てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

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【syrup16g全曲の考察と感想】coup d’Etat

      2019/07/15

『coup d’Etat』2ndアルバム。2002年6月19日リリース。メジャーデビュー作。

僕はシロップの作品の中で、これが一番好きだ。
悲願のメジャーデビューということで、かなり張り切っている感じがビンビンに伝わってくるところが、いい。
シロップ史上もっともアグレッシヴなサウンドが聴ける。
アルバムの流れのアップダウンが激しく、商業的な意味合いで云うなら、落ち着きに欠けるということになるだろう。
が、ファンにとってはそんなの関係ないです。
僕の考えた「日本のロック・ポップアルバムベスト150」では8位に入れました。
ホントに好きなアルバムです。
鬱ロッカーたちには成し得ない、圧倒的な自己否定がここにある。

タイトルの「クーデター」は、「国家に対する一撃」を意味するフランス語。
五十嵐さん意外とフランス語好きっすね。セ・ラ・ヴィ。
『列車に乗った男』もフランス映画だし……フランス映画とか音楽がお好きなんでしょうか。
僕はちゃんと調べるまでは軍事蜂起のことだと思っていたのだけど、必ずしもそうではないもようです。
詳しく書くと長くなってしまうので、調べてみてほしいのですけど、混同されがちな概念としては「革命」や「反乱」があるようです。
けど「革命」「レボリューション」という言葉は楽曲やアルバムの名前としても使い古されているので、「クーデター」の方が印象には残りやすいと思う。
特に90年代、ドラゴンアッシュの『ヴィヴァ・ラ・レヴォリューション』や、TMレヴォリューションといったミリオンヒットもあったので、被りを避けたのは賢明な気がする。
「食う、出た」という、生命維持に必要な活動とのダブルミーニングではないかと思う。
浅野いにおさん(僕は彼の作品とファンが嫌いなんですけど)の『素晴らしいせかい』という漫画に「クウネルダス」ってバンドが出てきてたけど、ここに着想を得たのではないかと思う。
「シロップ」ってキャラクターも出てきてたし。
シロップの影響力ってめっちゃ大きかったんですね。すげー。

後に五十嵐さんと中畑さんは、共同でのインタビューで「クーデター失敗だったね(笑)」と語ってもいるので、本人たちの意識としても、クーデターを企てたような作品だったのだろう。
彼らが何を乗っ取りたかったのかは分からないけれど、ある時期においては、「失敗」の作品だったということ。
今はどう思っているのかわからないけど。
でも音楽雑誌では高評価を得ていたし、同世代のバンドからの支持も厚かったように思うのだけど……何が足りなかったんだろう。
もっとヒットすると思っていたんですかね……。

本作はCDと同時にレコード盤も発売していた。
2000年代も半ば頃からレコード盤の再評価が進んだけれど、この頃にレコードを出すという判断に至った理由が聴きたい……。
レコード盤のみ、『AnotherDayLight』というインスト曲が収録されている。
インストなので特に書くことはないですね……。
ただ僕は、後に『光のような』ではU2の『アナザー・デイ』を引用したと考えているのですが、その「アナザーデイ」と「光」を合わせた言葉が冒頭に来ているのは興味深いです。
あと音的には『汚れたいだけ』のアウトロと同じような演奏なのでは。
コード進行? という概念があまり理解できていないので、詳しいことがわからないですけど……。
音はこっちの曲の方が高くて暗く、あっちの方が低いけど少し明るい気がします。

1.My Love’s Sold

メジャー活動の幕開けを飾る一曲。
めっちゃシリアスで恐い曲ですね。
ここで言う「愛」とは、音楽のことだそうで、「自分の愛を切り売りしてやるよ」という宣言です。

“愛されたいなんて言う名の幻想を消去して 沈むよ嵐の船”
「愛されたい」が「幻想」だと言い切ってしまうのが、メジャーでの第一声。
90年代の日本なんてラブソングばっかり作られてて、それが何百万枚も売れていた時代。
(もちろん、そうして求められるフォーマットの中で新たな視点を提示し続ける人もいましたが)
そこへ「愛されたいなんて言う名の幻想を消去して」ですよ……イカれてるでしょこの人。
まぁ、『ニセモノ』でも赤裸々に吐露されるように、その現象は消去できなかったわけですが……。
このメジャーデビューの時点から顕著になりますが、五十嵐さんは自分の本心と、自分の願望をない混ぜにしながら歌詞を書く傾向表れてきます。
それは「言い切ることがロックである」という心情から、腹を括って、「言い切る」の形を取るということ。
今の時代でいうと、強めの言葉で言い切る人のツイートが拡散されやすいことからもわかるように、そういう表現の方がパッと届きやすいのは事実なのでしょう。
ただ、五十嵐さん自身は、「言い切る」表現をとったことによって苦悩に苛まれるようにもなります。
そのへんは後々……。

ここでの「愛されたい」は、単純に、自分自身が愛されたいということだと思います。
人間性についてもそうなのだろうけど、音楽についても、「自分から出てくるもので、大好きになるものはあんまり周りに評価してもらえない」と後に語っているので、自分が好きな音楽を突き詰めるのではなくて、評価されたり売れる音楽をやったるねんで! という決意表明なのではないかと……。

“環境と関係性と感情の海で 沈むよ嵐の船 箱の船”
「環境と~」のところって、人格を形成する要素なのかなって思うんですけど、それで沈んでしまうのって、やっぱり自分の人間性への自信のなさが出てる気が……。
あと、初めて聴いた時からずっと気になってたんですけど、五十嵐が「嵐の船」ってどうなんですか!?
メジャーデビューの一曲目に自分の名前入れるかね、普通!
岡村靖幸さんが「ベイベ 岡の村まで 真夜中のサイクリングにでも行こうよ」とか言ってるってことでしょ。
まぁ、五十嵐さん、自分を沈めてしまいたかったんですかね……。
あと、ここで船が沈む描写というのは、旧約聖書の「ノアの箱舟」のお話を思わせます。
「箱の船」という漢字をあてているので、「箱から取り出されることもなかった船」というニュアンスで取れそうな気もしますが……。
ノアの箱舟の話は有名なので、聖書を読んだことがない人でも知っているものだと思います。
たしか、人々が堕落したことをなげいた神様が、洪水で全部洗い流すことに決めて、ノアといういい感じの男の人に「大きな船を造って家族と、動物たちのつがいを乗せなさい」とお告げになって、ノアは言いつけ通りにして、世界が大洪水に飲まれたあとも生き残りましたとさ……というおはなしだったはずです。
世界シンボル辞典の、方舟についての記述の引用です。
ただ、僕は知らなかったんですけど、「箱舟」は「契約の櫃」という概念と同じくくりで語られるみたいですね。契約の櫃(ひつ)……かっこいい。
“《一般・周期的再生》 方舟と航海一般の象徴的意味には、全体として共通の面がいくつかある。もっともよく知られているのがノアの箱舟であり、大洪水の中を公開し、周期的再生に必要なすべての要素を抱え込む。(略)
《キリスト教・教会》 方舟・櫃は、キリスト教の伝統において、きわめて豊かな象徴の1つに数えられる。神に保護された住居の象徴(ノア)。選ばれた民に神が現存する象徴。神とその民契約を保証する一種の移動式聖堂。最後に教会の象徴。普遍的で永遠の新しい契約の3重の象徴的意味を帯びる。「現実」となる新しい現存、新しい救済の箱舟、ただしこんどは大洪水からではなく、罪からの救済。これが教会であって、世界を救うために万人に開かれた新しい方舟である。“
この歌が「箱舟」を指しているのではないとしても、嵐の中にいた船が沈んでいってしまったというのは、かなり絶望的ですよね……。
バブルが弾けて国力が落ちていった島国日本の暗喩、という面もあるようには思います。
にしても「沈むよ」って、幻想を消去しても自分達が沈んでいくという縁起の悪さについては、誰も反対しなかったんでしょうかね……(笑)。

しりあがり寿さんが、2000年に『方舟』という漫画を出しているので、そこからの影響もあるのかも。
五十嵐さん、『Hell-see』のインタビューで、しりあがりさんの漫画を「大好き」と語っているので……。
しりあがりさんも、独特の死生観とか終末観を持っていて、すごくユニークな作家さんですよね。好きっす。

“始まってもないぜ 言い訳好きだねぇ”
いやもう、ストレートにグサッとくる言葉ですよね……。
「始まってもない」っていうところ、『キッズ・リターン』の名セリフを彷彿とさせますね。
五十嵐さん、北野武さんの映画好きそうっすよね……。
北野さんも、自作自演で、自分の役が死ぬ映画の割合が尋常ではなく高いですからね……。

“もうだってさ信じていないもん 本当の自分なんてもんをねぇ”
「本当の自分が、ここではないところにある」と思っている人って、まぁまぁ多いんでしょうね……。
僕も何年か前まで(今もかもだけど)、社会生活をしている自分に対して、創作活動やってる自分があった。
よく言えば二足の草鞋を履いていたんですけど、どっちも中途半端でしたね。
で、社会生活をしている時も創作の事とか、創作にまつわる人間関係などなどについて考えていて、身が入ってなかったと思います。
そうやって「本当の俺はこっちなんだ」と甘えた考えを持っている人って少なくないですよね。
だからモラトリアム期間が長いなんて話が90年代以降盛んなんでしょうけど。
(「最近の若いもんは~」という年寄りの愚痴がピラミッドにも書かれてる、なんて都市伝説もありますけど)
「本当のあなたがここで見つかる」という甘い言葉も宗教勧誘の常とう句ですしね。
「本当の自分=今よりも素晴らしい自分」がどこかに眠っている、と考えているのって、危険と言えば危険。
でも五十嵐さんはここで、「俺はそうじゃねえよ」と表明してみせている。
まぁ、それは、後々に語られる「俺、変われないっす」という諦めでもあるはずですが。

“わかった振りして あんま聞いてないね”
五十嵐さんがすでに何度も書いてきた「人の言葉が右から左に抜けていく」の変奏ですね。
でもここでちょっと新しいのは「わかったふり」してるってとこ。
「社会に適合できていない自分」を、ここですでに打ち出している。
社会に適合できる人は、「ちゃんと聞いて分かっている」か「分からなかったら聞き直す」はず。

僕もめっちゃやってしまうっす……。
「わかったふり」をするのって、聞いていたことを理解していないと怒ったり機嫌が悪くなる人っているじゃないですか……。
あれがキツいっすね。
なので、わかった振りをしてることとか多かったっすね。
なんか僕も、過去を振り返ってみると、仕事を教わってる時とかに、言葉が頭に全然入らなくなってしまうことがあったんですよね。
話を聞きながらメモを取っていると「メモ後でまとめて書いて」とか言われることもあったりするし……。
いや、僕、社会て生きていく能力低いな……(笑)。

もうだってさ うつろっていくもん あなたの言ってる事だってねぇ”
他者や、国や、共同体への不信感の表現がほんとにうまいです。

(※追記)
そういえば、宮台真司さんが、1986年分水嶺説を唱えていたんです。

https://president.jp/articles/-/23173

“「86年以前世代」は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件、援助交際ブームなどを経験しており、「社会は5〜7年ごとにガラリと変わる」という感覚を持つ。
他方「86年以降世代」は「社会はこのままずっと続く」という感覚を持つ。彼らが思春期を迎える97年頃から、日本社会は「平成不況」が深刻化、以降の変化が乏しくなった。だから「どうせ何も変わらないのであれば、周りに合わせるしかない」という構えになりやすい。“

頷ける内容なんだけど、87年生まれの僕としては、ちょっと待てよ! と言いたい気持ちもある。
ちょっと意地悪なモードで喋っているような気がするなぁ、宮台さん。
ただ、73年生まれの五十嵐さんが、社会の大変動を経験してきていることは、シロップの世界観に大きく影響していることは間違いないです。
東日本大震災や原発の事故もあったけど、一年経つ頃には何事もなかったかのように収束しましたもんね。
なにかを解決したわけじゃないけど、「変わらない日常」が続いているんだと思い込みたい人達が「無関心」を装うことで、「無かったかのように振る舞う」ことを続けていくことになってしまった。
そういう意味でもほとほと日本に愛想をつかした人も、実は多いのでは?
そう考えると、確かに、87年生まれの僕が体感した「大変動」って、サリン事件やベルリンの壁崩壊のような大きなインパクトではなかったのかもしれない。

“一応臨戦状態です 生きていたいと思ったんです”
誰と戦っているんでしょう。
自分自身となのか、音楽業界となのか、周りのスタッフたちとなのか……。
でも「一応」という辺り、何が何でも勝利をつかみ取ろうとまではしていないですね。
このダルそうな言葉の選び方が、やっぱりシロップなんですよね。
歌いたくない言葉は歌わない。

“明日なんか適当さ 安心感なんか敵だろう”
五十嵐さんは「未来」という遠い先を思わせる言葉は使わずに「明日」を重用します。
『生活』で歌われた、人生設計のできなさを歌っているはず。
しかし、その人生設計のできなさの原因は、本人のやる気云々ではなくて、社会が未来を保障してくれるわけではないということが目に見えてきたという不安感にあるのでは。
明日のために今行動する、という習慣を身に付けられなかった人間のつらさ。
「安心感~」というところ、かなりやけっぱち感が出ていますね。

“もうだってさ訳解らないもん みんなが求めるものなんて ねぇ”
この曲の「ラブ」が「音楽」だというのは五十嵐さんが公言していたのですが、そこでこんなことを述べるってことは、「売れる音楽ってなんなのかわかんないっす」ってことになりますよね……(笑)。
挫折の宣言、早っ。
あるいは、自分の作った曲が熱狂的に受け入れられてしまうということへの戸惑いか。
シロップのデビュー時の状況を僕は詳しく知らないのですが、スヌーザーでもロッキングオンでも「すでに熱狂的なファンがついている」といったことが記されています。
後に、「自分の歌詞なんて誰にでも言えるものだ」という旨の歌詞を書くことから、このラインもあり得るかと……。
強気なタイトルを付けたかと思いきや、こういう迷いも率直に出しちゃう五十嵐イズムは、ここですでに顕現していますね。

2.神のカルマ

「カルマ」という言葉、あんまり日本で日常的に使われるものではありませんよね。
「業」のことですが、良いことも悪いことも返ってくる因果応報のことをいいますね。
ただ、「神」と「カルマ」という言葉は本来合わせて使われないものです。
「カルマ」は仏教やインドの宗教で使われ始めた言葉ですが、どちらも一神教ではありません。
なので、ここまでにキリスト教モチーフが頻出していることから、キリスト教における神が世界を作った存在ではあるけれど、主の作りたもうたこの世界に不備が生じていることを、多神教である仏教の言葉を用いて告発しているのではないかと思います。
人間よりも上位の存在だったり、世界を作った存在だったりする「神」を、完璧な存在ではなく、業を背負うような悪を働いたりミスを起こしたりする、という解釈なのでしょうか。
もちろん、仏教やインドにおける神のことを指しているのかもしれないですけど、あちらはあんまり一言で「神」とは言わない印象です……言うのかな(笑)。

あれ……こうして書いていて、五十嵐さんはキリスト教モチーフ以外にも、仏教の言葉もよく使っているな。
特に本作では「輪廻」なんて言葉も使ってる。
キリスト教も信者とまでは思わないけど傾倒していたのだろうなぁ……ぐらいに考えていたけど、仏教にも詳しいのかもしれないですね。
仏教のことも拾える範囲で拾っていきます。がんばろう。

“ああそう HELLO あんた 嫌い”
全段で並べられた言葉を述べるような人が嫌い、って話でしょうか。
「きれいごと」や「偽善」という言葉を使わないものの、いわゆるそれらを五十嵐さんはめっちゃ嫌っている印象です。
ところで「ハロー」という挨拶に、ネガティヴな言葉を連ねていくというのは、ニルヴァーナの『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』っぽくもあります。
“HELLO HELLO HELLO How low”、「どのくらい最低だ?」という直訳になりますが、すごいインパクトですよね。

“大丈夫 太陽 十分 あるし”
多分ここも、太陽というのは日本の経済状態を指すはず。
不景気とはいっても、まだ飢えるような状況じゃない、って話ではないでしょうか。
本当に貧乏だったら、多分、衣食住をまかなうのにギリギリということになるでしょうしね。
当然、楽器代やスタジオ代を必要とするバンド活動なんてできない。
まだそこまでの状態ではないからバンド活動するっす、ということでは。

“暴力が無いうちに 退屈しすぎで 死んじまいたい”

「無いうちに」ということは、そのうち、自分達の日常が暴力で脅かされる可能性があると思っている、ということですよね。
で、暴力が無ければ無いで、退屈するという、なかなかにワガママなことを言っている。
いや、気持ちはわかるけども……。

“サイレンが聞こえてもまだ 歌うたってもいいの? 細菌ガスにむせながら 歌うたってもいいの?”

やっぱり、五十嵐さんの中には、日本が没落を始めたとは言え、まだ世界の水準から見ればまだ裕福な暮らしを送っていることへの罪悪感がある。
そう、経済的に恵まれているし、治安が良かったわけですからね。日本。
それに対して海外では、理不尽な暴力で命を落とす人がたくさんいる。
そんな罪悪感と、悲惨な状況を知りながらもモラトリアムを堪能して歌を唄っている自分のエゴを表現しているはず。
「サイレンが聞こえるような状況でも俺は歌を唄うのだろうか」と。

ちなみに「細菌ガス」という言葉はないので、韻を踏むために使われたものかと思います。
ガス状の生物兵器というものはありますが、日本でそれを連想させるのは、オウム真理教のサリン事件ではないでしょうか……。
そんな悲劇に直面していても、自分は歌を唄うだろうか……という疑念が、これなのでは。

“これは何だ 神のカルマ 俺が払う必要は無い”

「神」を宗教上の概念ではなく、お上……こんなに生きづらい国の土台を作り上げてきた人間に対する不信感の表明とも取れますね。
2019年6月にタイムリーな話題としては、年金システム崩壊してんじゃねーか、ってことへの想いも投影できる。
俺が払う必要は無いっすよね……。

“何億回も 宇宙を 輪廻り”

そう、そう、「まわり」を「輪廻り」なんて字を当ててるんですよね。
今回初めて知りました……。
キリスト教には輪廻の概念はないし、「宇宙」というのも仏教上の発想っぽいんですよね。
あと、五十嵐さん、意外と宇宙について歌うことが多い。
五十嵐さんにとって宇宙って何なんでしょう……。
自分の想像が及ばないくらい広大な存在、永遠に彷徨い続けてしまうような無重力の砂漠……みたいな感じなんでしょう。
「意味わかんねーくらいでっけー」的な。

“心療内科のBGMが 空いてる鼓膜にからみついて 息が出来ない”

心療内科に通っていたんですよね、やっぱり……。
病院のBGMってだいたい静かなクラシックですよね。
「空いてる鼓膜」っていうのは、名前を呼ばれるのを待っているからイヤホンを外しているor片方だけ外しているという状態の事かな……。
息が出来ないってちょっとかなり深刻な状態にあるのでは……。

“最新ビデオの棚の前で 2時間以上も立ちつくして 息が出来ない”

昔どこかで読んだんですけど、心の病の一種の症例に、「お店に入ったけど買うものを選べない」というものがあるそうです。
そういう状態を歌っているんじゃないかなと……。
「俺が払う必要がない」「神のカルマ」の影響で、「息が出来ない」ほどの不安を覚えるような心になってしまったという因果を描いた曲なのだと思いました。

3.生きたいよ
ベールが循環しているところなど、U2がデビュー当初に発表した『アウト・オブ・コントロール』っぽく感じられる。

“君はいない いつだってもう この手離して しまったんだ”

また、「君の不在」と、「手の記憶」ですね。
なんで「手」なんでしょうね……。
ハグとかしなかったのかな。
自分が過去の女性を思い出す時って、セックスの記憶を除外してみても、髪の毛とか匂いとか肌の柔らかさとか、声とか、言われた言葉とかですね。
あと、目か。
手のことはあんまり思い出さないかも……他の人ってどうなんだろう。
でも、異性の「手」をよく観察するのって、女性っぽい気がします。
女性のフェチを聴いてみると「手」ってけっこう挙がるポイントですよね……。
あんまり男性で、女性の手が好きって声は聴かないかもしれない。

身も蓋もない話ではあるんですけど、昔女の人から聞いた話があって……。
「女が男の手をよく見るのは、自分の身体の中に入ってくるものだから」
という。
ほんとかどうかは検証のしようがありませんが、なるほどなーと思った説です……(笑)。

“正気でなんて いらんないぜ”
「君」が正気につなぎとめてくれていた存在なんですね。
うーん、失恋のショックがでかすぎると、確かにこんなことも思うかもしれない……。
五十嵐さん、「ぜ」が、多いぜ。

“味がしない この世界も 上手に食べて しまいたいなあ”
なんか詩的……。
そう、いい比喩表現が本当に多いんですよね、シロップ……。
適応できない自分のことを歌っているのだと思うのですが、「食べる」なの?
多分「君がいない」から「味がしない」んでしょうねぇ。

“心がない 感情がないとか言ってさ 本当はあなたが 怖かっただけ”
“どうでもいいのに あなたの嘘にまた傷つくんだろう”と、対になる歌詞なんじゃないかな。
けど、なぜ、自分を傷つけるような「あなた」を欲するんだろう。
と思ったけど、ここでもまた「君」と「あなた」が使い分けられてる!
この曲では、二人出てくるんですね。

ところで、「私は感情がない」的なキャラを演じてしまうことってありますよね。
傷ついていないフリをしたい時に、僕もたまにやってしまうことがあります……。
そんな風に、自分の感情を誤魔化すのって駄目ですよね。
感情のメーターが上がってきていることに気付けなかったりして、無理をしてしまう……これは駄目だ。
五十嵐さん、「怖い」という感情も認めてあげて欲しいなぁ……。

ところで、なぜ、「あなたが怖かった」んでしょう。
あなたは、五十嵐さんに何をするんだろう。
「怖い」「あなた」となんて、距離を置いてしまえば、それで済むことでは。
「自分をさらけ出してあなたに嫌われるのが怖い」ってことではないのかなぁ……わからん。

“今さら何を言ったって 四の五の何歌ったって ただのノスタルジー 生ゴミ持ち歩いてんじゃねぇ”

これ、失恋してる時に聴いて、めちゃくちゃグサッと刺さった記憶があります……なんなのこの鋭利な言葉。
五十嵐さんはこの先も、自分の原風景……ノスタルジーを掘り起こして曲にし続けますが、「生ゴミ」っておい。
いや、でも、辛くて自分を責めてしまっている時って、こんな風に思っちゃったりもしますよね。

“一生って短いね 一瞬で消えちゃって 逝っちゃって 後悔するのよね”

もしかして、この曲の「君」って、この世を去ってしまっているんですかね……?
であれば「四の五の何歌ったって」と、どれだけあがいても「君」に届きそうにないと思い込んでいることにも納得がいくのですが……。
少なくとも曲の主人公は、もちろんまだ逝ってないわけだから、逝ったことを後悔するわけじゃないんですよね。
インタビューとかでも、彼女を亡くしたなんて話をしたことはなかったはず……読んでいないものがいっぱいあるけど。
お父さんが亡くなるのは、『ディレイデッド』の後のはずだし……。
おじいさんやおばあさんのことだろうか。
謎。

4.手首

イントロや曲の展開など、前の曲と同じくU2の『アウト・オブ・コントロール』に似ていなくもない。
ギターの音とか近い気はするけど、たまたまな気もします(笑)。
もしくは同バンドの『ウィズ・ア・シャウト』っぽくもある……。

“くだらない事言ってないで 早く働けよ 無駄にいいもん ばかり食わされて 腹出てるぜ”
早く働けっていうのは、五十嵐さんが自分に言っていることなんじゃないかなと……。
「くだらない事」というのは、シロップで歌われるような、迷いとか、内省とか、反発心とか、適応できない自分への怒りなんかなのではないでしょうか。
働いていない人が話していたり考えていたりすることを「くだらない事」と斬り捨ててしまう容赦のなさ。
五十嵐さんが、歌の中で断罪するのって、ほとんど自分の中にあることなんですよね。
でも、五十嵐さんは腹出てないですよね……。
ちょっと心配になるぐらい細い。

“新しいもんは 何もないさ 目に写るものは すべてもうそこにある 多分ある 見たことあるぜ”
映画でも音楽でも思想でも商品でも、大量生産大量消費が当たり前の時代になっていることの揶揄。
自分が作る音楽も、昔は新しかったもののリバイバルでしかないという自嘲ですよね。

“苦しまぎれの 愛つかんで ぬるい生活に ただれる魂よ それにまた しがみつくのさ”
五十嵐さんの中に、美しい過去の憧憬と、けれどもその愛を汚らわしく思う気持ちがあるけど……これは一つの対象の中に混在する感情なのだろうか。
それとも、別々に人物なのだろうか。
「苦しまぎれの愛」って、すごくよくわかる言葉ですね……。
なんか僕は、セックスがしたかったり、人に受け入れてもらいたかったりする時に、別にそんなに好きじゃない人と付き合ったりすることがあるんですよ。
でも、本当に好きだった人と付き合った時と、そんなに好きじゃない人と付き合う時って、同じ気持ちではないわけです。
でも、五十嵐さんは「苦しまぎれ」だけれど、ちゃんと「愛」って言うんですね。
僕が自分を投影するべきところではないのかもしれません……(笑)。
どんな形であれ「愛」があると思えないと関係を持たないのかもしれないですね、五十嵐さん。
魂がただれてしまっても、それを手放す≒死ぬことができないことを自嘲しているのでは。

“誰もお前を 気になどしていない 身代わりなら うなる程いる だから心配すんな”
『土曜日』では、“他の誰にも代われない”って言ってくれたのに!
「代わりにならない関係性」って、時間をかけて築いていくしかないんですよね。
自分のことを軽んじていると、相手にとって自分は代わりのきく存在なんだと思えてくる。
自分のことを愛しすぎていると、他者が自分の人生を形作るパーツのように思えてしまい、もっと都合の良いパーツと代替できるのではないかと考えてしまう。
人と人との繋がりを希薄にし、共同体への依存度を高めてきた日本社会の弊害では。。。

“ジーザス ジーニアス キングオブフリーダム 一生懸命生きている私に どんな罪があるんですか”

神、天才、自由の国の王……ここでも神が出てくるんですね。
フリーダムって多分自由の国アメリカのことだと思うのですが、王制の国ではないですよね……ただ、この時代ってまだアメリカが圧倒的な覇権国家で、日本は半ば属国の立場に甘んじていたという認識があります。
特に五十嵐さん、小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言』の読者だったらしいので、資本主義社会をけん引するアメリカへの揶揄が込められているのでは。

ここで「どんな罪があるんですか」と懇願するということは、歌の中には出てこないけれど、何かしらの「罰」を受けているように感じているということですよね。
挙げられた三つの存在は、社会のシステムを作っている人々。
そのシステムの中で苦しめられていることを叫んでいるセンテンス。

“いっぱいあるさ 死ぬ程あるさ っていうかお前は 何でそこにいる”

「何でそこにいる」ってすごいですよね……。
自分の存在に対して根底的な疑問を投げかける。
自己批判って、どんな人にもできるじゃないですか。
で、突き詰めていけば答えなんて無いんですよ。
答えの出ない自己否定を自分に突き付けるのって、めちゃくちゃ精神的なダメージが大きいと思うんですけど……この時の五十嵐さん、大変だったんですねぇ。

“ああ 窓に映るハイウェイ 空の向こうのソーラー シミだらけのまばたき”

高速道路が窓に映っているということは、自分はハイウェイには乗っていないということ。
普通道路を走っているか、部屋の中にいるかのどちらかでは。
五十嵐さん、室内から外を眺める場面をよく書きますね。
なぜ自分がハイウェイをただ見ているだけなのかと言えば、よく言う「社会のレール」から外れてしまっているから。
そんな自分からは、社会でうまくやっている人が高速道路をかっ飛ばしているように見えて、ついて行けない。
「太陽」は経済的繁栄の象徴だと何度も書きましたが、それが「空の向こう」にあるということは、自分にはまず手が届かないものだと認識しているから。
「太陽光」と「高速道路」が並置されていることから、多分、どちらも経済についてのメタファーになっている。
「シミだらけの~」っていうのは、太陽を見つめていていると、まばたきをした時に瞼の裏側に残像が残っている状態を指しているはず。
主人公は、日本が経済的に豊かだった頃の名残りがまだ目に焼き付いているということなのでしょうかね。

「シミ~」のところって、昔友人がそんな解釈を教えてくれて、たしかに! なるほど! と思いました。
彼とまた、シロップの話がしたいなぁ……。
なんか、好きな音楽の話って、ふつう、二言三言で終わっちゃうじゃないですか。
「あれいいよね」「うん。あれも好き」「ねー」とか。
ホントに仲が良かったり、お互いがその音楽家のことを好きじゃないと、長く会話が続かないですよね。
「好きな曲」「ピンとこない曲」について話そうとすると、地雷を踏んでしまいそうであんまり踏み込めなかったり。
そんな風に一つの音楽家についてたくさん話せるような人と巡り合えるのって、なかなかないこと。

“Not at all”

英語、よくわかんないですね……(笑)。
ググると、「少しも●●ない」といった意味……。
また、「どういたしまして」という慣用句にもなるみたいです。
謎……。

5.幽体離脱

ここに来て、グッとメロウな曲。
『ディレイド』まで、メランコリックな曲調と、サイケデリックでノイジーなサビとでコントラストを作り上げていたように思うが、この曲もそんな感じ。

“「考えすぎだよ」って あなたは笑った これはクセだから 治らないんだ”
いやもうこれ私もめっちゃ言われますわ……。
自分でも考えすぎって思うことありますけど、他人から指摘されると「いやお前は考えてなさすぎ何だよ!!!!」と思います……いや、いつもじゃないけど……。
けど、五十嵐さんは、ここで笑われていることをそんなに嫌がっていない感じ。
素敵な関係性ですね……。
まぁ、シロップの曲の「あなた」って架空の人物なことも多いようなのですが……あるいは、「頭の中のもう一人の自分」。
五十嵐さん、自分に向けた言葉がなぜか曲の中では「女の人の声」になってしまうこともあるとインタビューで話していました。
五十嵐さんの心の中には女性が住んでいるのではないかと……。

“正体不明の嘘が とても嫌いだ”
五十嵐さん自身は、嘘をつかなそうですよね……曲の中でも本当の事ばかり歌ってしまう人だし。
僕も似たところがあるので、気持ちはとても分かります……。
「人の気持ちを見えづらくするもの」が、凄く苦手なんですよね。
それも「考えすぎ」と繋がるのかもしれないですけど、「この人の言ってることは本当か?」とか考え始めるとキリがなくなってしまうし。

“なんか言って欲しくて 悲しい振りをした”
でも、その「振り」が、相手から見ても「たかし、悲しそう」と見えるのかってわからないっすよね。
「悲しい振り」は、広義の「嘘」の部類にはならないのだろうか……。
「正体不明」ではないから、いいのかな……。
「なんか言って欲しくて」って、子どもっぽいですよね。
でも、こういうことを率直に晒して歌に出来る人って、やっぱりあんまりいないですよね。

“貧困な思考はいつも あなたのパターンを 安易にイメージ処理して すぐに壊されて”
「あなた」のことを想像しながらコミュニケーションを取るけど、実際に「あなた」の取る行動はイメージとは違うものになるってことですかね。
“どうしてそこからそこに行く 行動が読めなくてドキドキする”
と同じことやん。難しく言ってるけど(笑)。
でも、僕もわかるっす。
どんな行動を取るのかわからない人と一緒にいるのって、めちゃくちゃ楽しいじゃないですか……。
自分が自意識過剰人間で、他人からどう見られるかを意識しまくりながら行動する習慣がついていると、他人のイメージの中に収まろうとしてしまったり、裏をかこうとする時も「こうすれば驚かれるだろう」と想像しながら動いてしまったりする。
頭でっかち人間は、自由奔放天衣無縫な人に惹かれる。
五十嵐さん、音楽的にもそういうパートナーがいれば欲しかったんだろうなぁ……とおもったり。
いや、結局今のシロップを見ていると、中畑さんがいてよかったじゃねーかと思うんですけど。

“さっきまで笑ってた あなたはどこか 遠くの方を見てた 声掛けづらかった”
うーん、やっぱり『ユア・アイズ・クローズド』と同じような人ですね、ここでの「あなた」。
気分がコロコロ変わる。
「あなた」と自分は違う人間だという当たり前の事実を突きつけられている。

“everything is wrong but you”
「wrong」は「違う」の意味なので……「みんな違うけど、君は」なんですかね。

“everything are long will be short”
「みんなは長い、短くなる」?
わかんないです……英語力本当にない。

“My girl 愛が 宇宙の果てに そっと導かれて 散る”
やっぱり「宇宙の果て」と聞くと仏教っぽいなと思うんですが……。
キリスト教は「愛」を大切にしますが、仏教では「愛」は煩悩のひとつとされます。
煩悩は克服されるべき、という教えをとるのが仏教。
しかし私は仏教知識ほぼゼロ人間……。
考察不可能。
ただ、「愛が散る」んですね……。
悲しい歌やで。

“最終回のドラマで ボロボロに泣いた 思ってるより俺は 単純なようだ”
ドラマで泣く人のことを「単純」だと思っているってことですよね(笑)。
ここでも、テレビは「人をバカにする箱」の認識で扱われています。
それにしても、何のドラマを見たんでしょうね……。
まぁ、00年代初頭といえば、まだドラマも面白かった時代ですよね。
今は本当にクッソおもんないドラマが大半になってしまいましたが……。

こうして考えると、一つの曲の中で二度も「自分は自分の想像していたような人間ではなかった」と分かる事柄が歌われています。
そういうふうに気付けるのって大事ですよね。
それを受け入れられない限りは、実際の自分と想像上の自分がかみ合わずに、ちぐはぐな生き方を続けることになってしまいますから。

ところで、私、人前で泣いたことってここ十年で一度しかないんです。
でも一人の時には、一~二ヶ月に一回は泣いてます。
主に映画を観ている時で、たまに音楽を聴いたり本を読んだりして泣きます。
人に涙を見せるのがカッコ悪いと思っているのもあるし、音楽や映画から受ける感動ってやっぱり現実を上回るから、まぁこっちでなら泣くわ……という感じ。
そりゃ、とんでもない天才が、努力を積みまくって、推敲を重ねて完成させた「作品」が強く心を動かすに決まっているじゃないですか。
そんな風にして、一人でいる時に感情を発露させる手段を持っている人って、あんまり対面関係で感情を出し過ぎないかもしれないですね。
(創作物に触れることも、作者とのコミュニケーションだと僕は思ってますけど)
ただ現実では、自分が直面する事柄ゆえに、心を揺さぶられてしまうことはありますよね……。

“「愛情が怖いんですか」 裏切られた 人間しか分からないさ そんな気持ちは”
カウンセラーや精神科医に問われたんでしょうか……なぜ敬語で訊かれているんだろう。
「裏切り」がどんなことなのか、五十嵐さんが具体的に語ったところは見たことが無いのですが、この曲の「あなた」から受けた仕打ちなんですかね……。
『生きたいよ』の「あなた」のことが怖かったと歌う部分って、やはり、「愛情≒あなた」のことだったんじゃないかなぁ。
裏切られることが怖いから愛せない、というジレンマに苦しめられているのでは。

6.Virgin suicide
インスト曲。
個人的にはドゥルッティ・コラムっぽいなと思います。
ギターの手触りが。

タイトルは、2000年に公開されたソフィア・コッポラ監督の『ヴァージン・スーサイズ』からだろう。
映画のタイトルが複数形なのは、いっぱい死ぬからです。
曲のタイトルは「スーサイド」です。

映画を観たのがだいぶ前なのであんまり内容を覚えていないんですけど、純真な少女が男に汚されてしまって、そこからいろいろあるという話です。
女の子が手首を切って自殺を図るシーンもあります。
すごくうろ覚えですが、親が厳格で、娘たちには美しく清純であることを求めていた気がします。
彼女たちにはそれがつらかったんですかね……いや、ほんとにうろおぼえなんですけど。
五十嵐さんの性嫌悪的な部分にビビッときたんですかね。
欲望に汚される純潔を、告発するでもなく、悲劇にするでもなく、ただふんわりとした映像と演出でダウナーに誘う蠱惑的な美しさを持つ映画。

ちなみに、フランスのテクノポップグループair(エール)が手掛けたサントラもあります。
超名盤。
夢可愛い電子ポップス好きは必聴です。

シロップには直接関係ないけど、このエールは、このサントラのあとで、ナイジェル・ゴッドリッチをプロデューサーに迎えてアルバムを制作します。
この人は、『OKコンピューター』以降のレディオヘッド作品で重要な役割を担っていて、ほとんどメンバーの様な関係性でバンドに携わっています。
他にもU2やライド、ベック等にもプロデュースを任されます。
そんなスゲープロデューサーに対して、五十嵐さんはどんな想いを持っているんだろう……。
それとも『ベンズ』までのレディオヘッドを返せ! と憎んでらっしゃるのでしょうか。

さらに関係のない話なんですけど、シロップのインディーズでの活動の場であるUKプロジェクトにいたきのこ帝国の曲にも『ヴァージン・スーサイド』という曲があります。
こちらも単数形です……。
UKプロジェクトのホームページでのインタビューで、「「ヴァージン・スーサイド」っていうコッポラ(ソフィア・コッポラ)の映画を最近観て~」と語られているので、映画から取っているのは間違いありませんが……。
シロップの曲名が頭にあったから単数形にしちゃってるのか、インタビューでは複数形で答えていたのに文字にする時に単数形にされちゃってるのか……謎……。
(ていうか「コッポラ」って、普通お父さんのフランシスの方の呼び方じゃないですか……? ソフィアの方のコッポラを「コッポラ」って呼ぶのが現在の主流なんでしょうか……)

https://youtu.be/XA9rmnXTqNc

UKプロジェクトのバンド、処女を殺し過ぎでは……。
処女殺しですねぇ~。

7.天才
アグレッシヴなロックと、抒情的なブレイクで聴かせる、シロップの王道的な作り。

“天才だった頃の俺にまた連れてって いつのまに”
いやほんとに、歳をとると、若き日を振り返って、「あの時の俺の方が優秀だったのでは?」って感じを覚える機会が増えます。
ここでは、「才能」というよりも、感受性のようなものではないかな……。
インタビュー等では、「若いころのガーッと来る感情に勝るものは無い。それを失いたくない」といったことを発言しているので、若いころの、外部からの刺激に敏感に反応する、感情のコントロールの利かなさを歌っているのかもしれません。
『ストレイト・ストーリー』っていう、おじいちゃんが、長年犬猿の仲だった弟が病で倒れたというニュースを見て、トラクターで旅をしながら会いに行くという映画があるのですが……。
その中で、若い人に「年を取るってどんな感じ?」と訊かれて「若い頃のことを忘れられない。それが一番つらいよ」と答える場面があるんです。
若い頃のことを思い出しても、「いや戻れないしなー!」という感覚ってめちゃくちゃ苦しいですよね。

“どこで曲がったら良かった? どこで間違えた? 教えてよ”
タイムリープ・歴史修正もののストーリーが世に氾濫している理由がよくわかりますね……。
(ただし良い映画では「結局歴史は変えられない」というところに落ち着くものが多いですね)

“誰もいないこの国なら王様にでもなれる そうもいかねぇ”
“キングオブフリーダム”との対比なのでしょうね。
「王様」って、多分、自分の思い通りに振る舞って、人を従えるような存在で使われているのだと思いますが、「そうもいかねぇ」ということは、自分で自分をコントロールすることもままならないということでは……。
でも「この国」って表現しているということは、すでにその国は築かれているってことですよね……(笑)。
一人で音楽を聴いているのが大好きな五十嵐さんによる、一人で音楽を聴き続ける国なんですかね。

“めい想してる暇ないや 何か悟ってそうな事言え”
「瞑想」と「迷走」で韻を踏むかと思ったら、しない!
まぁ音だけで聞いたらどっちも全く同じだから、聴いている側がこんがらがっちゃいますもんね。
「何か悟ってそうな~」ってホントにすごいです……音楽業の虚業っぷりを暴いちゃってる。
しかも「何か」とか言ってるところがいいですよね。
根拠なんてない「何となく」で歌ってるんだろ? という茶化しとして機能している。
悟ってそうな事を言う「教祖」みたいなミュージシャンが、00年代はホントに増えたと思います……。
10年代もまだ多い。

しかし、「めい想」も仏教的ですね。
『ドラゴンクエスト』シリーズでは、HPを大回復する技ですが、五十嵐さんはゲームとか全然やらなそうだから無関係ですね。

“ヤバい空気察する能力オンリーで生き延びた 笑ってよ”
具体的に、どんな「ヤバい空気」を回避してきたんでしょう……。
五十嵐さん「ヤバい」って言葉けっこう使いますね。
前の曲の“さっきまで笑ってた”のように、また、「笑い」が歌詞に出てくる。
「あなた」に笑ってもらえることが、五十嵐さんにとっては救いなんですかね。
でも、自分が欠点と指摘にしていることでも、誰かが笑ってくれたら気持ちが軽くなることってありますよね。

“パワーバランス 苦労話 バラされてもねえ”
この歌において「パワーバランス」って何なんだろう。
「誰もいない国」と出てきているから、国同士のパワーバランス……政治性と捉えるべきなんでしょうか。
後の歌詞と並べて考えるなら、人間関係全般を「パワーバランス」と捉えているんですかね。

苦労話を聞かされるのめどくせぇ……って話ですかね。
「知らんがな」ってやつ。
でも、苦労話をする人って、多分、「ヤバい空気察する能力」を持たないがゆえに苦労をしたか、空気を察していたけど苦労を買って出たかだと思うんですよね。

“遊ばない カラまない 力合わせたくない”
『デイパス』の“遊ばないけど言う~”って、やっぱり、遊びに誘われても行く気がないって話だったんですね……(笑)。

8.ソドシラソ

“俺は期待はずれ まとはずれ”
やっぱり、自分自身に落胆させられているような想いが、ここ三曲続きますね。
『コピー』と『クーデター』は、諦念が強く出ていますが、前者は憂いをまとっていて、後者は怒りと共に発露されている。

“はって街へ出る 飯食べる マンガ読んで帰る”
五十嵐さん、自炊好きなんじゃなかったの!?
外食派なんですかね。しかしここで、具体的な食べ物の名前が出てこないあたり、ほんとに食への興味が薄いんですね……。

「マンガ読んで帰る」って、今の若い人には通じないのでは……。
スマホで読めちゃいますもんね。
この時代、ネットもみんながやっているというほどではなかったので、コンビニや本屋に並ぶ「雑誌」というのは貴重な情報源なのでした……。
コンビニや本屋さんは立ち読み客が溢れていましたよね。
時代は変わるもんだ……。

“行く場所なんて別にねぇ 今さら何もする気ねぇ 生きてるなんて感じねぇぜ しねぇ”
そうそう、「居場所のなさ」を感じている人って、昔はやたら街へと繰り出すものでしたよね……。
今は部屋でSNSやっていれば、たいていは、どこかしら居場所を見つけることができますもんね。
僕も、すごく荒れた家庭で育ったので、行く場所なんてねぇのにやたら外出していた少年でした。
イヤホンで音楽聴きながら、遠くのブックオフまで漫画とCDを漁りに行っていましたねぇ……。
五十嵐さんの曲の非常に大きな特徴として「ホームのなさ」があるんですよね。
どんな人でもだいたいは、「これをしてると落ち着ける」という場所があると思うんですけど、それが本当にない……。
多分、音楽に浸っている時間がそれにあたるのでしょうけど、落ち着ける「場所」や、一緒にいると安心できる「人」の存在はない。
ただ、過去の記憶の中にはそれがあって、その記憶を噛みしめながら音楽に落とし込んでいる。
つらそうな生き方ですよね……。

“歌うたって稼ぐ 金を取る シラフなって冷める あおざめる”
最初に「愛する音楽をソールドしてやるぜ!」と宣言していたのに、もう青ざめてる……(笑)。
商品として流通させて、貨幣と交換するような、「売る」ということに抵抗を感じながら創作している人も、世の中には少なくないんですよね。
崇高なアートへの純粋な貢献を志したい人も世の中にはいなくはないだろうし。
それに五十嵐さんはここまで繰り返し歌ってきたように、資本主義社会や、人間の価値をお金で換算するような社会のあり方を疑問視しているはず。
“お金を集めろ それしかもう言われなくなっている”のような歌詞を思い出してほしい。
でも、お金がないと生きていけない。
みんな、がんじがらめなんですね。

“辛くなってやめる あきらめる 他に何か出来る?”
音楽以外に、自分がお金を集める手段を持たないであろうことを歌う。
でも、生きてくために必要なだけの額であれば、どんな仕事でも稼げそうな気はするけど……。
五十嵐さんの、仕事したくなさの根源って、人と接するのが嫌だっていうところが大きいのかな。

“悲しくなんて別にねぇ はなから何もする気ねぇ 愛してるなんて言ってねぇぜ 知らねぇ”
“悲しい振りをした”
“感情がないとか言ってさ”
と言っていたのに、急に逆ギレモードですよ……五十嵐さんの人格分裂っぷりがよくわかるアルバムですね(笑)。
次の瞬間には強がり、虚勢を張っちゃうから、周りの人は甘やかしてくれないんじゃないかなぁ……

“誰か何か言ってるぜ 聞き流す 振りして真に受ける”
強がって、聞く耳もってない風を装うから、「誰か」も「何か」言っちゃうっていう構図もなくはない気がする……。

ソドシラソミって、なんか英語を当ててるのかな? と思ったので、勝手に解釈してみました。
So don’t she loves so me? とか、ありそうかなという気がしたのですが、そんなことない気もします。

9.バリで死す

『ベニスに死す』みたいなタイトルの曲。
浪人中にバリに行って衝撃を受けた経験を基にした曲だそう。

二つの歌を、一つの曲で同時に詰め込むという荒業を見せる曲。
U2の『ザ・フライ』で、二つの別々の歌詞を歌唱するというアイデアは使われていますね。

なんか歌詞カードで見てみると、歌われてる内容は、正直かなりみみっちい。
ストレート過ぎるから、それを隠す為に、ダジャレ……いや、ダジャレ……いや、押韻リリックを上に被せて誤魔化しているんじゃないかと思うんですよね。
「みみっちい」とは言ったものの、自分自身の記憶を振り返ってみても、家族との嫌な事とか、忘れられない楽しい事って、かなりみみっちいです。
みみっちいから「人にわざわざ話すことでもないな」と思ったりするんですけど、

『カールじいさんの空飛ぶ家』というピクサーのアニメーション映画の中で、小学生の男の子が、今は遠くへ行ってしまった人との大切な想い出を語るシーンがあるんです。
その内容は、日常のとてもささいなこと。
で、そんな話を一通り終えた後に、男の子は寂しそうな顔をして
「ねぇ、僕の話、つまらない? ……でも、つまらないことばかり思い出しちゃうんだ」
って言うんです。
最高では……?
めっちゃくちゃよくわかる……。
人との思い出って、そうですよね。
ピクサーはやっぱりめちゃくちゃ良い映画作りますよ……この映画、ほんとに好き。

“あなたどなた 明日どうなった”
意識がもうろうとしていらっしゃる感じがします……入院中の光景を歌にしているのでしょうか。
「明日」とは、やはり未来の事でしょう。
明日のことを気にしすぎて、入院するような事態になってしまったんですかね。

“看護婦さんどこだ”
この辺りのラインは入院経験をそのまま歌ってるのかなぁ。
看護婦さんという言葉がまだ使われていた時期……。
フェミニストの田島陽子氏は、率先してこのような言葉を撲滅していった人ですが、彼女のロジックは
「『婦』という字は、女が箒を持つという姿が起源。その字を使うのは差別だ」
というもの。テレビでたしかそう言ってました。
五十嵐さん……田島陽子さんの前でこの曲を歌ったりしないで!
袋叩きにされますよ!

“何か全部ナシにしねえか ここはしんど過ぎた 呼吸すらままならぬ 空気におおわれて”
サブで歌われるライン。
過去を帳消しにしたいんですかね……。
いや、気持ちはめっちゃわかるんですよ……つらいよね。じんせい。世界。

“預金通帳溜まった タランティーノじゃなかった”
貯金しまくって通帳を眺めて楽しんでいる様を、ユニークな名前の映画監督との言葉遊びの材料にして、資本主義をコケにしたいにしたいんですかね……
「タランティーノじゃなかった」って何なんでしょう……タランティーノって脚本だけ書いて監督していない作品も多いから、そのことを言ってらっしゃるの?
ところでタランティーノ監督も、古今東西様々な映画に精通していて、自作の中でそれらへのオマージュを隠さずにぶち込みまくる人。
世代的には庵野秀明監督と近く、サンプリング文化の申し子と言ってよいと思います。
五十嵐さんも、そんなタランティーノへはシンパシーを感じる部分があるのでは。

“全人類兄弟 けんちん汁ちょうだい”
綺麗ごとをコケにしたいんでしょうね……(笑)。
まぁ、でも、この「けんちん汁」ってシンプルな家庭料理を欲するところなど、おふくろの味的なものの恋しさが滲んでいるようにも思います。
「深層心理」という言葉を使って、人の心を嫌な感じに掘り下げようとするのは、良くないですが……うん……僕はそういう人間なんです!

“相対性理論を駆使して 自閉の回路隠して 通じ合うことなんて 一つもなくたっていいや これが永遠の孤独と 言うのだろう”
ちょっと、わからないですね……(笑)。
通じ合えなくていい、というのが本心に近いのでしょうけど、「歌唄って稼ぐ」以上は伝わる言葉を音楽に乗せないといけない。
まぁ、生きるということは、なんらかの形で社会の構成員になるということですからね。
で、その歌を聴いた人が、多種多様な受け取り方をして、多種多様なリアクションを返す……これは、孤独を望む五十嵐さんに後々不可をかけることになりますね。

“愛なき世界は今日も矛盾と転がり 絶えなき争いの道中の危険な青い空”
「愛なき世界」というと、マイ・ブラッディ・バレンタインの『ラヴレス』の邦題を想い起こす人も多いのでは?
ちなみに『愛なき世界』という邦題を冠した曲は、ピーター&ゴードンの1964年のシングルが最も早そうですが、どうでしょう。
「危険な青い空」ってなんなんでしょう……のちの『空をなくす』と繋げようとしているのかな。
争いが絶えなくても、空はいつでも青いというギャップを出してるのかな。
しかし「危険な」が付く理由がわからん……。
「空」に飛び出してしまいたくなるってこと?

“いつかあなたの笑顔すら遠くなっていきそう ただ”
まだ記憶の中には、笑顔は残ってるんですね……。

“母さん俺はがんばってるぜ たまに思い出すんだ 風の隙間から 自転車の後ろで 見上げれば月が ずっとついてくるんだ”
幼少期に見た忘れられない光景なんですかね。
お母さんが漕ぐ自転車の、後ろに乗っているんでしょうか。
五十嵐さんの歌詞に、よく「月」が出て来ますが、この時のイメージがとても強かったんですかね。
母親への「俺頑張ってるぜ」ソングは、普通に歌ってもいい気がしますけどね……。
今、僕の中の母親との幼少期の記憶を思い返してみたんですけど、いいことがひとつも浮かんできませんでした……。
嫌な記憶ばかりだ……(笑)。
嫌な事の印象が強いってだけなんだろうけど……。
もっと時間が経てば、よかった記憶も浮かび上がってくるんでしょうか。

“朝になって カラになって バカになって 顔洗って”
カラってなんなんだ……セックスしまくったってこと?
だから「バカ」になったってこと……?

“夜になって どさくさで 金つかんで 逃げまどって”
なんか、やっぱり、「お金を得る事」への罪悪感が、ちょこちょこ出て来ますね……。
あと、このアルバムでは「逃げ」への言及がほんとに多いな。
エヴァでも出てきたけど「逃げちゃダメだ」への圧力って、昭和育ちの人にはめちゃくちゃあったんでしょうね……。
私も親から「逃げんなよ!」って言われてめちゃくちゃ嫌だった記憶がある。
嫌だって直接言ってたのに「逃げんな」という答えだったので、めっちゃ嫌だったな……。

10.ハピネス
アルバムも後半に来て、アコースティックな音色。
チャプターハウスの『カム・ヘヴン』に近いような気がします。
まぁ、よくあるコードなので、たまたまな可能性が高いのですが……。

“青春は先週で終わった”
全然分かんない……。
五十嵐さんはもうこの時、27歳ですからね……とっくに終わっとるやろ……。
けど、一般大人になっても青春ってあるんだな、と、30過ぎてから思うようにもなりました。
いろんな形がありますからね。
今の世の中、大人になり損ねた人もいっぱいいますよね。
「日本は」と言おうかとも思ったけど、世界中で流行したアメリカのコメディドラマ『フレンズ』なんかも、同じように大人になりきれなかった20~30代を描いてましたしね。

向こうでも「ジェネレーションX」という世代があるようで、モラトリアム感が強い人々がいるようです。
大人になり損ねるっていうか、旧世代の人たちが「大人ってこういうものぞ!」というイメージを打ち立てていただけで、それがあるべき姿なのかはわからないですしね。

あと、「青春=バンド」というテーゼに則るなら、佐藤さんに辞めてもらうことを決断した、っていうことかな。
あるいは、事務所やレーベル等の「大人」から、ベーシストを代えるように要請されたか。
そうか、そういうバンドの事情を踏まえると「代わりならいくらでもいる」という歌詞もよくわかりますね。
メジャーデビューを果たしたけど、佐藤さんの代わりになるプロなんていくらでもいると考えてしまったら、とてもつらいですよね。
五十嵐さん自身も、自分の作る曲を「だれでもできる」と自嘲したりするし……。

“発想は尽きない どうしようもない方向で いっちまっても 照れ笑いで再開”
曲のアイデアだけは出てきまくるらしいので、それをそのまま歌っているのではないでしょうか。
部分的には良く出来ても、途中からへんな方向にいっちゃって、「悪い悪い」なんて言ってやり始める……という歌(笑)。

“完全は完璧じゃないや 想像が織り成す 5百万画素の 別天地なんかを 再現してみたいな”
ここも音楽の話じゃないかな。
『コピー』の制作中に、「もう100点なのに、120点にしてどうするの?」と言われていたらしいので、それを「完全」と「完璧」の違いで表しているのでは。
「別天地~」という部分は、実際に録音できたものよりも、自分の頭の中ではもっとすごいことになっている、という意味なのでは。
2002年にはすでに、5百万画素のデジカメが出ていたみたいです。

“電車の窓をこする 夕陽なんかも 最重要文化財”
こする、っていいっすよね。
映画評論家の町山智浩さんが、『君の名は』を評論した際に話していた言葉で印象に残っているものがあります。
「車やバイクは、自分の意思で行き先を決める乗り物。電車は受動的に運ばれていく乗り物」というもの。
たしかに、新海さんの作品って、電車に乗るシーンが異様に多いなと思った次第です。
五十嵐さんも“車の移動に酔った”というくらいなので、車は苦手ですよね。
そうやって電車に揺られながら、外の風景を眺めるのが好きなんでしょうかね。五十嵐さん。
良い詞を書く人って、景色を見るのが好きな人が多い気がします。
わたしは景色に、特に感慨を覚えないタイプの人間ですね……(笑)。

“だけどたまに思うんだよ これは永遠じゃないんだって 誰かの手にまた この命返すんだ”
永遠じゃないって、そんなに悲しいことか?
僕が楽しくない人生を送っているだけなのかもしれないけど、「これがずっと続けばいい」って思えたことが、あんまりないんですよね……。
「メメント・モリ」という有名な言葉があって、五十嵐さんはのちにこれを曲中で使います。
「いつか死ぬことを忘れるな」という意味で、転じて、「だから今を大切に生きろ」ということなのだと思いますが……その、「今を大切に」の部分にいっていない気がするんですよね。五十嵐さん。
死と生が背中合わせだという観念にとらわれつつ、むしろ「死」に惹かれてしまっているような気がします。
宮崎駿さんの言う、「自分の人生を始められないでいる子ども」のようです。

“ねぇ そんな普通を みんな耐えてるんだ ねぇ そんな苦痛を みんな耐えてるんだ”
五十嵐さんの押韻へのこだわりが、意味を強めることにもつながった、華麗なソングライティングセンスを見せつけてくれました。
やっぱり、韻を踏んでいると単純に音として気持ちいいし、聴いていて「気になる」んですよね。その部分が。
めちゃくちゃ好きなラインなんですけど、本当に、みんな苦痛を耐えているのだろうか……。
後の『リボーン』にも繋がってくる発想ですね。

“だからいつも祈るんだよ 不浄な罪 犯ちの すべてを償って またここに帰るんだ”
これも「輪廻」的な死生観ですよね。
キリスト教では、魂は生まれ変わらないので……。
言葉は変えていますが、これは「カルマ」の考え方そのもの……。
五十嵐さんの犯した罪って、いったいなんなんだろう。
そして、「ここに帰る」って……「永遠じゃない」と言いつつ、また帰ってくることを示唆する。
この命は永遠ではないけれど、生まれ変わってまた、「苦痛を耐える」世界にやってくるって言いたいのかな。
生まれ変わったら、もう少しはマシな世界であってほしいという祈りを捧げているんでしょうか。
謎。

11.Coup d’Tat
“声が聞こえたら 神の声さ”
やっぱクリスチャンなのでは……。
幻想や幻聴によって、健常な日常が崩れたことによって、「自分が神と交信している」という意識を持ってしまったのでしょうか。

12.空をなくす

抗不安剤の「ソラナックス」のもじりのもよう。
『ローラーメット』なんかもそうなんですけど、五十嵐さんがこうして名前を挙げる薬って、どれもググると、依存症が生じる可能性があるので慎重に扱うよう注意が促されてますね。
まぁ向精神薬って、どれもそうなのかもしれませんが……。
精神薬の大量処方って問題視されますよね。

ポスト・パンクっぽいゴリゴリした演奏は、どこかギャング・オブ・フォーを思わせます。アンディ・ギルが自分の好みの倍速でギターをかきむしっているかのよう。
しかしその音はぶ厚い……ほんと、この音の分厚さがシロップの特徴ですね。
それにしてもこの鋼鉄を打ちならすかの如く、強靭なドラミングはなんなのか。
こういう、面白い音を突き詰めていくって方向性にはあんまりいかなかったですね……。

“ざらつく舌の上に 溶けゆく日々と からっぽの心”
口の中が乾いているからざらついていてしまっているはず。
水分を取ればいいのに、「溶けゆく日々」の味を求めるあまり、他のものを口に入れたがらない。
あるいは、ただ溶けていくだけの様な味気ない日々を過ごしているという話では。
“味がしないこの世界も~”と歌っていたのと、ニュアンスとしては近い

“今さら何を叫ぶよ すべての意味を 仮に受け入れても”
わからないっすね!
ただ、これまで叫ぶべき時に声を上げてこなかった自分自身にも怒っているのがわかります。

“塾から帰る子供の でかい態度に 殺意すら覚え”
このライン、よくわかります……。
五十嵐さんの世代って受験戦争が盛んだった世代だから、「塾」というサービスに対する違和感が強いのかもしれませんね。
僕も子どもの頃のニュースで、「夜中まで塾に通う子どもたち」みたいなのを見て、「マジかよすげぇ……」って思った記憶があります。
子どもの頃に勉強させられまくった子どもって、のちのち歪みませんかね……だいじょうぶだろうか……。
あと、「おりこうな子ども」だった五十嵐さん自身への怒りもあるような気はします。
いや、五十嵐さんは「でかい態度」ではなかったでしょうけど。
でも、クーデターのインタビューの時に
“僕もよく電車の中でキレちゃうんですけど(笑)。それとか、スタジオの隣にいたどっかのヴォーカルに殴りかかったりしちゃうわけですよ。絶対勝つんですけど。”
なんていう危険な発言もあったので、五十嵐さんはもともとけっこうイッてる人なのかもしれないですね……。
めちゃ武闘派やん。「絶対勝つんですけど」ってなんなのw

“「力で何が変わる?」と うそぶく君の 歪んだその顔も”
ここでいう「君」って、実在する人ではなさそう……。
政治的なニュアンスで云うなら、九条改訂反対派に対して「綺麗ごと言うなよ!」って言いたいんですかね……。
五十嵐さん、小林よしのりと石原慎太郎に惹かれるところがあるようですけど、彼らは改憲派ですからね。
でも、なぜ、「君」の顔は歪んでるんだろう。
そりゃ、五十嵐さんは綺麗な顔をしていますけど、人間わりと顔って歪みがあるものですよ。
だからこそ、左右のバランスが整っている人って「美しい」とされますよね。

“悲しい性です 「もっと上へ」だって 上なんて何も無いけど”
社会が成熟してしまった国が抱える悩み。
これ以上の発展はありえない。むしろ衰退へ向かう。
けれども社会システムは、永続的に発展し続けることを前提に作られてしまう。
あるいは、五十嵐さん自身がメジャーデビューを目指していたけど、メジャーに行っても別に大きく変わるわけでもないって気付いてしまってたんですかね。
ここも「坂の上の雲」を目指す日本人の性を指すのでは。

“今は飛べるよ まだ飛べるよ どこまで?”
後の『変態』にも出てくる「飛ぶ」というワードが印象的。
言ってもまだ経済先進国だし、まだ余力はあるだろう……という想いがありそう。
『神のカルマ』の“太陽十分あるし”と同じことを言っていますね。
でも「どこまで?」と言ってしまうあたり、やっぱり、五十嵐さんはどんな時でも不安にとらわれているんですね……。

“車の移動に酔った 流れるビルに かける言葉はなく”
車苦手男・五十嵐……。
ビル街を走っていたんですかね。
ふつう、通り過ぎるだけのところにあるビルに、かける言葉はなさそうですけど……(笑)。
経済の話で云うなら、狭い東京にボコボコビルをぶっ建てて、金もうけのためにパソコンと向き合い続けている人間の生き様に対して、「かける言葉がない」のでしょう。
けど、わざわざ「かける言葉がない」ことを歌詞にするということは、それが良いあり方なのかどうか違和感は抱いているということでしょう。

“空しい祈りを込めて 「邪魔はするな」と 運命にクギを刺すが”
「邪魔はするな」と強気に出ているけれども、その前には「祈り」が「空しい」つまり届かないままに終わるであろうことを示唆し、「が」と「クギを刺す」ことが思ったような効果が出ないこともにおわせる。
なんか、この時点で、シロップがダメになっていきそうなことは予感しているんですね。
予感してしまっていたから、ダメになっていっちゃったのかもしれないですけど。
わかんないっすね。
人生は難しい。

13.汚れたいだけ

シロップの中で一番好きな曲です。
初期シロップには、イントロは静かで、サビでコーラスをぶちかますという、ピクシーズやニルヴァーナを経由した構成をよく用いているけれど、この曲はそういった対比的なものではなくて、するっと同居している感じがするんですよ。
サイケデリックで浮遊感があって、自分がどこにいるのか分かんない感じが、曲にも歌にも出てる。
後半のシャウト……五十嵐さん史上最高のスキャットでは?
イントロは、プリンスの名曲『リトル・レッド・コルヴェット』に似てるかなと思ったり。
似てないかなと思ったりもする。

“テレビをつけたら 何も感じなくなってしまったよ そういつのまにか”
TVは視野を狭窄し、ただ感覚を摩耗させていくだけの箱として描かれます。
けれどここでは、そんなテレビを見る習慣を続けてきた自分を自嘲的に歌います。
わかってるのに、やめられないってこと、ありますもんね。
現代人は暇があったらSNSを覗いてしまってどんどん時間を奪われていく。
そんな経験が誰にでもあるのでは……?
五十嵐さんの面白いところは、バットでぶっ壊したがってたテレビから結局離れられない自分のことも、ちゃんとさらけ出すところですよね……。
「弱さ」もそうなんですが、矛盾している自分をそのまま表現できる人って、少ないですよ。

“無力をなげいては 誰に言い訳したいんだろう 卑怯な奴だな”
ということは、五十嵐さんのことを責める人って、本当はほとんどいないってことですよね……?
では、曲の中で、五十嵐さんをなじる声って、いったい誰のものなのだろう……。
と考えると、やはり、自分自身の声を、曲の中では他社の発言にしているのではないかと思います。
『ヘルシー』のインタビューで、以下の様なやりとりがあったりするし……。

“●自分の作品、今回の作品を、男性原理、女性原理で見てみると、何か思うことはありますか?
「出てくる人が女性ばっかりなんですよね。サビとか、いろんなところで、『彼女が言った』っていう感じなんですよ。でも、全部、自己投影なわけですよ。なんでそれが出てくるのかわかんなかったんですけど、自分の中の女性原理みたいなものなのかな。“

「無力をなげ」くっていうのは、嘆いているだけで、問題を解決するか自分を変える努力を怠ったということだと思うんですよ。
別に、生活を送れているなら、四六時中寝ててもいいわけだし……。
努力をできないことを、卑怯とは思わないですけどね……なんでそんなに責めるんだろう。
でも、僕も、自分のことを卑怯だなと思う瞬間は多いです。
(様々な意味で)目標があるのに、そこに向かって努力をしていない時なんて、ほんとに自己嫌悪が強まりますね。

“心のスピードに 振り回されっぱなしだよ 大人になれなかった”
今の世の中、大人になれなかった人がたくさんいるで……(´;ω;`)
でも多分この時代って、就職せずにアルバイトで生活している人を「プータロー」なんて呼んでいましたからね。
まだまだ、「社会の一員となれ」の圧力が強かった時代です。
本当は、いろんな形の「社会の一員」がいるんですけどね……。
心のスピードに~っていうたとえ、いいですよね……。
五十嵐さんも、いつでも、塾から帰るガキに殺意を覚えてるわけではないはずなので……。

“正解にすがれば 救われると信じたんだよ 気が狂ってしまうから”
多分本をいっぱい読んだり、音楽をいっぱい聞いたりして「答え」が見つかるかもしれないと思っていたんでしょうね。
以下の発言が、ここの回答になりそう。
“一生懸命、鶴見済さんの本とか、宮台さんの本を読んだり、タナソウさんの文章を一生懸命呼んでいた時期もあったし、『ロッキング・オン』信者だったし。そういう自分が、今、上手くやってるんだけど。何かこう、自分の中で地殻変動が何年か前から起きていることは確かなんですよね。“
僕も宮台真司さんの本を読み漁っていた時期があるんです。
でも、ある時からあまり読まなくなってしまって……あらかた読んでしまったことも理由のひとつですが……。
知識が身についても、自分自身の問題を解決することができないままだったんですよね。
(いくつかの問題の解決の手だてにはなりました)
それに、宮台真司さんが天才過ぎて、「自分はあんな風にはなれないな」と思い知らされてしまう辛さも生まれた。
そうこうしていたら、結局宮台さんの本から得たはずの知識も思い出せなくなってました。
宮台さんの発言が全然引用できていないことからもわかるとおり、頭からすぽっと抜けていってしまうんですよね……(笑)。
「そのまま思い出すことができなくても、自分の一部にはなってるor読まなかったことにはならない」的な慰めをしてくれる人もいるんですけど、宮台さんって、本でもラジオでも、めちゃくちゃ正確な知識を披露するんですよ。
いつ、だれが、どのようなシチュエーションで言った事なのかも正確に覚えてる。
それに比べると、宮台さんの本を読んでいた自分って、かれにすがろうとしていただけの恥ずかしい雑魚でしかないなぁ……と思う。
宮台さんはけた外れの天才なので、あの人に憧れるのもそれはそれで辛いのかもしれない……。
脳みそが何個あるんだってくらい、頭のいい人ですからね。

“脳が思考の停止を 始めたら そこから 何か落とした”
ここでは、入院したり、薬を服用するようになったことで、五十嵐さんの能力や機能に何かしらの影響が出ていることを歌っているはず。
ただ、歳を重ねていくと、昔の自分と比べて変化する部分が当然ある。
そこを「落とした」と感じるようなことも、誰でもありますよね。
のちに“思考停止が唯一の希望”と歌いますが、おそらく、「答えにすがる≒答えを見つけようとする」こともやめてしまった自分への落胆もあるはず。

“探してみたってもう 見つけられるのは 自分の手”
繋いだ手を探しているんですね。
答えも見つからなかったうえに、手≒繋がりさえもない自分に気付かされる。

“どうでもいいのに あなたの嘘に傷つくんだろう 誰とでも寝ればいい”
いやなんか、こう考えると、女の人みたいな思考ですよね……
浮気に傷つくソングって、男ってあんまり歌わないっすよね……。
男性と女性で、浮気をしたことがある比率ってどっちの方が高いんだろ。
ここで、あなたの嘘が、誰かと寝るor寝たがることだとわかります。
少し前に「裏切られた人間にしかわからない」とも歌っていたので……嘘=裏切りだと思うので、やっぱり、五十嵐さん、恋人に浮気されたのかなぁ……。
アルバム一枚通して聴くと「あなた」への想いが歌われた部分が繋がってきますね。
つらい……。
ただ、五十嵐さんの強烈な人間不信性を形成したのだと考えると、彼女じゃなくて、肉親の様な存在が「誰とでも寝」たのではないかなって気もするんですよね……両親とか。

“食欲あるくせに 食べるのが好きじゃないなんて 矛盾しているよなあ”
Andymoriの小山田壮平さんも、あんまり食べない歌を唄ってましたね……。
僕は食べるの大好きです。

“友好的なのは 心の奥に本当のことを 隠すから”
“小学5年から 人生なめくさってんだ 汚れたいだけ”
ここはインタビューでも直接語られていた部分だと思います。
いいこを演じてたけど、心の奥には別の本当の自分がいた的な。
僕も小学5年から人生なめくさってたので、ここ、すごくわかります……。
いや、小学校5年生の時の担任が、めちゃくちゃ女子をひいきする先生だったんです……ふつうに、セクハラもしてましたからね……。
でも、この曲、なんで「人生舐め腐ってんだ」が「汚れたいだけ」になるんだろう。
「汚れ」って性的なニュアンスだと思ってたんですけど、自暴自棄に生きることを「汚れ」と表現しているだけ?
宮台真司さんを読み漁っていたなら、セックスをすることで自分を解放するといった言説に至るのも自然かと思っていましたが……。

“復讐するのが 生きる意味に成り果てても 悲しむ事はない”
“復讐それだけが 生きる意味に成り得るんだよ 疑う余地はないね”
けど、復讐ってモチベーションって、あんまり長持ちしなくはないか……?
後に、
“さっきはあんなに 怒ってたのに 嫉妬、ひがみもあんまり 長続きしない”
とも歌うので、「疑う余地はない」と自分に言い聞かせているんでしょうね。
僕は十代の頃、父親と兄に随分苦しめられてきたんですけど(今思えば母にも)、兄が後に統合失調症になってほぼ廃人になるんです。
「えっ! 俺が殺そうと思ってたやつ、廃人になってるやん!!!!」と思った時のやるせなさたるや……。
薬って、人を廃人にすることがありますよ。泣ける……。
怒りって強い動力になりそうではあるんですけど、ある瞬間に、「しょうがねぇな」と相手を理解できてしまった時に消えちゃうんですよね。
「なんで俺を苦しめてたお前の方が狂うんだよ」と思ったものです。
遺伝的要素があるみたいですけどね、心とか頭の病も。
そんな私も、結婚もせず、恋人も作らず、マッチングアプリでたまにセックスだけして、友人もほぼおらず、友人ができても関係を破壊することには長け、そしてこうして誰にも求められないシロップの解説を書いています。
頭がおかしい。

“壊さないで”
恥ずかしいお話なんですけど、今回歌詞カードを読むまで「壊して 泣いて」と歌ってるんだと思ってました。
わかるよ五十嵐さん……大切なもの、自分で壊しちゃうこと、あるよね……(´;ω;`)
ってな具合に感情移入していたのですが、空耳であることがわかりました。
あと、途中、“ねぇ じゃあさ”と言っていますが、どういうことなんじゃろ。
「どうすればよかったの?」とでも続くのだろうか……。

アウトロは、どんよりとしたピアノ演奏で終わっていく。
ここのところ、ちょっとナイン・インチ・ネイルズっぽいかなと思ったり……。
トレント・レズナーがアコースティックな音楽の才能にもたけていることは、近年の劇伴制作で証明済みだとは思いますが、彼がナインインチ名義の曲を室内楽曲風にリメイクしたアルバムがあるのです。
「雨の日に聴いて欲しい」アルバムだそう。

・おわり
やっぱめっちゃ好きなアルバムです。
激情ですわな……。
本作が「クーデター失敗」に終わったからか、邦友のベーシストを失った痛手からか、次作は「黄昏れてる」アルバムとなる。

・おまけ クーデターが好きな人が気に入るかもしれないアルバム

エリオット・スミス/『XO』
メジャーデビュー作。この数年後に自死を遂げることから、これだけすさまじい作品を作り上げようとも、報われない苦しというものがこの世にはある。どうあっても逃れられない苦しみを抱えながらも、史上最も美しいポップソングを作りあげてしまうという、一見すると矛盾するアルバム。天使の歌声を持つ男。まさに「最高級」。

七尾旅人/『雨に撃たえば…!disc2』
シューゲイザー/グランジ以降という点は大きな共通項。七尾旅人さんも、シューゲイザーな曲をやってたんですよ。痛ましい世界観も近い。

ジーザス・アンド・メアリー・チェイン/『ハニーズ・デッド』
ノイズと甘美なメロディという要素の融合という点では1stを推したいんですけど、『クーデター』からはバリエーションが幅広いので、こちらを推したい。終末的な世界観も感じられますね。ノイジーなポップを聴きたいならジザメリに手を出さない手はない。

マッドハニー/『スーパー・ファズ・ビッグ・マフ・プラス・アーリー・シングルス』
「病気の俺に触ってくれ!」グランジ勃興前夜の曲ながら、グランジを定義づけてしまうかのような名リリック。

モーサム・トーンベンダー/『ザ・ストーリーズ・オブ・アドベンチャー』
日本のグランジとしてのモーサムはホントに忘れたらいけないんですよ。バッドトリップ感が強いところも、シロップに似てたりするなと。

 - Syrup16g, 音楽

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