てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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MIKAインタビュー2009年

   

ミーカのインタビュー転載、第三弾です。

前→MIKAインタビュー2007年(2)

グラビアも充実しており、古今東西の「ポップアイコン」とミーカを合成した写真が十点近く掲載されていました。
モデルとしても活躍していたミーカのフォトジェニックぶりが堪能できる素晴らしい特集でしたね……。
3rdアルバム以降もスヌーザーでインタビューしてもらいたかったっす……無念。

SNOOZER#76
インタビュアー:田中宗一郎氏

(序文)
もはやわざわざ強調する必要はないかもしれないが、改めて言っておこう。あまりに豊作だった昨年に比べ、すっかりアンセムが見当たらない、この2009年において、ミーカの“ウィー・アー・ゴールデン”は屈指の特大アンセムだった。
ミーカ得意のアップリフティングなカラフル・ポップに乗せて、ゴスペル・クワイアとチア・リーダー・チームが入り乱れて、競い合うかのような、ユーフォリック&パワフルなコーラスのみならず、力強いマニフェストを宣言するリリックもまた、この曲を決定的なアンセム足らしめている。『僕らはお前が思っているような人間じゃない、未来は僕らのためにあるんだ』。つまり、与えられたものには従わない、世間の風評などには絶対に屈しない、自分自身の名前も役割も髪型も服装も性別も、自分自身の現在と未来はすべて自分自身で決めるのだ、と。そう、10代のどこかの時点でミーカが自らに課した、この決死の跳躍を歌ったからこそ、“ウィー・アー・ゴールデン”は、あそこまでパワフルなアンセムになりえた。
だが、勿論、ある種の選択には代償が伴う。人は誰しも、何かしらの自由と引き換えに、必ずさらなる受難を引き受けることになる。例えば、以下の対話の冒頭で語られている、こんな言葉。『僕の1stアルバムっていうのは、僕が成長する過程で、自分を慰めるために作ったすごくパーソナルな曲ばかりだったのに、結果的に僕を非難したり、貶めるために使われた。つまり、あのアルバムはもう僕のものじゃないんだよ(※1)』。歓喜の後には、必ず失望が待っている。それゆえ彼は、「いろんなことを知りすぎてしまった少年」になった。その、知りすぎてしまった何かについては、実際に、以下の対話に目を通して欲しい。
勢いよく“ウィー・アー・ゴールデン”で幕を開けたはずのアルバムは、後半へと進むに従って、失意と喪失の物語へと変わっていく。そう、つまるところ、このアルバムは、彼自身が選んで、彼自身が手に入れた金色に輝く未来についての作品であると同時に、その後、彼が犯した過ちや、彼が失ったものや、さらに彼が受けることになった傷についての作品でもあるのだ。だが、人生がうまく運ばないことを他の誰かの生にするキャラクターをモチーフにしたアルバム2曲目の“ブレイム・イット・オン・ガールズ”において、彼が少しばかり遠回しに発しているメッセージを見逃してはならない。つまり、誰かのせいにするんじゃない、すべては自分自身で選んだ道なんだから、ということ(※2)。実際、以下の対話でも、ミーカはこんな風に語っている。「僕はこれまで自分が犯してきた過ちのすべてを誇りにしてる。それはすべて自分自身で決めたことだから」(※3)。
つまり、彼は、その先にどんな受難が待ち受けていようとも、自らどんな未来を選択するかについての自由を選んだ。だからこそ、この失意と失敗と過ちと傷心だらけのアルバムには、後悔のフィーリングだけは存在しない(※4)。それゆえ、この「知りすぎてしまった少年」と名付けられた作品は、我々に語りかける。すべての責任は自分自身にあるのだ、だからこそ、今もまた未来を決めるのは、誰あろう自分自身なのだ、と。

●1stアルバムに勝るとも劣らない素晴らしい作品に仕上がりましたね。
「ありがとう。うん、いつだって怖い体験なんだよ。毎回、誰かに『君の音楽、聴いたよ』って言われて、意見を言われる時って、体中を恐怖心が駆け回っちゃうから」
●じゃあ、1stアルバムをリリースしてから、この2ndアルバムを作るまで、本当にいろんなことがあったと思うんだけど、ここに至るまで、もっとも困難だったことと言うと、どんなことになりますか?
「何よりも僕にとって一番つらかったのは、僕の1stアルバムっていうのは、僕が成長する過程で、自分を慰めるために作ったすごくパーソナルな曲ばかりだったのに、結果的に僕をジャッジして、非難したり、貶めるために使われたことかな。だから、『1stアルバムの曲がもう僕のものじゃない』って事実かな。もう僕から奪われちゃったんだよ。うん、だから、すごく変な感じだった。何よりも僕が折り合いをつけるのに大変だったのは、『作品によってその人自身を批判する』ってコンセプトなんだよ。セールスに関しては、僕は最初っから偶然立ち寄ったパーティのゲストみたいな気分だったから、プレッシャーはなかった。でも、作品によって批判されるっていうコンセプトは、すっごく非生産的だと思うんだ。だから、僕が何をしたかっていうと、周りをシャット・オフしたわけ(笑)。そもそも僕は音楽雑誌を読まないし、音楽番組も観ないし、所謂セレブリティ番組も観ない。そういうのって、クリエイティヴな精神状態じゃなくて、競争心を煽るだけだと思うんだよね。そう、自分で誇りに思えるようなものを作ろうとしてるときに、競争心って健康的じゃないんだよ。
●では、本作リリース以前に、絵本と一緒になった限定版EP『ソングス・フォー・ソロウ』を作ったのは、あなたにとって、どんな意味があったんでしょう?

「そもそもは、僕、1stアルバムを完成させたすぐ後くらいから、ソロウ、悲しみをコンセプトにした曲を集めたものを作りたいと思ってたんだよ。そういうものを作りたいと思った原因の一つとして、『君は悲しい曲を書いてるって言うけど、どの曲もすごくハッピーに聞こえるじゃないか?』って大勢の人に言われたことがあると思う。でも、それこそ、苦々しいこと、悲しいこと、人生のすごくつらかった時期について語ってるんだけど、『でも、大丈夫だよ』って思わせるような曲になってるってことは、僕の曲の秘密だったわけだからね(※5)。そのことによって、悲しみのフィーリングが輪を掛けて力強くなって、メッセージがパワフルになるんだ」
●ええ。
「でも、悲しみをコンセプトにした曲を集めた作品を出すってアイデアは、次から次へいろんな予定が入ったから、なかなか手が着けられなかった。で、2ndアルバムを書く段になって、僕は『いや、今アルバムを書いちゃだめだ、そんなの不健康だ』ってことに気付いたんだよ。そんなことしたら、即座に自分自身と競争することになっちゃうだろ? だから、あのEPに関しては、僕、最初から世界で数千枚の限定盤にするって決めてたんだ。僕がこれまでやったこと全部から差異化を図ること、すごく特別な方法で出すことがすごく大切だった。だから、本として出版して、僕の好きなイラストレーターやデザイナー、アーティストとコラボレートして、歌詞を絵にしてもらったんだよ。実際、あれを作っておいて、すごくよかったと思う。音楽雑誌を読まないことやTV番組を観ないことと同じで、競争心みたいなものから離れて、純粋にいいものを作ろうっていう精神状態には入れたからね(※6)。その世界に没頭することが、僕を救ってくれたんだよ。シングルだとか、アルバムだとかを作ろうとしてた時より、どんどんアイデアが出てきた。で、僕はゴシックなおとぎ話みたいな曲を次々に書きだした。そうすることで、僕は、ナーサリー・ライム(童謡)の美しさを理解し始めたんだよ。ほら、実際、1stアルバムには、子ども時代、若い頃へのレファレンスがたくさんあったよね? でも、僕は、そもそも僕の思考そのものがそういうものなんだってことに気付かされたんだ。子どものパースペクティヴっていうか、ナイーヴさ、無邪気さと戯れることそのものが、僕の一つのシグネチャーっていうのかな? 実際、僕自身が好きなアート作品やイラストレーターって、みんなナイーヴさと戯れるような部分があるんだよね。ヘンリー・ダーガーって知ってる? アウトサイダー・アートの」

●ええ、知ってます。
「天才だよね! トイレ掃除を仕事にしてた人が、素晴らしく美しいアート作品を膨大に残したんだ。精神的にはすごく不安定だったけど……。彼はトイレット・ペーパーに絵を描いてた。で、今じゃ、そのトイレットペーパー1枚に50万ドルの値段がついてたりする。高いのは500万ドルくらいするんだよ? でも、彼は常に無邪気さをテーマにしてた。そう、ヘンリー・ダーガーみたいなアウトサイダー・アーティストにしても、シャガールにしても、リチャード・スケアリーにしても、僕の好きなアーティストは……うん、キース・タイソンも大好きなんだ! みんな、シンプリシティとか、子ども時代をテーマにしてるんだよ。グレイソン・ペリーもそう。みんな子ども時代を取り上げて、それをどこまでプッシュできるかを試してる。で、僕が理解し始めたのは……ね、答えが長すぎる? もしそうだったらストップしてね」
●大丈夫ですよ。で、あなたが理解し始めたのは?
「つまり、僕が書いてるのは、ある意味で、おとぎ話だってことなんだよ。自分でも初めて気付いたんだけど、ほら、おとぎ話の世界では、いつも危険が迫ってきて、世界には常に危険と脅威があるんだ。寝付くときにお母さんが歌ってくれる子守歌でも、赤ん坊が危ない目に遭って、結局、命を落としたりするよね? 例えば、“ロッカバイ・ベイビー(Rock-a-bye baby)”の歌詞では、赤ちゃんが木の上から落ちちゃう。メロディはシンプルで温かくて、安心させられるようなメロディなのに、歌詞は危険を感じさせるんだ。でも、結末には安心感があって、自分が今いるところに満足出来る。で、僕がそれを当てはめることで、僕は自分のクラフトを理解したんだよ」
●じゃあ、そこからの発展として、あなたが今回の2ndアルバムのモチーフを、主に10代の時の経験に求めることになった理由は何だと思いますか?
「やっぱり、いろんな意味で、1stアルバムには危険を避けるようなところがあったことと、すごく関係してると思う。1stアルバムでも、僕はファンタジーの世界を描きはしたんだけど、危険には言及していない。(※7)だろ? それで僕は、そこから前に進むために、僕の思春期に向き合うことにしたんだ(※8)。だって、僕にとっての思春期って言うのは、常に危険に直面していて、それを受け入れた時期だったからね。僕がティーンエイジャーだった時って、僕の人生において、すごくダークなフェイズで、本当にいろんなひどいことが起きたんだよ。でも、そうしたすべての体験が今の僕を作ったようなところもある。あの思春期がなかったら、僕は今やってるようなことを絶対にやってないと思う。うん、僕、ケイト・ブッシュのインタヴューを読んでたんだよ」

※Kate Bushは「恋のから騒ぎ」のOPテーマが一番有名だと思いますが、もっとイカれてるカッコイイ曲がたくさんあるので、ぜひ掘ってみてください。

「彼女が言ってたのは、曲を書くときに彼女は必ず思春期の時の気持ちに立ち戻るんだって。その時期の自分が一番敏感だったからだって。それって意味が通じるんだよね。だって、ティーンエイジャーの頃って、周りで起こること全部に敏感に反応してるよね? 強く何かを感じて、強いリアクションを持つ。全部初めて自分に起きたことだから。だから、曲を書く時の精神状態としては、すごくいいんだ。あともう一つ、2ndアルバムっていうのが、音楽的にもキャリア的にも思春期に当たるっていうのもあるんじゃないかな。2ndアルバムっていう思春期を経て初めて、あるべきアーティストになっていくっていう」

●あなた自身の10代というと、家族と一緒にロンドンに移ってきて以降ですよね? 当時、あなたが一番最初に受けたカルチャー・ショックというと?
「まあ、僕らは何もかも失ったんだよ。アパートメントを失い、壁にかかっていたいろんな絵を失い、お金も全部失った。全部一から始めなきゃいけなかったんだ。それまでは何でも持ってたのに――うちにはハウスキーパーがいたし、私立学校に通ってたのに、それが全部なくなって。そうやって何もかも奪われると、本当に心から怖くなるんだ。子どもの時って、全部同じように続いていくと思ってるよね? でも僕は当時の経験から、『なんでも当然だと思っちゃいけない』ってことを学んだ。UKに移って、全部一からやり直したときにね。父は失職して、フランスで税金が払えなくなって、離れなきゃいけなくなって。その時に僕は全部置いてUKに移って、学校に通い始めたんだけど、その時に生まれて初めていじめに遭ったんだ。ロンドンの学校で。でも、僕、学校でいじめられただけじゃなくて、生まれて初めて、『自分は他とは違うんだ』って感じさせられたんだよ。例えば、僕が着てる服は普通じゃないんだって感じさせられた。タンガリーシャツにボウタイ、明るいピンクの半ズボンを履いたりしてて。僕、小さい頃から母にシャツを作ってもらってたんだ。ズボンの生地とお揃いでね。『街のポルカ・ドットみたいになりたい』って言ってたんだけど(笑)。でも、そういうのが全部、自分は変なんだって感じる理由になった。その後で先生とひどい体験をして。そいつ、精神的な虐待をするんだよ。僕だけじゃなくて、生徒の何人かにひどくあたるんだ。で、ある日、姉がそれに気付いて、すぐに学校から走って帰って、親にそれを告げたんだ。で、父がやって来て、文字通り、僕を奪い返したんだよ(笑)。それで先生と対決したんだけど、残念なことに、僕は退学になっちゃった(笑)。そして、その間ずっと、僕は自分の世界に引きこもってたんだ。でもすごく変なのは、その時に難読症になって。フランスではまったく、難読症の兆しもなかったのに(※9)」
●ああ、そうなんですね。
「うん、成績もよかったし、ピアノを習い始めてて、楽譜もすらすら読めるようになってたんだ。なのに今度は突然、8歳とか9歳になった頃、読み書きのやり方を忘れちゃったんだよ! 以来、僕はどんなに頑張っても、楽譜が読めなくなった。でも皮肉なのは、楽器が読めなくなったのと同時に、僕、プロのミュージシャンの道に進み始めたんだよね。退学になった時に、母が決めたのは、通学してないことを続ける代わりに、9ヶ月か10ヶ月くらい、家で勉強をさせるってことだったんだ。ロシア人の歌の先生をつけてくれたんだけど、僕はシンガーになれるって彼女が気付いてくれたんだよ。まるで自分の子どもみたいに僕のことに夢中になってくれたんだ。それで1日に3、4時間歌の練習をさせられて、クラシックの声楽のタフな訓練を受け始めたんだけど、それが10歳の時。で、12歳になる頃にはオペラハウスで歌うようになってた。学校には戻ったけど、その頃には音楽の世界が、僕が望んでいたリアリティをリプリゼントするようになってたんだ。それからは学校でどんなひどい扱いを受けても、惨めな思いをさせられても、それはもう脇道に過ぎなかった。音楽の世界じゃ、自分には価値があるって感じられたからね」
●あなたは音楽以外にも、アートやコミックにも、慰めを見出してたんですよね? それはやはり、あなたの支えになっていたとともに、ある種のエスケープでもあったんでしょうか?
「うん。僕、アニメにも中毒になったし、コミックにも中毒になった。『タンタン』から『スマーフ』、SFからディズニー、『Xメン』まで、それこそ手当たり次第に熱中したんだよ。でも、僕が本当に惹かれたのは、そこにそれぞれの世界が創造されてるからだったんだ。そう、そこは、何でも可能な世界、ファンタジーの世界だったんだよ。僕が一番好きだったキャラクターの一つが鉄腕アトムだったんだけど、彼ってパーフェクトだよね? アニメやマンガのキャラクターとしては、もっともパーフェクトに創造されたキャラクターの一つだと思う。あと、白雪姫もパーフェクトだな(笑)。とにかく、いろんな人達が、そんな魔法みたいな別世界を作り出してて、その中に隠れられるんだよ! でも、僕が何に中毒になったかっていうと、そういう世界を創造するプロセスそのものに夢中になったんだよね。で、コミックのクリエイターにも興味を持つようになった。僕にとって彼らは、オズの魔法使いみたいな存在だったから」
●なるほど。では、かつての“グレース・ケリー”において、「ありのままの自分でいること」を否定されたことがテーマになっていたのと同じく、本作においても“ウィー・アー・ゴールデン”や“レイン”のような曲には、同じテーマが出てきます。
「その通り」
●こうしたテーマは、10代をテーマにした本作においては、やはり重要だったんでしょうか?
「そう、10代の頃って、みんなが自分に『これをしろ』とか、『あれはしちゃいけない』って言うから。特にティーンエイジャーって、お互いに『こうして当然だ』ってことをチェックし合うよね? それが一番危険だと思うんだ。ていうのも、子どもの頃の僕はすごく勇敢だったんだよ。でも、ティーンエイジャーになると、人前での僕は、すっかりその勇敢さを失ってしまった。いろんなことから逃げまくってたんだ。それで現実の世界では言葉にする自信がなかったから、全部を曲の中に注ぎ込んでたんだ(※10)。でも、だからこそ、僕の曲は歓喜に満ちてたし、力強いサウンドになったんだと思う。音楽っていうのは、僕が強くなれる唯一の場所だったからね。うん、だからこそ、“ウィー・アー・ゴールデン”は、出来る限りアンセムにしたかったんだ。アンセムって、人にパワーを与えるから。うん、僕はそこをとらえたかった」
●“ウィー・アー・ゴールデン”の「We are not what you think we are,we are golden(僕らはあんた達が思うような僕らじゃない、僕らは黄金なんだ)」というラインは、とても力強いメッセージですね。これは、どんな人達に向けたメッセージなんでしょう?
「うん、誰であれ、自分は周りから取り残されてる、無視されてるって感じてる人達に向けられたものかな。だから、自分が端っこに押しやられてると感じるすべての人達だね。それと、同時に多分、僕に言ってる言葉でもあるんだろうな。僕はいつも自分のために曲を書いてるから(※11)。だからこそ、最初は2ndアルバムを書くのがすごく難しかったんだ。自分の曲が自分に属してないように感じてたし、自分のために書いてるって思えなかったから。でも、うん、僕は自分のためにこの曲を書いたから、自分に向かって言ってるんだと思うよ。『これでいいんだ』ってね。『僕が作るように、ポップ・ミュージックを作ってもいいんだ』ってね。だって、僕はそれが心の底から好きなんだから(笑)」
●あなたの音楽は、これまでも負け犬、フリーク、アウトキャスト、外れ者といった、エキセントリックであるがゆえに惨めな思いをしている人達に対する祝福で溢れていました。本作においても、そこは重要でしたか?
「うん、100%そうだね。“ウィー・アー・ゴールデン”のシングル盤のカヴァーを見てもらえばわかると思うんだけど、ティーンエイジャー達の後ろにある雲の中からフリークスやモンスターが飛び出してるんだ」

「僕は1stアルバムでフリークをセレブレートしたけど、今回は彼らをビューティフルなフリークに変身させたってことなんだよ。もう子ども時代のフリークじゃないから、ある意味、成長して、思春期を迎えて、最初のセックスを経験したり、自分自身を見つけ始めてる(※12)。それぞれにビューティフルなものになりつつあるんだよ。だから、それが一番大きな変化かな。僕のフリークスが成長しつつあるんだ。それも、このアルバムのテーマの一つなんだ。僕は、自分がクリエイトしてきたすべてを置き去りにしたくなかった。それを先に進めて、一緒に持っていきたかったんだ。まるで自分の頭の中にファミリーがいるみたいに感じたし、それをリスペクトしたかったんだよ」
●では、あなたにとって、「自分自身になること」とは、何を受け入れ、何を捨て去り、何を学ぶことでしたか?
「僕が学んだこと?」
●例えば、そもそもミーカという名前自体、ご両親から与えられた名前ではなくて、あなた自身の意志において、あなた自身があなた自身になるために、あなたがあなたに名付けた名前だったりする?
「イエスでも、ノーでもあるな。元々の名前はマイケルだったんだ。ベイルートで生まれた時はね。でもパリでは、マイケルはミカエルになった。で、僕の父もマイケルって名前だったから、母がミカエルから取って、僕をミーカって呼ぶことにしたんだ。だから、子どもの頃から僕はミーカだったんだよ」
●でも、MIKAっていうスペルにしたのは、あなた自身だったんですよね?
「そう、スペリングを変えたんだ。MICAのままだと、いつも“マイカ”って呼ばれてうんざりしたから(笑)」
●その行為自体が自分に与えられたものを、もう一度、自分自身で作り直す行為だった部分はありませんか?(※13)
「ああ、それはその通りだね! うん、確かに。だって、僕はティーンエイジャーの時に名前のスペルを決めたんだけど、それは『僕はシンガーになる、名前のスペリングも変えて、クリアにしたいんだ』ってことだったわけだからね。それに、自分の外見も本当に変えたいように変えたんだよ。でも、家族からはかなり拒否反応があって(笑)。みんな、「ええっ、何やってるの?」って感じだった。でも、とにかくやりたいようにやっちゃったんだ。覚えてるのは、僕、すっごく変な写真を撮ったことがあったんだよね。10代の頃だったんだけど、僕がバスタブに座ってるところを友達が撮って(笑)。すごくいい写真だったから、もしかするといつか、どっかから出てくるんじゃないかな? ともかく、その友達が撮ってくれた写真が、すごくアンドロジナスな感じでさ。ゲイでも、ストレートでもなくって、まるでその中間、すごく中性的に写ってたんだ。でも、家族がその写真を見たときにもう大騒動になっちゃって(笑)」
●(笑)。
「で、その上、僕が名前のスペルを変えたのに気付いて、さらに騒ぎになってね。でも、そういうのって全部、みんながみんな、僕にいろんなレッテルを貼ってきたことに対する反抗だったんだよ。オカマって呼ばれたし、オタクって呼ばれたし。人っていつも、『こんな風な格好をするべきだ』とか、『こう言うべきだ』とか、『セックスするなら、こういう相手でなきゃ』ってことを指図してくる(※14)。ありとあらゆる方法で、お互いにレッテルを貼ろうとするんだ。僕は、ありとあらゆるレッテルを貼られてきた(笑)。勿論、僕なんかよりひどい体験をした人だって大勢いるだろうけど。でも、それに対して、僕は『いや、僕はもう僕自身のやり方で存在する』って決めたんだ。人を混乱させる部分も含めてね。それに、もうちょっと楽しみ始めたんだよ。で、僕は楽しみだすと同時に、いろんな失敗もするようになった。かなりダークな場所にも足を踏み入れたからね。寝るべきじゃない相手とも寝ちゃったし、いろんなことをやった。でも、少なくとも、自分自身で失敗したんだよ。その『自分でやった』ってところが僕はすごく気に入ったんだ。うん、僕は自分が犯してきた過ちのすべてを誇りにしてる」
●じゃあ、ベイルート出身のレバノン人という出自も、あなたがさっき言ってたレッテルの一つだったんでしょうか?
「うん、まあ、それも、僕が人とは違うって感じた理由の一つだったと思う。僕はれっきとしたイギリス人でもなければ、フランス人でもなかったし、ほんと何も言えなかったんだよ。だけど、僕は見かけがアラブ人ってわけでもないから。だから、そこに関しては、そんなに大きなことじゃなかったんじゃないかな」
●じゃあ、他の曲についても聞かせて下さい。“ブレイム・イット・オン・ザ・ガールズ”冒頭のスキットは、映画か何かからのサンプリングなんですか?
「僕はアルバムを作るときに、いつも、自分が何か映画のサウンドトラックを書いているのを想像してるんだよね。で、実際の映画から取ってきたみたいに聞こえるサンプリングを作るくせがあるんだけど、実際は、僕がピアノのベンチに座ってしゃべってるんだ。ベンチを前後に揺らして、キーキー音を立てて、僕がしゃべってるんだよ。設定としては、バーに座っていると、隣に男が来て、『俺の人生は最低だ』って言うんだよね。で、見るとそいつはゴールドのクレジット・カードを持ってるし、見た目もカッコいいっていうね。僕、同じことを“グレース・ケリー”でもやったんだよ! “グレース・ケリー”では女性役をやったんだ。高い声で、『この前、ミスター・スミスと話したとき、あなた私を泣かせたでしょ? もう絶対にそんなこと起きさせないわ』って言ったんだよね」
●ああ、あれもあなただったんだ(笑)。
「うん、で、さらにコンピュータで声のピッチを上げたから、誰も僕だって気付かなくて(笑)」
●なるほどね。でも、この曲は、自分の人生がうまく運ばないことを誰かのせいにしてしまう人々について歌っているわけですが、こういったテーマの曲を書こうと思った理由は?
「若い頃、僕、ビル・ゲイツのインタヴューを読んだんだよね。で、彼が『自分は子どもには遺産を残さない』って言ってて。『親のせいにして恨むのは、負け犬だけだ』ってね。で、その『親のせいにするのは負け犬だけだ』ってラインが、なぜか僕の頭にずっとこびりついてて。だって、めちゃくちゃ間違ってない? だってさ、彼は自分は世界一の大金持ちだから、そういうことを言っても許されると思ってるんだ。そんなのナンセンスだよ! 僕には、両親との関係のせいで、ほとんど自己崩壊に陥りそうになった友達がいたからさ(※15)。ただ、僕が思ったことっていうのは……自分の周りの人達のせいにして、自分に起きたこと全部のせいにするのって、すごくティーンエイジ的なセンチメントだと思ったんだ(※16)」
●じゃあ、あなた自身、10代には、自分の人生がうまく運ばないことを誰かのせいにしてしまうようなこともあったんでしょうか?
「うん、あった。でも、あの曲っていうのは、『他の全員のせいにしてるけど、結局のとこっろ、自分のせいだってわかってる』ってことだからね。それが事実なんだ」
●では、“グッド・ゴーン・ガール”に出てくる女の子のキャラクターの物語について教えて下さい。1stでもあなたは、自分の経験を太った女性や戦争で片目を失った女性といった物語に仮託することで、曲に普遍性を与えてきましたが、この“グッド・ゴーン・ガール”にも、何かしらあなたの経験は反映されているんでしょうか? それとも、誰かモデルがいたんでしょうか?
「これは僕の知ってる子で、アーティストになった女の子についてなんだ。今はすごく有名なんだよ。でも、そうなろうとする中で、全部を捨ててきちゃったようなところがあって。若い頃に彼女が持っていた魅力をどんどん失っちゃったんだよね。で、僕は、彼女が消されたみたいに思ったんだ。有名になったら、その前の魅力が全部なくなっちゃうんだから。逆に言うと、名声と引き換えに彼女は有名になったんだよ。だから僕は『グッド・ゴーン・ガール(いいところがなくなってしまった女の子)はどこ?』って歌ってるんだ。それがあの曲のコンセプトなんだよ。そう、僕らは成長するにつれ、いいものを失っちゃうんだよね。だから、『17歳で踊ってた頃に求めてた人生を取り戻そう、あの小さな女の子を』って歌ってるんだよ。
●じゃあ、“トーイ・ボーイ”はどうですか? あの曲は今まであなたが経験してきたすべてに対する、何かしらの復讐の気持を歌ったものなんでしょうか?
「(笑)君、僕のことを全部訊きたいの?」
●(笑)だって、ここで歌われてるオモチャの人形って、なんだか、すごく受動的な存在でしょう?
「うん、僕にはこれまで自分がものすごく受動的だって感じた瞬間があるし、その頃、自分に起きてたことにものすごい怒りを持ってたこともある。と同時に、僕にはガッツがなくて、それに対して何もしてなかった。で、操り人形みたいな気持になってたんだ。その時のことが、多分、人形の中に捕らわれてるようなフィーリングに表れてるんだろうな。それって、想像しうる限り、もっともつらいことじゃない? だから、僕にとって人形って、すごく悲しいものなんだ。人形は自分を表現出来ないから。僕、子どもの頃、ずっと人形が怖かったんだよ。無表情な顔の向こうで、言いたいのに、言えないことがあるような気がしてね(笑)。でも、そのテーマってよくあるよね? 人形が命を持つっていうモチーフは、繰り返し登場してくる。で、命を持つと大抵、人形が怒ってるんだ。(『チャイルド・プレイ』の)チャッキーだとか、いろいろいるだろ? でも僕は、すごくゴシックなお伽話風にそのモチーフを使いたかったんだ」

●そう、あなたの音楽にはお伽噺的な、ファンタジー的なエレメントがあるのに、同時に、以前あなたは、「エスケーピズムという概念自体が好きじゃない」と語ってくれましたよね? その理由は、あなたの音楽を、単に現実逃避だと言ったりする連中がいるから?
「うん、実際、そういう風に言う人は大勢いるんじゃないかな。でも、彼らは完全にポイントを見逃してると思う。だって、僕の音楽は僕の現実を操作して、なんとか耐えられるものにしようとしてる試みだったりするからね。“トーイ・ボーイ”だってそうだろ? あれはレッテルを貼ることで、普段、素通りされちゃうような問題について話そうとしてる。しかも、別のコンテキストに移して、ストーリーテリングの繊細さを持たせることによって、感情的なポテンシャル、感情的なインパクトが倍増してるんだ(※17)。その方がライフ、生きることをより高度にリプレゼントすると僕は思う。勿論、ジャーナリスティックじゃないし、タブロイド紙のネタにはならない。でも、その方が人生に近いと思うんだ。うん、僕は“エスケーピズム”って本当に汚い言葉だと思ってて。実際、僕、先週はドイツにいたんだけど、こう訊かれたんだ。『あなたの音楽は、マイケル・ジャクソンのネヴァーランドみたいなものだと思いますか?(※18) あなたもあなた自身の世界を作り上げてるんですか?』って。ジャーナリストが仕掛けそうな罠だよね。僕がその罠にかかるのを待ってるわけ。で、僕はこう答えた。『いや、だって、あれはエスケーピズムだから』って。すごくよく出来た、ファイバーグラスの絵みたいなものなんだよ。暗闇のないお伽話、暴力のないナーサリー・ライムと言ってもいい。失望や恐怖、傷つくことと背中合わせになっていない喜びや楽しさ。次の瞬間には、失敗してどん底に落ちるかもしれない、みたいな怖さのない成功みたいなものかもしれない。そんなのどれも、何の意味もないんだよ。(※19)でも、むしろ僕の曲の歌詞はかなり苦々しいものが多いんだ。歌詞は現実をリプレゼントしてるから。でも、音楽は、希望をリプレゼントしてる。だから、音楽はハッピーに聞こえるけど、歌詞はそんなにハッピーじゃないんだよ(※20)」
●マイケル・ジャクソンについては訊こうと思ってたんです。例えば、彼やビーチ・ボーイズ、クイーン、プリンス、モリシー、エルトン・ジョンのような人達は、「現実より素晴らしい別世界」をカラフルな音楽にしてきました。と同時に、その世界には必ず現実へのレファレンスがあって、だからこそパワフルなものになっている。(※21)
「だね」

●では、あなたなら、そのリストに誰を加えますか?
「ハリー・ニルソンは絶対に入るだろうな。ハリー・ニルソンは、ビートルズのもっとも大きなインスピレーションの一人だったんだよ。実際、彼らもそれを認めて、好きなソングライターに挙げてる。だって、ビートルズはハリー・ニルソンの曲を研究して、自分達のレコードで使ったりもしてるんだから(笑)。彼は、悲しいストーリーをパーフェクトに語る方法を知ってた。特に初期の作品、『パンディモニアム・シャドウ・ショウ』なんか素晴らしいよね! 商業的には当時、大失敗だったんだけど。あとは……多分、『三文オペラ』を書いたクルト・ワイルもそうかな。彼は苦いストーリーテリングの名匠だと思う。つらい話を素晴らしく、パワフルに語れるんだ。実際、『三文オペラ』だって、惨めさの研究だよね? 彼とブレヒトは、惨めさや虐待、人を利用し、搾取することを徹底的に分析するために、あれを書いたんだ。もしかすると、ケイト・ブッシュもそこに加えられるんじゃないかな? デヴィッド・ボウイも絶対に入るね。あとは、誰だろう。 もうちょっと最近の人を考えてるんだけど……思いつかないな」

●では、改めて、あなたにとってこうあるべきポップ・ミュージックを教えて下さい。例えば、UKでは去年辺りから、インディ・シーンが死滅したのに入れ替わるように、リトル・ブーツやラ・ルー、フローレンス&ザ・マシーンのような、DIYなアティテュードを持ったフィメール・ポップ・シンガーが登場してきました。彼女達のことは、どんな風に評価していますか?
「うん、ああいうのがファッショナブルになったよね。実際、グレイトだと思うし、僕は好きだよ。と言っても、可能な限り、彼女達のヴィジョンが表現されてないと思う。多分、音楽業界のせいなんじゃないかな。レコード会社が、『それっ! 出来るだけああいうのをかき集めて、今出すんだ!』って言って、出来るだけ早いタイミングで、ポップ・ミュージックを作ってる女の子のアルバムを出そうとしてるんだ。だから、ちょっと未成熟なままリリースされるのは避けられない。勿論、それでもかなりいいんだけどね。ただ、『もしもう2年かけてたら』と思わずにはいられない(※22)。必要なだけ時間をかけて、商業的なプレッシャーなく作られていたら……。周りに、『君は絶対に売れるよ!!』なんて言う奴もいなくてね。だってさ、今って僕らみんな、そのコンセプトに中毒になってない? 誰かが何かやる前から、『次にビッグになるのは誰だ?』って話してるんだから。そういうのって、僕、もううんざりしちゃうんだよ」
●ただ、逆に言えば、あなた自身が、彼らに扉を開いた部分もあるんじゃないですか?
「うーん……まあ、そうだね。そうかもしれない。確かに僕の前は、信用出来るポップって言うのがほとんどなかったから。ベル&セバスチャンがメインストリームに入っていったくらいで。でも、僕のポップは完全にホームメイドだった。すべての意味においてね。僕のポップ・ミュージックはオーガニックだったんだ。だって、アートワークでさえホームメイドで、全部がその方法で作られてたんだよ! でも今じゃ、僕のCDがイギリス北部のガソリン・スタンドで売られたりしてるからね……。それを見て、『ああ、ホームメイドの真っ当なポップ・ミュージックだな』なんて思う人はいないだろうけど……。もうただのポップ・ミュージックになっちゃって、誰が作ったかなんて誰も気にしなくなってるんだ……。好きか、嫌いかってだけで」

●でも、あなたの登場は、「ポップというのは、でっち上げられた商業的なものだ」という画一的な考え方に、揺さぶりをかけることが出来たんじゃないですか?
「そうなのか……。うん、でも、実際、僕の音楽が全体のトーンを決めたようなところはあるかもしれない。そう、業界内では、僕は失敗するとみんな思ってたんだ。ユニバーサルが僕と契約したとき、業界のサイトはどれも一斉に、『ミーカはこの10年間で最大の白い象(※結局は持て余してしまう無用の長物)だ』って書き立てたんだよ。『ユニバーサルは、絶対に投資を回収出来ない』って。でも、あのレコードが売れた時に……多分、一般にとってよりも、業界にとって驚きだったんだ。で、急に、『じゃあ、もっとそういうのを探そう』っていう動きが生まれて。でも、イラつくのは、僕自身は、自分のやってることが王道だとは思わないんだよね。それに、レコード会社がホームメイドなものを作ろうとするのは、いつだって危険だと思う。彼らがオーガニックで、信用出来るポップを作ろうとしても、大抵、結局はMORのゴミが出来ちゃうだけだから。そんなの、聴いてても、昏睡してても同じだしさ」
●(笑)では、あなた自身のポップ・ミュージックの定義を教えて下さい。
「ポップ・ミュージックっていうのは、大勢の人達に受け入れられるもので……いや、そんなの嘘だな! だって、ニッチのポップ・ミュージックだって、やっぱりポップ・ミュージックだもんね。ふむ、考えてみよう(笑)。そうだな……いや、どんなものでもいいんだよ。ポップ・ミュージックは絶対に、どんなものでもあり得る。ハッピーでなくたっていいんだ。だって、暴力的なのに、気分がスカッとするようなのってよくあるよね? うーん……なんか、自分が言おうとしてることが怖くなってきたな(笑)。次の質問に行ってもいい?」
●わかりました(笑)。ところで、クリブスのメンバーに、あなたが彼らの大ファンだって話を聞いたことがあるんだけど、それって、本当の話?
「で、彼らはそのことをなんて言ってたの?(笑)」
●びっくりしたって。
だって、僕、クリブスの大ファンなんだもん。彼らこそ、ポップ・ミュージックだと思う。彼らにもそう言ったんだ。この前のアルバムで、彼らはその年、最高のポップ・アルバムを1枚作ったって言ったんだよ。だってさ、すごく歌えるし、いい曲だし、グレイトな気分になれるし……僕、彼らに、『自分達が作ったレコードをものすごく誇りにするべきだよ』って言ったんだ。ブリリアントだからね! 僕、あれを車の中でかけて、ものすごい大声で歌ってたんだ。『♪アイム・ア・リアリスト、アイム・ア・ロマンティック、アイム・アン・インサイシヴ・ピース・オブ・シット!(僕は現実主義者で、ロマン主義者で、優柔不断なクソ野郎!)』ってね(笑)。すっごいと思わない? ほんとすごいよ!(笑)」

●(笑)じゃあ、最後に二問ほど。改めて、今、振り返って、あなたにとって、10代とはどんな季節でした?
「これまでのところ、僕の成長にとって、思春期は一番重要な部分だったと思う。自分の子ども時代のうち、どの部分を取り上げて大人になっていくかを決めた時期だったんだ。あと、『自分が何にも属していないこと』が初めて心地よくなった時でもあった。(※23)その選択肢がなかったからね。思うんだけど、僕の音楽はすごくそこを反映してる。うん、考えてみると、本物のポップ・ミュージックっていうのは、それ独自で存在出来る音楽なんじゃないかな。うん、そうだ。グレイトなポップ・ミュージックっていうのは、それが出てきたシーンも、サウンドも越えていくものなんだよ。カテゴリーも何もない。だからこそ、具体的に説明するのが難しいんだよね。ボウイを考えても、マイケル・ジャクソンを考えても、プリンスだって、オアシスだって、スパイス・ガールズだって……ポップになった音楽、そして、ポップであり続けてる音楽を考えると、それ自身のジャンルを作ってる。流行やシーンを超えてね。だからこそ、僕は10代の時に『絶対にシーンの一部にならない』って思うようになったのかもしれないし、自分自身のあり方でいていいんだって思うようになったんだと思う。それによって、僕はすごく救われたんだよ。うん、僕はあらゆる意味で、『レッテルなしで生きていく』ってその時に決めたんだ。死ぬときまで、ずっと音楽的にも、社会的にも、絶対に分類なんかされないって誓ったんだよ。金を持ってるか持ってないかで僕は決められたくないし、『性的にもレッテルなしにいくんだ』って。と同時に、そのすべてにおいて、自分に限界も設けないって決めた。『僕はなんだってやる』ってね。実際、そうしてきたし(笑)。いろんな意味で、僕はあらゆることをやってきたんだよ――性的にも、経済的にも。自分に限界は設けないし、と同時に、何かに属したりはしないって」
●わかりました。じゃあ、最後の質問です。「今現在、あなたの音楽がもっともリプレゼントしているものは何か?」と問われたら、何と答えますか?
「うん、僕の音楽がリプレゼントしているのは、ある種の自由だと思う。それと、ある種の勇敢さだね。でも、それは負け犬やフリークスとまったく同じ意味においての自由であり、勇敢さなんだよ」

※1 夏川さんは、自分の作品を出した後のフィードバックをどう感じているんでしょう。
具体的にどんな感想とかが届いているのかはわからないんですけど、
もちろん、ミーカは、明確に「自分自身を癒やすための曲を作った」と語っているけれど、夏川さんは「ファンのために曲を作った」というニュアンスの動機を語っていたので、出発点がそもそも違う。
また、夏川さんは多分、自分の負った傷を「癒やす」という発想をしていないようにも思う……。
夏川さんも、「自分のために」書いてもよかったんじゃないかなって気もする。
応えのない逡巡とはいえ、どこかしらのゴールを作ろうとしたところ、「ファンのために」という結論らしきものが提示されたのかなぁと……。

同時期に発表された、アメリカのエレクトロ・ポップバンドのパッションピットも似たようなことを言っていた。
「僕は自分で自分の特効薬を作ることに成功したんだ!」とか。
フロントマンはもともと厳格なクリスチャンの家庭で育ち、思春期に精神を病み、それが原因で当時のガールフレンドに振られてしまいます。
彼は心の病院に入り、治療し、元ガールフレンドに「僕はもう大丈夫になったよ」とアピールするために宅録で小さな楽曲集を制作し、送ります。
しかし彼女は戻ってこなかった。
それが出回り、曲の良さが話題となり、レコード会社に声をかけられてデビューの話が進みます。
そしてバンドを結成し、アルバムをリリースする頃に、前述の「元ガールフレンドに送った」という部分が曲解され、「大学生のミュージシャンが彼女にプレゼントするために作ったスウィートなEPが話題沸騰となる」という口当たりの良いエピソードとして喧伝される……という、当人にとってはまぁまぁな地獄のような状況が生まれたのでした。
しかし当のフロントマンは、インタビューでは、そんな苦難は既に過去に乗り越えた経験として明るく語ったりしていたのでした。

アークティック・モンキーズの1stのタイトルが、『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』……「人々が俺のことを何と言っていても、俺はそうじゃない」なのですが、彼らがデビューする前に、ネットで出回った音源が口コミで広まったという出自を持っており、デビュー前からいろんな噂にさらされていた状況に対しての直接的な言及なのだと思われます。
もちろんアークティック・モンキーズは今世紀最高のバンドの一つなので、今となっては「ネットで話題沸騰」云々の話題はどうでもいい話なのですが、とはいえ、00年代前半にデビューした人達って、「インターネットの言説」を無視することができない最初の世代打といえます。
自分に対する様々な意見にさらされるようになった状況が、こんな言葉を前面に出させるようになったんじゃないかなぁと思います。

※2 「誰かのせいにする」というスタンス、アルバムにはなくて、EPでは表出してきている態度だと思います。
ただ、EPの曲を聴くと、「誰かのせいにする」ことの負の面に自覚的であるとはあまり思えない……悪い意味で「誰かのせいにする」というスタンスになってしまっているように思います。

※3 夏川さんが歌う「過去」って、誇りにはなっていないんような気がしてしまいます……。
失敗を誇れているなら、それの経験が「自信」に繋がるわけだけど、アルバムでは「自信」を持てたという描写がないし、自信を持てるようになった根拠がわからないんですよね。
「聴いた君がどうか笑ってますように」という歌詞はあるけど、特に具体的な事象が語られてないので、正直あのアルバムを聴いた僕は「笑う」ことはなかったですね。
なんか、これは僕だけの感想のような気もしてきたけど……(笑)。

※4 アルバムは後悔ばかりでしたもんね……。ミーカも1stは地獄のような失恋の歌で締めくくっていたのに、2ndではこんなにポジテヴィティに溢れた作品を作ったわけなので、夏川さんの、二枚目のアルバムがどんな風になるのか、楽しみです。

※5 夏川さんの場合「笑ってますように」という言葉があったり、「大丈夫だよ」って思わせたいときには直接言葉にする感じ。
ミーカの「僕の曲の秘密」という言葉にも表われているような表現の具体性と抽象性の度合いのバランスは素晴らしいと思う。
夏川さんは、もうちょっと隠してもいいんじゃないか……? と思うぐらい具体的な言葉になっているので、そこはちょっと気になるところ……。

※6 まぁ、ミュージシャンであるミーカと、声優が本業の夏川さんを比べてもあまり意味がないかもしれないけど、夏川さんも音楽を生むためにたっぷり時間を充ててみると、またちょっと違った作風にも開けてくる気がします。

※7 1stが「カートゥーン」……マンガみたいな人生、というタイトルになっていることと似ている気がします。そして日本のアニメも「危険」はあんまり描きませんね……。ミーカが「カウボーイビバップ」をフェイバリットに挙げているのは、監督である渡辺信一郎さんが、「危険」をきっかり描く人だからなのでしょうね。

※8 夏川さんの曲が「具体的じゃない」ことを批判している僕ですが、彼女も、いくつかの創作を経てから、あらためて十代というテーゼと向き合うようになるのかもしれませんね。

※9 ミーカの難読症って、心因性のものなんですかね……辛すぎる経験だよなぁ。

※10 全部を注ぎ込む、っていう退路を断つような覚悟と決断は、まだ今のところ夏川さんには見られませんね。
そう、なんか「物足りないな」と思うのは、世界を見渡せば「全部を注ぎ込む」と「芸術としての面白さ」を両立させているものがたくさんあるから、そこと比べるとやっぱり夏川さんにももっとすごい表現を期待しちゃうんですよね……。

※11 作家は自分に向けた言葉を作品に込めてもいいんですよね。自分を応援する作品があってもいい。まぁ、それが行き過ぎて、「自分に快楽を与える」ようなキモいアニメ系コンテンツが氾濫しているように思います……。
いや、アニメだけじゃなくて、ドラマとか映画も、快楽的な恋愛とか、自分を抑圧する存在への復讐ばっかりになってきてる。

※12 女性声優さんが絶対に歌わない内容ですね……セックス……。
セックスとか恋愛って、アイデンティティの根幹部分にある事柄なのに、表現しない人が多いですね。

※13 「夏川椎菜」という名前が、本人の考案なのか、事務所から与えられたものなのかはわからないのですが、これも「生まれ直し」ですよね。
やや女性寄りの中性的な名前なのと、彼女が「僕」を歌の一人称にしていることは無縁ではないはず。

※14 『パレイド』を聴いていると、彼女もこれに近しい経験があるんじゃないかと思うんですが、やはり、具体的なところはわかりませんね。
彼女の場合、周りから強制されるというよりは、「空気を読んで」キャラを作っていたんじゃないかなと思うのですが、果たしてどうなんでしょう。

※15 ここ、ミーカは自分自身のことを話しているんじゃないかという気もする。

※16 僕は夏川さんのEPに感じる違和感が、ほぼ完璧に言葉にされている。
そう、あのEPの、特に『キタイダイ』を聴いていると、なんか子どもがだだをこねてるように聞こえるんですよね……。
僕が三十歳を過ぎた中年で頭が凝り固まっているから、そんな風に感じるだけなのかもしれませんけど。

※17 そう、まさに僕が夏川さんに感じることがそのまま書かれてる……。
基本的に彼女の曲は「モロ」になっていると思うので、もうちょっとストーリーテリングで表現してもいいように思います。
彼女が書いた小説はまだ読んでいないのですが、やろうと思えばストーリーテリングもできる人なのだと思うので、もうちょっと抽象度を高めたり、別のコンテクストで語ったりしてみてほしいところ。
もちろん、モロな曲もあってもいいのだけど、ストーリーテリングで描く曲も増やして、その中にモロな曲もたまに潜ませるようなのが良いのではないかなと……。

※18 一応説明しておくと、マイケル・ジャクソンは、自宅に遊園地を作り、そこを「ネバーランド」と名付けました。

※19 いいことを言いますね……。
そう、夏川さんの楽曲って現状、自分自身の心境の吐露が続いているので、夏川さんを知らなかったり、夏川さんと近しい経験をしている人にしか刺さらない気がするんです。
悲しさや苦しみといった感情にスポットが当たっているから。
「危険」や「恐怖」、「不安」を感じさせるような、失敗や躓きなど、「落ちる原因」がわからないんですよね……。

※20 これはミーカ自身が優秀な音楽家だからこそできるマジックですよねぇ……。
今のところ夏川さんの曲はすべてクオリティが高いけれど、彼女自身が今のところミュージシャンとしての素養があまりないので、こういうギャップを生み出せるような構造を持った曲を作れる状態ではない。気がする。

※21 これも、ミュージシャンとしての才能がかかわってくる部分ですね……。
マイケル・ジャクソンのように自信はまったく楽器を演奏しないにもかかわらず、天才的なヴィジョンを提示する人もいますが、果たして夏川さんは今後どうなってくるのでしょう……。

※22 ここはミーカが、デビュー前に苦節の時期を経験しているために出てきた発言だと思います……。
早咲きでデビューした人達を見る目が厳しいような……。
ただ、雌伏があったからこそ、驚異的な完成度を誇るデビュー作が出せたのだとも思います。

※23 夏川さんの場合、歌の要旨としては、「君」がいるから前向きになれているのかもしれないけど、自分で自分自身をリプレゼントできていない気がします。
まだ「君」に依存している。
ミーカみたいに、いろんなステロタイプ的に貼り付けられたラベルを剥ぎ取って「俺は俺だ」と言えるような自信が、まだ夏川さんにはないということなのかな……僕の錯覚でしかないのかもしれないけど。
女性声優みたいに、「人気商売」を本業にしていると大変そうではあるけど……。

以上がミーカのインタビューの文字起こしです!

ここから、夏川椎菜さんの作品の具体的な考察に移ります!

 - ミーカ(MIKA), 夏川椎菜とTrysail, 音楽

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