田さんの鬼気迫るような歌唱には舌を巻くしかありません。
どこを切っても鋭いんですよね……こんなに高度な技術でディスられてしまっては長渕さんも怒るしかないでしかし。
ここに比べてみると、ラスト前の曲の 貧乏ブルースが、どこか鼻白んでしまう感じが。
いや、あっちも悪い曲じゃないんですけど、ディスの対象がなんというか……小さい感じがしてしまうというか。
歌詞は全部が鋭いので個別に考察はしませんが、ウィキにもある通り、桑田さん自身を揶揄しているし、いわんや矢沢も長渕も揶揄していると思います。
バンドブームがあった後のことなので、サザン以降のバンドについても乱射的に揶揄していると思います。
週刊誌的に「桑田佳祐、矢沢と長渕を攻撃!」というトピックが面白そうだったから、そこだけピックアップされてしまっただけで、いわゆる「ロックシンガー」的な人全員に突き刺さるように書いた歌なんじゃないですかね。
貧乏ブルースは桑田さんが日本の嫌いなところを歌いまくるという内容。
アレンジがめっちゃかっこよくて好きだし、桑田さんの歌唱も好きなのですが、どこか歌う内容が矮小な感じが。
で、しかも、歌われるモチーフも、アルバムのここまでですでに扱われてしまっているものばかりなので、新鮮味もないという……。
アートが理屈を超えない世界 文化じゃ食えない貧乏ブルース
のあたりなどは、これまでの活動で溜まったうっぷんが詰まってる感じがしてとても好きです。
アートっていうのは理屈を超えるんですよね……ぼくもそうおもいます。
言葉にできないような感動を体験したことがありますよ。
桑田さんは、サザンが活動停止している間にKUWATA BANDを結成して、全編英語で楽曲を製作したり、ソロでもダリルホール&ジョンオーツとレコーディングをしたりと、海外を目指した活動をしていました。
しかし、失敗……なんですかね?
ともかくも、その後は国内でサザンの活動を再始動しているので、どこか「日本から出たくても出られない」という苦しい状況にあったのではないでしょうか。
それで、この曲のように、うっぷんを吐き散らす必要があったのかなぁと。
いや、言葉の精度の高さと歌唱はホントにすさまじいんですけどね。
しかし他の傑作曲と並んでしまうと物足りない感は否めませんね……。
アルバムの最後を飾る歌がJOURNEYなのですが、もう最高でしょうこれ。
アレンジ的には真夏の果実のセルフパロディ的な仕上がり……。
真夏の果実って、アレンジを担当しているのはプロデューサーの小林武さんなんですね。
そういったこともあって、自分の血肉とするために模倣するようにアレンジした……
あるいは、ファンの人気投票でも毎回トップに入る曲が小林さんの成果であることがに悔いがあって、セルフリメイク的に作ったのかもしれません。
使われる楽器はかなり絞られていて、子守歌のように優しく響いて来ます。
この曲は、桑田さんのお母さんの詩がダイレクトに反映されているのだと言います。
ですが、何も知らずに聴けばいろいろな取り方ができるように言葉が抽象化されています。
そこがこの歌を普遍的な「素晴らしい歌」にしているように思います。
流石桑田さんですよ……。
旅立つ身を送る時
帰り来る駅はなぜに見えない
自分が帰る場所が見えないのか、見送った相手が帰ってくる場所が見えないのか、ちょっとわかりません!
ですが桑田さんが初めて作ったという曲が「茅ヶ崎に背を向けて」。
そのタイトルから分かるように、実家に住んでいる頃から桑田さんはなぜか、自分が「帰らない」という独り立ちの決意をしている人なんですね。
なので上の二つで言えば前者のニュアンスだと思います。
大空を駆け抜けたまぼろしは 世の中を憂うように
何かを語るだろう
ここは飛べないモスキートでも書いたように、サザンの絶頂期を指していると思います。
また、経済的繁栄のピークを過ぎ、下り坂に入った日本社会のことも指しているように思います。
大空を駆け抜けたまぼろしって言葉がほんとにすごい。
想像力膨らみまくるし、頭に絵が浮かぶんですよね。
桑田さんほんとすごい……。
寂しくて口ずさむ歌がある 名も知れぬ歌だけど
希望に胸が鳴る
ここも!
桑田さんは寂しかった時に、音楽を聞いたり歌を口ずさんで紛らわせていたのかもしれないですね。
あるいは、思い浮かぶがままにメロディを口ずさむ……という意味だとすれば、自分が作ってまだ名前を付けていないということ。
音楽を作ることで、希望が湧いてきて、生きる意味を得ているという感じにもとれなくはないかも。
とうに忘れた幼き夢はどうなってもいい
あの人に守られて過ごした時代さ
遠い過去だと涙の跡がそう言っている
このコーラスが本当にすごいですよ。
もちろん桑田さん自身のお母さんのことを指していると思うのですが、慎重に紡がれた言葉たちは、もっと広い範囲にまで意味を広げています。
「幼き夢」がどうでもよくなることって、人が大人になるうえで経る重要な過程ですよね。
イニシエーションというか。
子どもの頃に抱く夢って、現実に即していませんよね。
誰かに守られている、というのも、その一因。
一人でセカイに立ち向かっていって、現実を知ったうえで、どんな生き方をするのか……新しい夢を抱くのか。
あるいは、アメリカに守られる代わりに言いなりになってしまっている日本へ、独り立ちするべきだというメッセージを送っているようにも聞こえます。
00年代に入ってリリースされたロックンロールヒーローでは
米国(アメリカ)は僕のヒーロー
我が日本人は従順(ウブ)なピーポー
安保(まも)っておくれよリーダー
過保護な僕らのフリーダム
なんて歌っているので、桑田さんは、日本がアメリカに「守られている」点を無視しない人なんですね。
涙の跡……涙はもう乾いているんですよね。
一人でもやっていけるよ。
幼い頃ほどあなたは弱くはないんだよ。
そういうことだと思います。
嗚呼。
最高の歌ですよねほんと。
というのが、孤独の太陽の中で僕が好きな部分です。
真夜中のダンディは自分のことをまんま歌っている感じなのであまり語ることはないですよね……重要だけど安直すぎな感じがあります。
しかしあれが本アルバムのリードシングルだったようなので、あそこで、ありのままの自分を歌うという方針ができたのかもしれませんね。
月も好きなのですが、泣かせ歌謡曲路線で作った感もあるので、まんまと感動させられてるなーと思ってしまいます笑。
その後の桑田さんのソロも、サザンでの曲も聴いているのですが、アルバムごと隙になった作品は孤高の太陽が最後ですね……。
昨年リリースされた「がらくた」は気になっているけど聴いてはいないです。
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