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*

作家の信念を物語にするということ Tin Toy編

      2020/03/08

先日、ジュラシックワールド 炎の王国を観てきたんです。
前作がビミョーだったので、あまり期待しないで観に行ったのですが、面白かったんですよ。
監督を務めたバヨナさんの過去作品も全部見てしまうくらい、気に入りました!

と同時に、作品を見ていて、隠されたメッセージがあるのではないかと思いました。
作家は作品の裏にメッセージを込めることがあります。
これは映画に限らず、小説や絵画などでもあることですね。
たとえとして、政府によって表現規制をされてしまうため、弾圧を逃れるためにメッセージを隠す必要があったりとか。
また、ところどころに隠すということにとどまらず、技巧を凝らして『二つの物語を同時に物語る』ことすらあります。
炎の王国は、「表向きのエンターテイメント映画としてのストーリー」と「作家が自分たちについて語る裏のメッセージ」と同時に物語ることに成功している作品なのではないかと思うのです。
登場人物と、恐竜たちに、「自分たち」を重ね合わせているのではないかと。

そこでその点について考察したいと思います。
ですが、ただ炎の王国一作について書いても
「二つの物語を同時に物語る」
という技法について理解を得にくいと思うのです。

というわけで、まずは映画作家が「自分たち」を投影した作品の好例である、ピクサーについて書こうと思います。
というか、ピクサーの近作であるインサイド・ヘッドとリメンバー・ミーを観ていると、危険なメッセージが込められているんです。
そのことについていろいろと思っていたところへ、炎の王国という「読み解きたくなる」作品を見てしまったので、この機会に一気に書いてしまうことにしました。
ピクサー作品のネタバレをガンガン行うのでご注意ください。

・モンスターズ・インク
映画評論家の町山智浩さんがピクサーにインタビューをしたところ、
「モンスターズインクは自分たちのことを描いている」
と答えたそうです。(誰の発言なのかは忘れた……)
あの映画の主人公たちは『子どもたちを驚かせようと四苦八苦する大人』ですね。
つまり、子どもを対象にした作品を作ることが生業の自分たちを、子どもを怖がらせるために知恵を絞るモンスターたちに投影しています。
自分たちが子どもたちに対して抱いている想いを、モンスターたちに代弁させているんですね。
「怖がらせるのではなく、楽しませるほうが大きなエネルギーを生む」という落ちもいいんですよね…。(なんで長い歴史があってこれまでそこに気付かないの?という突っ込みはありますが…)

モンスターズインク一作をとっても、ピクサーの姿勢というのは非常にわかりやすく表れていますね。
というかモンスターズインクって、メッセージという点ではトイストーリーとそんなに変わらなかったりするんですよね。

・Tin Toy
もう一本、僕の中で特に思い入れの強いピクサー作品について書きます。
ピクサーの長編第一作目はトイストーリーですが、それ以前にも短編作品をいくつか制作しています。
そんなピクサーにとって三作目にあたる短編が、ティントイです。
何を隠そう、私はこのティントイが一番好きな作品です。
この作品には、ピクサーのスピリットがぎゅうぎゅうに詰まっているのです。

動画が消えていたら、Tin Toyでググってみてください!
台詞のない作品なので、まずは作品について説明します。

・Tin Toyのストーリー
あるお家のあるお部屋に、一つのおもちゃが置かれています。
傍らにはかわいらしい箱があり、つい今しがた外の世界に出てきたばかりであろうことを伺わせます。
初めは笑顔の表情で固まっていたおもちゃが、なんと眼を動かし始めます。
ティントイくんはおもちゃだけれど、意思を持って動くことができるのです。
まんまトイストーリーですね。
おもちゃのティントイくんは、好奇心にあふれていて、未来への希望で表情が輝いています。

そこへ、赤ちゃんがハイハイで部屋に入ってきます。
ティントイくんは彼を見て、とても嬉しそうな表情をします。
「遊んでもらえる」なのか「初仕事だ」と思っているのかは定かではないのですが。
しかし赤ちゃんは、床に転がっていたおもちゃで乱暴に遊びます。
口に入れてヨダレまみれにしたり、ぶんぶん振り回した末に放り投げたり。
最後には、おもちゃを破壊してしまいます
それを観てティントイ君は、後じさりをします。
しかし、彼は歩くと、ドラムとラッパが鳴ってしまうという作りのおもちゃだったのです。
赤ちゃんはその音につられて、ティントイくんを発見します。
ティントイくんは、ダッシュで逃げていきます。
陽気な音を鳴らしながら逃げていく彼に興味を持った赤ちゃんは、ハイハイで追いかけていきます。
赤ちゃんは追いかけっこを楽しんでいる様子ですが、ティントイくんは必死です。
配属初日に壊されたくない!
赤ちゃんは彼を追いかけるうちに、立ち上がって二足歩行をできるようになります。
(子どもが、遊んでいるうちに成長していくことを暗喩しているように思います。この思想はのちのニモにもつながりそうですね)

ソファーの下に逃げ込んだティントイくん。
ここまでは赤ちゃんも追ってこれまい…安堵の息をつきます。
ふと顔を上げると、そこには無数のおもちゃたちがガタガタと体を振るわせているではありませんか!
あの赤ちゃんが怖くて逃げ込んできたのでしょう。

逆に言えば、ここに隠れていれば赤ちゃんに壊される恐怖とは無縁でいられるということですね。

そんな時、赤ちゃんが転んでしまいます。
声を上げて泣き出します。

ティントイ君は、そんな赤ちゃんを観て、「かわいそう」な顔をします。

まわりのおもちゃたちも、赤ちゃんを観ますが、誰ひとり、動き出そうとはしません。
そして、彼らはティントイくんに視線を向けます。

ティントイくんはなすすべもなく、憂鬱げな顔をします。
ふと自分の手元に視線を落とすとアコーディオンが音を鳴らします。
ティントイくんの表情は一気に晴れます。
「僕なら、あの子を泣き止ませることができるかも!」
ティントイくんはソファーの下から出て行きます。
おもちゃたちは、そんなティントイくんのことを黙って見つめます。
誰も彼の後に続こうとはしません。

ティントイくんは楽器を鳴らしながら、赤ちゃんのまわりをまわります。
赤ちゃんは見事、泣き止みました。
そちえティントイくんをつかみます。
ティントイくん、ぎょっとしたかおになります。
赤ちゃんはティントイくんをブンブン振り回し、最後には放り投げられてしまいます。
床に落ちてたティントイくんは、さらなる乱暴を想像して、顔を覆ってぶるぶると震えます。
しか。、何も起こらない。
意を決して顔を上げて、状況を把握したティントイくんは怒り顔になります。(ティントイくんの怒り顔、かわいすぎ。。。)

なんと赤ちゃんは、放置してあったティントイくんの箱で遊び始めていたんです。
おもちゃの箱に鼻先を突っ込んだり。。。(新しい箱っていい匂いするもんね)

ティントイくんは怒り顔のまま、赤ちゃんの足を突っつきます。
しかし赤ちゃん、今度はおもちゃの入っていた袋を被ってキーキー笑っています。
(ちょっと危ない遊びです(笑)。けど子どもが危ないことにスリルを感じてしまうことにも触れているんですね)

立ち上がって歩き出した赤ちゃんの、前に回り込んでアピールするティントイくん。
しかし赤ちゃんは無視しています。
赤ちゃんの後ろをついて、パフパフ音を鳴らすけど、赤ちゃんはもう見向きもしません。
そのままスタッフのクレジットが出てきて、お話しは終わります。

・Tin Toyの解説
主要登場人物がティントイくんと赤ちゃんしかいないため、シンプルでストレートな物語になっていますね。
ティントイくんは、おもちゃ≒子どもを喜ばせるための存在≒子どものためのアニメを作る自分たちピクサーに他なりません。
ピクサーのクリエイターは、このお話のどこに自分たちのことを潜ませたのか、具体的に考察します。

まず、「自分の仕事は子どもを喜ばせることだ」という仕事を仰せつかって、初めて子どもを見つけた時のティントイ君の嬉しそうな顔。
「仕事を全うしたい」という純粋な動機のみを抱えていることがわかりますね。
ピクサーの人たちは子どもが好きだし、子どもを喜ばせる仕事に就いていることに感謝しているのでしょう。

・子どもという生きもの
しかし、実際に初めて見た子どもは、かわいくないし、おもちゃを乱暴に扱います。
この子どもがかわいくないのって、CG技術が未発達なこともありますが、アニメーションの記号的な「かわいい子ども」を描くことを拒否した結果なのではないかという気がします。
「子どもってそんなにかわいいわけじゃないよ」という本音というか。
子どもってかわいいかわいい守りたくなる愛らしい存在かというと、それだけではないじゃないですか。
子どもと遊んでいると、かわいいのはもちろんですけど、「なんでそんなことするの!」って怒りたくなることもしょっちゅうあるんですよ。
だからこの赤ちゃんも、かわいくなく描こうとしたというより、かわいいところも、かわいくないところも、どちらも含めたリアルな存在として描こうとしているのではないでしょうか。
また、ここでおもちゃを乱暴に扱うというのも、自分たちクリエイターには見向きもしない、自分たちが苦労を重ねて作った作品もちゃんと楽しんでくれない存在としての「子ども」を描いていると思います。

・成長する子ども
その後の、恐怖で逃げ出したティントイくんを追いかける赤ちゃんが、立ち上がって歩き始めるところ。
ここは、「子どもは遊んでいるうちに成長していく・できなかったことができるようになっていく」ということを示唆しているはずです。
あるいは、「アニメーションを追いかけることで成長する」というニュアンスもあるのではないでしょうか。
アニメーションを通じて、子ども達を成長させたい・啓蒙したいという意志をうかがわせるシーンでもあります。
また、やや邪推にはなりますが、「子ども達の掌の中に納まらないような存在」でありたいという理想もあるのかも?
つまり、子どもたちの発想の少し先を行くような作品を作るべきであるという考えですよね。
ある意味ではクリエイターとしての矜持の表明なのではないかと。

・子供と向き合うという決意
ソファーの下に逃げ込んだティントイくんが、転んで泣きだしてしまった赤ちゃんをあやすために再び外へ出て行く決心をするところ。
これは泣けるでしょう……。
台詞がないだけにいくつも解釈がありますが、描かれている事実のみから読み取ります。
子どもが泣いていても、ソファーの下の他のおもちゃたちは、あやしに行こうとしません。
それどころかティントイくんを見つめ「お前が行くんだよな?」みたいな目をします。
(ここは僕の独自解釈かも)
ここは、ディズニー以外のアニメーション制作会社は、子どもとちゃんと向き合うことを避けているという話なのでは。
先に書いたように、この作品で描かれる赤ちゃんはリアルな存在です。
「子どもはこういうモンが好きなんだろう」とテキトーなモノづくりをするクリエイターは、実際の子どもを目の前にするとおののいてしまうのではないでしょうか。
子どもとちゃんと向き合っていないがゆえに、テキトーなモノ作りを続けられるということです。

あるいは、ディズニーに在籍するほかのクリエイターたちがここのおもちゃたちで、ティントイくんはこそがピクサーの象徴なのかも。
ティントイを作った時点ではピクサーはディズニーとは別団体なので、こちらの方が可能性が高そうです。
ディズニーの中では孤軍奮闘をしていたということなのでしょうね。
その後、ピクサーがディズニー本体を救う存在になっていくのは感慨深いですね。

思うに、「子どもに一時的な満足を提供するだけの娯楽」は山ほどあるけれど、子どもが挫折したり、泣いたりしている時に救いになるような作品が少ない、といったメッセージでもあるのかも。

・自分には子どもを喜ばせることができる
ティントイくんは、自分の手を見ます。
さっき子どもが自分を追いかけてきたのは、この陽気な楽器が鳴って楽しいからだ、と気付くのです。
アニメーション作家の彼らも「自分たちは絵を描くことで、子どもたちを喜ばせることができる」と自負しているのでしょう。

・子どもは親から離れていく
子どもがティントイくんを構わなくなってしまうのは、「子どもはそのうち、自分で楽しい遊びを見つけるようになる」という暗喩ですね。
いくらクリエイターが気を惹こうとしても、子どもが自分たちで見つけた遊びには、楽しさでは敵いませんから。
また、袋をかぶりながらけたたましい笑い声を上げる子どもですが、「大人が止めたがるような危ない遊びを楽しむ」というのも、子どもの本来の姿ではないでしょうか。
そしてそんな子どもの気を惹こうとして、さらに過剰な演奏をするティントイ君……。
子どもの気を惹こうとして過激なものを作るクリエイターというのも、またよくある話ですね(笑)。

「子どもはいつか、おもちゃに見向きもしなくなる」というのは、ピクサーがこの頃から描いているテーマなんですね。
トイストーリーの2と3で、悲劇として描かれていますが、ここではコメディとして扱われていますね。

僕がこの作品を好きな理由は、台詞がないのに自分たちのスピリットを完全に表明できている点と、「子どもを喜ばせる」という命題と本気で向き合っていることがうかがえるところです。
「これこそが俺たちの仕事なのだ」と、腹を括っている人間のカッコよさがにじみ出ているのです。
たまにあるんですよね……そういう作品って……。

以上が、ティントイでした。
セリフのない作品だからこそ、クリエイターたちの本音が見通しやすく仕上がっていますね。
似たようなものの好例としては、DAICON FILMが挙げられます。
当時芸大生だった庵野秀明さんや山賀さんが作った
以前、別のページでも同じことを書いたので繰り返しになってしまうのですが、このアニメーションにも明確なメッセージが存在しているのです。

トイストーリーも全く同じ話ですね。
開拓時代を思わせるカウボーイであるウッディと、最新の科学技術を取り込んだスペースパトロールであるバズが二人の主人公になっています。
古き良きアメリカを象徴するようなおもちゃたちで囲まれた世界…そこでリーダーとして頼られている男がいる。
そんな彼の元に、最新鋭の技術を搭載したクールなマシンがやってきて、彼の地位を脅かす。
ウッディは伝統的な手法で手書きアニメーションを作っているディズニー、バズはCGアニメーションに可能性を感じて挑戦を続けるピクサーを象徴させているのです。
二人がぶつかり合いながらも、お互いのことを認めて、最終的にはいいところを活かし合って共存していくという葛藤の物語です。
ちなみにこのバズのデザインは、ピクサーの創設者のジョン・ラセターを模していることは有名な話です。
ぽっちゃりしていて、顎が大きいところなどですね。
この「ラセターを模したデザイン」というのは、この先にリメンバー・ミーについて考察する際にも触れることになります。

作家が自分たちのことを物語るという例を、ピクサーの初期作品を通して考察しました。
このエントリはここで区切り、次のエントリではインサイド・ヘッドとリメンバー・ミーから垣間見える、ピクサーのネガティヴなメッセージについて書いていきたいと思います。

 - ディズニー・ピクサー, 映画

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