てやんでい!!こちとら湘南ボーイでい!!

映画音楽本ごはんの話を、面白く書けるようにがんばります

*

【非モテ悶々映画】バーニング 劇場版

   

・作品概要
日本を代表する小説家である村上春樹さんの短編小説『納屋を焼く』を、韓国のイ・チャンドン監督が実写映画化。
村上春樹さんはノーベル文学賞の受賞候補にもたびたび名前が挙がっており、国際的な評価を得ていますね。
氏の作品はこれまでも海外で実写化されていることからも、その評価の高さがうかがえます。
イ・チャンドン監督も国内では根強い人気を持ちつつ、後進の育成に余念のない韓国映画界の重鎮です。
また、ベネツィアで銀獅子賞、カンヌで主演女優賞と脚本賞を受賞しており、国際的な評価も確立しています。
『バーニング』はイ監督にとって8年ぶりの監督作となりました。
原作の小説は1983年に発表されており、同タイトルの短編集に収録されています。
(ノルウェイの森の原型にあたる『螢』も収録されている本です)
その短編を、イ監督は148分という長尺に作り替えました。
そして主人公の年齢も原作より5~6歳下げており、「現代の若者のストーリーです」と評する物語になっています。
主要キャストには、韓国国内で活躍するユ・アイン、『ウォーキング・デッド』に出演するなどハリウッドで活躍するスティーブン・ユアン、オーディションでヒロインに抜擢された新人チョン・ジョンソなど、バラエティ豊かな役者がそろいました。
本作の劇場公開前に、NHKで先行して吹き替え版(かつ50分程度カットされたバージョン)が放映されたことも記憶に新しい。

・あらすじ
運送会社でバイトをしている冴えない青年、イ・ジョンスが主人公。
バイトの途中に、デパートのコンパニオンとして働く女性から声を掛けられます。
彼女は幼なじみのシン・ヘミでした。
彼女は整形手術を受けたことを簡単に告白し、「昔、わたしを見て『ほんとにブスだ』って言ったことを覚えている?」と尋ねます。
そして二人は体を重ねます。

しかし、ヘミがアフリカに旅行に行ってしまい、帰ってくる時には旅先で出会った同郷人のベンと仲良くなっていました。
ベンは「遊んでいます。最近は遊びと仕事の区別がありません」と言いますが、電話一つで迎えに来る弟分がいたり、高級車に乗っていたり、広い部屋に住んだりしています。
かたやジョンスは兵役を終えたもののバイトをしながら作家を目指している身分。
しまいには、父親が刑事事件を起こし、実家に戻らなければならなくなります。

ヘミも見る間にベンとの距離を縮めていきます。

というお話です。

・ざっくりとした感想
ベンの吹き替え版声優が萩原聖人って……顔が似てるから起用しただけやろ!笑

この映画も、『息もできない』も、山とか坂が多かったけど、韓国って山が多いのかな?
あと韓国映画を観ていると、海があんまり出てこない気がする。
気のせいか?

長い!
長いです!
148分はマジで長いです。
もちろん意味のないシーンがないことは明らかだし、こちらが「長い」と思うように作ってあるのでしょうけど、やっぱりそれでもこれは長いですよ……。
村上春樹さんの小説も長いものが多いので、村上春樹さんの作品を映画にしようとしたら長くならざるを得ないのかもしれませんが……。

あと、話が複雑すぎて全然わかんなかったっす……。
いろんなたとえ話が出てくるから、それがヒントにはなっていたのだろうけど。
僕にはわからなかったですね!

・評価
僕の期待は不完全燃焼で終わってしまいました。
つらい。
僕の期待感まではバーニングしてくれませんでしたね……。

点数付けをするとしたら、100点満点中70点くらいですね。
決して悪い映画だとは思いません。
しかし、私は小説家の中では村上春樹さんが一番好きだし、イ・チャンドン監督はアジアの実写映画監督の中で一番好きなので、二年ぐらい前に制作が発表された時からずーーーっと楽しみにしていたんですよ。
そうなると期待値はめちゃくちゃ上がってしまうわけで……。
70点というのも、イ・チャンドン監督のファンだからひいき目で少し高めについているかもしれません……。
純粋に、他人に勧めたいかどうかで考えると、60点前後になる気もします。
これまでのイ・チャンドン作品が好きな人だと、肩透かし感があることは否めません。
新境地に挑んだ、ともいえるので、別の魅力を帯び始めているともいえるのですが。
でも、好きな人は好きな作品に仕上がっていると思いますよ。

ではここから先、作品の内容について具体的に言及します。
ネタバレも含みますのでご注意ください。

・映像
自然光で撮影することを意識したということなので、「超美麗!」といったようなものはありませんでした。
しかし、物語のちょうど真ん中あたりにある、夕方のシーンの美しさ……これは最高でしたね。
濃紺と茜色が一つのパレットにそのまま流されたかのような空模様。
お見事ですよ。
あそこは物語の折り返し地点でもあるので、あの時間帯でしか表現できなかったでしょうし、あの色合いでなければならなかったのだと思います。
また、監督はこの映画の主人公たちについて「親たちの世代よりも、経済状況が悪くなっている初めての世代」と語っています。
いわゆる先進国が経済的には右肩下がりになっており、日本よりも後発的に経済成長を遂げていた韓国でも、「頭打ち感」はあるということなのでしょうかね。
要するに、この象徴的な夕暮れのシーンは「斜陽」を表していたのではないかというのが僕の考察です。
韓国に訪れている、経済発展の黄昏どきを空の色合いによって暗喩している。
このシーンはただの夕方っぽい空模様ではなくて、濃紺の部分と茜色の部分が分離した色合いになっています。
それは、濃紺一色でもなく、茜色一色でもない。
富める者もいれば貧する者もいるという、経済格差のはっきりした社会状況を表現しているとも言えますよね。
「みんなが今は貧しいけれど、もっと豊かな生活を送れるように頑張ろう!」という昭和っぽい団結が望めない社会が今だよね、っていう。
この点って、日本でも同じことだと思うんですよね。
日本ではなかなかそういうモチーフを持つ作品が出てきていない。
政府が「好景気でんねん」という風潮にさせたがっているから、映画やドラマでは出てこないんですかね。
音楽ではそういう表現もすごく増えたと感じるんですけど。

・ジョンス
主人公のぼんくら感がいいですね(笑)。
映画の中で、2~3回はオナニーしていましたよ!
村上春樹さんの素敵な文体でカバーされてはいるものの、実際に村上春樹小説の主人公の顔とか言動ってこんな感じなんじゃね? って感じがしました。
あと、自信なさげな感じ……これは、僕は共感してしまうところが多かったです。
ベンのイイ車と、自分のダサイ農業軽トラを見比べてしまうところとか……。
恥ずかしさを誤魔化すように、ヘミには「ベンさんの車に乗れよ」って言ってしまうところ、めっちゃよかったです。
で、もうベンに惹かれていっているヘミに対して、好意を伝えられなくなっていってしまうところも切なかったです。
「人前で服を脱ぐな。娼婦みたいだ」というところからは、ミソジニー気質を持っていることもうかがわせます。
彼の年齢設定は、大学を卒業していて兵役も終えているということなので若くても24歳でしょう。
韓国の兵役は18~22か月あるということなので。

・ヘミ
とんでもなく役にはまっていたと思います。
村上春樹ヒロイン感が尋常ではない!
顔のパーツが飛びぬけて目を惹くタイプではないけれど、透明感があって綺麗な顔立ち。
ジョンスとの再会の後に行った飲み会のシーンでの仕草なども、かなり村上春樹ヒロイン感が強かったです。
何を考えているのか捉えどころのないところなども、村上春樹ヒロイン感ありましたね……。
映画初出演でこんなに良い演技ができるって、すごいことですよね。

・ベン
顔がほとんど萩原聖人でしたね!
年齢設定的には、ジョンスの6歳上だったでしょうか?
なので若くて30歳くらいでしょうか。
こちらはおしゃれでいけすかない感じがしました……。
とはいえこれは主観でしかなくて、映画の中でベンがいけすかない野郎だという描写はほとんどないんですね。
あえて言うなら、ジョンスが「ヘミのことを愛している」と伝えてきた時に笑い飛ばしてくるところは、優越感たっぷりに見えてかなりいけすかない。
あとは、友人たちにガールフレンドをお披露目している時に、大きなあくびをしていて退屈そうなところとか。
そこ以外は、本当にいい人っぽいんですね。
人から好感を得ることも納得のいく人柄というか。
彼や嫌な野郎に見えるのはジョンスが嫉妬しているからに他ならないんですよね。
しかし、その外面の良さが、かえって恐ろしさを感じさせたりもします。
このキャラクターのトーンを保ちながら魅せていくところは、監督と役者の手腕の高さの証ですね。

・イ監督のフィルモグラフィー
先にも書いたように、僕はイ監督の大ファンです。
イ・チャンドン監督は、韓国にある暗部をえぐり出すような作品を作ってきました。

『ペパーミント・キャンディー』では、徴兵時に起こった軍事的トラブルによるPTSDに悩まされる男性を描きました。
それを通して、徴兵制度に疑問を投げかけています。
多分、政権批判のニュアンスもあったのだとは思いますが、映画で描かれた出来事について詳しく知らないのでその点はなんとも言えないのですが……。
しかし主人公は、罪のない一般人を傷つけてしまったことで心に深い傷を負います。
ハリウッド映画ではベトナム戦争やイラク戦争を描く時「大義のない戦争に駆り出されることの苦しみ」をテーマにすることが多いのですが、それに近いと思います。

『オアシス』では、軽度の知的障害の傾向がみられる男性と、脳性麻痺という重度の障害を持つ女性を主人公にし、韓国における障碍者差別を描きました。
(オアシスは人生ベスト10映画に入るくらい好きです……)
これはかなりダイレクトなメッセージ性を持つ作品ですね。
実はイ監督には二人の妹がいて、彼女たちは脳性麻痺を患っていたのだそうです。
「彼女たちを通して、世間が私たちをどう見るかを学んだ」と、イ監督は語ります。
差別に対する実感を持って作られたのがこの映画です。
ソースが不確かなので曖昧な情報にはなりますが、韓国は障碍者差別が多いと聞いたことがあります。
「病身舞」という、障がいを持つ人達の動きを真似た踊りが伝わっているそうなのです。

『シークレット・サンシャイン』では、キリスト教信者の多い韓国で、宗教の協議がはらむ根本的な矛盾を描きました。
統一教会という韓国初の新進的キリスト系教団の活動などは日本でも有名ですね。
その教団以外でも韓国ではキリスト教の信仰が盛んなのだそうです。
しかしこの映画で描かれるのは、キリスト教以外の宗教にも通じる問題提起です。
度肝を抜かれますよ。

『ポエトリー アグネスの詩』では、少年による集団強姦事件を描きました。
これもあいまいな情報ですが……韓国って強姦事件が多いと言いませんか?
曖昧な情報ですいません……。
しかし『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』という、実際に起こった凄惨な強姦事件についての映画もあったりするので、多分韓国社会が抱える問題の一つではあるはず。
それと、儒教の影響なのか、韓国は男性社会なので、家に男の子が生まれるととても大切にされます。
それどころか甘やかしすぎるので、男はつけ上がって成長していきますね。
この辺りはポン・ジュノ監督の『母なる証明』も根本を同じくする映画だと思います。
母なる証明でも、女の子がひどい扱いを受けてましたね。
詳しくはないのでちゃんと話を繋げられないのですが、男の子を大切にすることの弊害として、女性の人権が軽視されてしまう傾向があるのだそうです。
ポエトリーでは、中学生の孫と二人で暮らすおばあちゃんが主人公になっています。
物語は、孫が集団強姦事件を起こしていて、その被害者が自殺するところから始まります。
被害者家族と示談をしようとする中で、おばあちゃんは過酷な現実を突きつけられていきます。
しかしおばあちゃん自身も、アルツハイマーが進行していき……。
このおばあちゃんが、本当に本当にいい人で、かわいらしいおばあちゃんだというのが、この映画を傑作たらしめている一つの要因ですね。

と、イ監督は作品においてけっこうな暗部を描いているのですが、バーニングにおいては「今の若者たちは、親たちの世代よりも経済的に貧しくなる初めての世代」であることがテーマだと語られています。
たしかに!!!!!!!!
この着眼点はすごいと思います。
しかし、その鋭さが、作品の凄みに繋がっているように感じられなかったのが残念ではあるんです……。

・イ監督と村上春樹
イ監督は、大学を卒業した後は教職に就いていたのだそうです。
その後小説を発表し、映画の脚本を手掛けたことで映画業界へ足を踏み入れます。
そんな経緯からもわかるとおりイ監督は読書家で、韓国で読める村上春樹の短編は全て読んでいると語っています。
今回の「納屋を焼く」の映画化の経緯について、僕がネットで読む限りでは諸説あるように思えます。
一つは、イ監督自身が映画化に向けてアプローチしたというもの。
もう一つは、村上春樹作品の映像化権を複数保有しているNHKが、アジアの映画監督に村上春樹作品を実写化させようと動いていて、その中でイ監督にも白羽の矢が立ったというもの。
後者は、本作にNHKとNHK関係の人物が複数人クレジットされていることからも、信憑性が高いように思います。
劇場公開よりも前に、短縮吹き替え版が公開されてますしね。
しかしどちらであるにせよ、イ監督が納屋を焼くを選んだというところは変わりなさそうです。

・本作における「韓国の問題」は?
映画の序盤で、ヘミはジョンスに「本当にブスだ」と言われた過去を持ち出します。
そこで僕は、近年、日本でも盛んに取り上げられるルッキズムに言及する映画なのかなと思ったのです。
Wikiで見てみると、ルッキズムとは、「身体的に魅力的でないと考えられる人々に対する差別的取り扱いのことをさす」とのことです。
翻って、美しいものを至上とするような思想も当てはまると思います。
それはつまり、美しくない(と思うもの)を否定的に見る振舞いにも通じると思うので。
上記したように、韓国では女性の人権が軽視されたり、踏みにじられることが多いのだと認識していました。
韓国は女性蔑視的な思想が強いらしくて、不美人な女性(配慮の欠ける言い方ですみません)を男性がめちゃくちゃ侮蔑するらしいんですよ。
それで整形をする女性も多いのだとか。
整形をしても、「あなた整形してるんでしょ?」と言われちゃうこともあるという、けっこう地獄度の高い国なのだそう……。
日本でも、韓国は整形手術が安く受けられるなんて話があったりしますよね。
それは整形手術を受ける女性が多いからではないでしょうか。
僕の中ではそういう認識があったので、ジョンスとヘミのやりとりを見て、韓国におけるルッキズム問題や整形手術の問題を描くのかなと思ったのです。
しかし、特にそういうお話ではありませんでしたね……。

ここ数年で、ルッキズムについての問題が社会的に話題になることが多いし、自分自身の感覚としてもルッキズムが気になることが多いです。
そういう問題について、なんか良い映画とか出てこないものですかね。
日本でも、人の容姿を悪く言ったり、ネタにするような風潮が強いですからね……。

あと、ベンとヘミを空港から送っていくところでも気になったことがありました。
ベンはずっと車内でお母さんと電話をしていましたよね。
かなり親しげに喋っていたと思います。
運転しているジョンスは退屈そうでしたし、ヘミも退屈そうにスマホをいじっていました。
これも上記したように、韓国では母親が男の子を甘やかしまくって育てます。
母親に甘やかされまくった男って、女性蔑視的な思想を持っている確率が高くはないでしょうか……気のせい?
そしてジョンスは、幼い頃に母親が家を出て行ってしまったという経験があります。
そんな二人が対比して描かれるのではないか……と思ったのですが、僕は、二人のこの違いが物語に大きく影響したようには見えませんでした。
ジョンスが欲しいもの……「母親」「イイ車」「広い部屋」「おしゃれな友だち」「ガールフレンド」など、その全てを持っているのがベンだということなんでしょうか。

僕がイ監督に期待していたのは、韓国の社会がはらむ大きな闇を、完璧な構成の脚本で観る者に突き付けてくるようなスタイルだったのです。
どの国でもそうなのだと思うのですが、その国の持つ闇を抉り出していくと、外の国に対しても訴求できる強度を持つ表現が生まれてくることがあります。
日本で言えば、『愛のむきだし』とか。
あれは「いわゆるカルト宗教」という、オウム以降宗教を小馬鹿にするスタンスが定着してしまった日本において、強烈なカウンターとして「宗教の持つ強さ」を表現した作品だと思うのです。
なので、ストーリーの前半で、上記したような「ルッキズム」「女性蔑視」「過保護な母親とマザコンの息子」のような、いわゆる韓国的な問題が出てきたので、その辺をメインに扱うのかと期待したのです。
しかし、それらの問題がストーリーの中核に据えられていたとは言い難い物語展開だったのでした。

・枯れ井戸に落ちたヘミ
ヘミとジョンスが幼い頃に、ヘミが水のない井戸に落ちてしまったというエピソードがありました。
ヘミは泣き叫んだけれど、誰も助けに来てくれず途方に暮れていたところ、ジョンスがやって来て彼女を助けてくれたという話でした。
これって多分、ノルウェイの森の冒頭に出てくるエピソードとリンクしてるものだと思うんですよ。
僕は今まで読んできた小説の中で最も好きなのが、ノルウェイの森です。
そこで語られた井戸の話をかいつまんで書いてみると、
「とても深い井戸で、何処にあるのか誰にもわからない。落ちてしまったら、どれだけ叫んでも誰にも聞こえない。じわじわと死んでいくしかない」
というものです。
おそらくですが、この井戸というのは、これを語った人物がそのあとに見舞われる出来事を暗喩するものだと思います。
ざっくりと考察すると、世の中にはこの井戸のようなものがあって、普通に生きているつもりでも知らず知らずのうちに井戸に近付いてしまうことがある。
運悪く井戸に落ちてしまうと、二度と平常な生き方に戻れない……という話ではないかなと。
井戸に落ちるというのは、アブノーマルな感性や倫理を身に着けてしまったり、「病む」といったことではないかと思います。
前述しましたが、イ監督は村上春樹作品をいくつも読んでいるということなので、ノルウェイの森ほどの高い人気と評価を誇る作品を読んでいないということは考えにくいです。
納屋を焼くが収録された短編集には、ノルウェイの森の原型も入っていますし。
そんなわけで、この「井戸に落ちたヘミを救った」というエピソードが出てきた時、ジョンスはヘミを救う男なのだと思ったんです。
納屋を焼くの原作でも、主人公は、ヘミにあたる女の子と会えなくなってしまう展開だったので、そこを「救う」展開に書き換えてくれるのではないかと期待したんです。
けれど、「会えなくなる」展開はそのまま……。
なんなら、ヘミがいなくなったことにベンに関与していそう(殺された可能性もある)と読める展開になっていました。

未だに、この映画をどう捉えていいかわからないっす。

そういえばヘミは、アフリカ旅行でとても孤独な想いをしていたときにベンと知り合ったと語っていました。
これも、プチ「井戸に落ちる」経験のようなものだったのかな……。
だからヘミは、井戸に落ちた自分を救ってくれたジョンスに抱いた感情を、ベンにも感じたということなのかも。
そう考えると、ジョンスの哀れさが引き立ちますね……嗚呼。

・ジョンスの父親はフォークナーの『納屋を焼く』からの引用?
ジョンスの父親は田舎で酪農業を営んでいましたが、行政の人間に暴力を振るったことで裁判に掛けられています。
弁護士は「素直に謝罪すればまだマシ」と言うけれど、父親はかたくなに謝罪を拒みます。
この話って、日本に対する韓国の印象に近いのかなって思いました。
「いや、戦争の時のことをちゃんと謝罪しろよ」っていう。
最近も徴用工問題でいろいろありますね。
ただ、この映画のパンフレットで佐々木敦さんが書いた解説によると、作中で言及されていたフォークナーの『納屋を焼く』が、この父親の人物造詣に影響を及ぼしているとのことでした。
このフォークナーの納屋を焼くと、村上春樹さんの納屋を焼くとは、ややこじれた関係があります。
フォークナーの納屋を焼くという作品が先に存在していて、村上春樹さんの納屋を焼くの中でも、主人公がフォークナーの本を読んでいるシーンがあります。(どの作品を読んでいたのかは明かされません)
しかし村上さんは、納屋を焼くを書いた時点では、フォークナーの納屋を焼くを読んだことがなかったと語っています。
村上さんは映画や音楽から小説のタイトルを持ってくることも多いので、「納屋を焼く」のタイトルだけ知っていて、それを使ったという可能性も大いにあるとは思うのですが。
私は、フォークナーの作品は読んだことがないので、深いことは何も語れないのですが……。
しかしながら、上記したようにイ監督は読書家なので、フォークナーの納屋を焼くから人物造詣を引いてきていてもおかしくはないと思います。
フォークナーの「納屋を焼く」を読んでから補足を書くべきかもしれません。

今の時点で確認しておきたいのは、この映画は村上さんの納屋を焼くだけではなく、フォークナーの納屋を焼くや、ノルウェイの森から引いてきている要素があるということです。
僕が気付いていないだけで、他にもいろいろありそうな気はしますが……。

・アンダー・ザ・シルバーレイクにも近い
日本では昨年の秋に公開された『アンダー・ザ・シルバーレイク』と内容がかなり近かったです!
あちらの内容をざっくり書きます。
ネタバレします!

主人公はハリウッドの映画業界人が多く集まる街で暮らしているが、ろくに仕事もせずにふらふらしている。
ある日、同じアパートに住む女のこと仲良くなって、彼女の部屋でエッチ寸前までいく。
しかし途中で彼女の友人が入ってきたので、エッチはお預けに。
主人公は彼女のことが当然気になるが、後日部屋を訪れるともぬけのからになっている。
部屋に忘れものを取りに来た人物を尾行し、消えた彼女の行方を追う……。
そんな主人公の尾行劇と並行して、ハリウッドの超大物人物が不審死を遂げたというニュースが世間を騒がせている。

というのが大まかな内容です。
消えた女の子は、ハリウッドの超大物人物と共にカルト教団に入っていて、彼と複数の女の子と一緒に地下施設に入っていて、数日後には死を迎えるというオチでした。
しかも彼女は、それを自ら望んでいたということを主人公に屈託ない表情で告げます。
この、ハイソサエイティな男が、主人公が好意を寄せる若い女の子を、あっけらかんと持っていってしまうという話……そっくりですよね(笑)。
しかも主人公はフーテンのぼんくらで、めちゃくちゃ尾行が下手だというところもそっくりです(笑)。
アンダー・ザ・シルバーレイクの主人公も、車での追跡はへたくそだし、街中で尾行する時は「黒のサングラスをかける」という格好で変装したつもりになっていて、かえって怪しく見えるというアホアホ展開がありました。
ジョンスも、ボロボロの農業軽トラでハイソな街中に乗り込んでいくという、アホアホ展開がありましたね……。
しかも高速道路で、ベンの車の出すスピードに追い付けずにグングン差を付けられて行ってしまう(笑)。

これらの作品が、時期を同じくして公開されるというのは、面白い現象ですね。
アンダー・ザ・シルバーレイクとバーニングは、どちらもカンヌで上映されているので、会場で両方の作品を観た人はびっくりしたのでは。

・ベンって結局なんなの?
ベンの謎めいた振舞いが、未だに理解できなくて……。
ただ、ベンの家にあったもので、一つ詳しく語られないものがありました。
ジョンスが初めてベンの家に行った時から洗面所に置いてあった、メイク用品ですね。
これは初めから最後までずっとあったので、ヘミとの出会いや失踪とはかかわりなく、ベンがずっと所有していたはず。
そしてカッコイイ感じの箱に入っていることから、ベンのメイクに対する造詣の深さもうかがえます。
そのグッズを使って、ヘミ失踪後に登場した女の子に化粧を施す場面もあります。
この場面では、女の子ははじめは照れ笑いを浮かべているのに、ベンはメイクに集中しています。

この描写の意味があんまりわからないのですが……。
ベンは女性にメイクを施すことが趣味であるか、仕事なのだということでしょう。
ベンが自分自身にメイクをするシーンはなかったので、女性を対象にしていると考えてよいと思います。
また、メイク道具も、自宅の洗面所に置いてあったので、外に持ち出して使うのではなくて、自宅で使うためのものなのだと思います。
ただ、このことが何を示しているのか、いまいちよくわからない……(笑)。
一つ、ルッキズムの話と繋げるのであれば、ベンは自分の容姿にコンプレックスがあったり、容姿に対して一定の満足はしているけれどももっと綺麗になりたいと考えている女の子を選んでいた可能性はあると思います。
ヘミはジョンスに容姿をからかわれたことがトラウマとして残っていて、それが直接の原因ではないにしても美容整形手術を受けていました。
ヘミもおそらく、ベンの部屋で、彼にメイクを施してもらっていたのではないでしょうか。

けれど、それが物語の中でどのような作用を持つ要素なのか、わからないんですよね……。

複雑な作品です。

けど、ベンが女の子たちに「綺麗なメイクをする喜びを教える」という、ただの良い人とは思えません。
それが彼の人柄を表象しているから、メイクに関するシーンが三つも入っているのだとは思うんです……わからないけど。

・親たちの世代よりも暮らし向きが悪い世代
この言葉って非常に的を射ていると思います。
ヘミが、カードローン地獄にはまりかけていて、家族からも縁を切られてしまっていることがわかるシーンなどはけっこう切ないですね……。
Kohhの歌詞に「貧乏だけど贅沢してる 俺らの生活」というものがありますけど、本当にそう思います。
今の若い世代って、前の世代と比べて収入が落ちてきているのに、そんなに節制していない印象があります。
日本で言えば、貯蓄がゼロの若年家庭の割合が増えているという話もあったりしますね。
その理由の一つって、メディアが流し続けるライフスタイルのロールモデルは、ガンガン消費しているような生活だからではないでしょうか。
ただ単に「親の世代よりも経済的に弱体化した社会を生きる」というだけであれば、ヘミのように借金をしたりはしないわけですよ。
借金をして整形手術に充てたのかとも思うのですが、彼女はアフリカに旅行に行ったりしたわけで……贅沢ですよね。
パントマイム教室に通ったりもしてたし。
対してジョンスは、贅沢は全然しないけれども、代わりに働くことから逃げている。
ジョンスが受けに行ったバイトの面接も、採用希望者がほとんど人として扱われていないという厳しすぎる現実を描いていましたね。
番号でしか呼ばれないし、質問も機械的な事柄しかない。
経済的に右肩下がりになっていくことは仕方がないこととしても、社会へ出ようとしている若者への風当たりの強さというものも気にはなるところ。

・北朝鮮付近の家
ジョンスとヘミが住んでいたのが、北朝鮮との国境近くという話……。
これも、なぜあんな話が出てくるのか全然わかんないっす(笑)。
土地の事情などは全然わからないのですが、国境付近ということは非常事態が起こった時に危なそうな地域……ということで、土地の値段が安い場所だったりするのでしょうか。
わかんないっすね……(笑)。

・焼くという展開について
ベンからビニールハウスを焼く計画を持っているという話を聞かされてから、ジョンスは近所を巡回するようになります。
そんな中で、ジョンスはビニールハウスが盛大に焼けている光景を夢に見ます。
また、ボロボロのビニールハウスを見かけて、自ら火をつけてしまう……。
燃え広がりそうになると、非を振り払ったりはするのですが……。
これって、ジョンス自身が、何かに火を付けるという行為に惹かれていっていますよね?
最終的にジョンスは、ベンの車とベンの死体に火をつけて炎上させるという展開が待ち受けています。
放火犯・猟奇殺人犯に近いのは、むしろジョンスだったような気がしますが……。

・後半の展開全般
村上春樹さんの原作でも、全然謎が明かされないというミステリアスな展開はあるのですが、映画版はサスペンスというか謎解きのような要素が入ってきているように思うのです。
そこがちょっと、どうなのだろうという気はしてしまう……。
しかも、最後にジョンスはベンを殺してしまいますが、そこにもあまり大義が見いだせなかった……。
もちろん、この映画はもともとジョンスに対して優しい映画ではなく、ジョンスも品行方正で悪に立ち向かっていくようなタイプの主人公ではありませんでした。
監督は、「若者の怒りを描いた」と語っているので、ジョンスの持つ行き場のない怒りの行き着く先がああいうものだったってことなのでしょうけど……。
ただ、「大義が見いだせない殺人」が行われたとはいえ、ジョンスに対して「バカなことやっちまったな」という感覚も湧きませんでした。
それはおそらく、ジョンスが様々な意味で「追い詰められていた」ので「彼はこうするしかなかった」と腑に落ちるような見せ方になっていたからではないでしょうか。
誤解や誤認があったり、もっとまともな方法で事実確認をすればいいじゃんってところもありましたが、ジョンスの行動については一貫しているように思える作りになっているのです。
その点は、さすがイ監督だなーという感じです。

・年上の落ち着いた男に、好きな子を持っていかれる展開
この点だけを抜き出せば、よくある話だと思うんです。
日本でも『モテキ』で同じような展開がありますし、古くは『サタデーナイト・フィーバー』もそういう話です。
岡村靖幸さんも、イイ女の子を年上の男たちに持っていかれてしまっている危惧感から『聖書(バイブル)』で「なんで35の中年と恋してる?」なんて歌っていてました。
現実にもよくある話ですよね。
そのモチーフ自体はありふれていつつも、男にとっては切実な悩みであったりもします。
摂理として考えても、三十代の男性の方が仕事がある程度落ち着いてきていて、かつ経済的には余裕も出てきていて、精神的にもガツガツしていないので、女性から魅力的に見えることもあるのでしょう。
しかし十代~二十代の、女性関係にあまり恵まれない立場から見ると、「なんで同年代の俺とエッチしないんだよ!!!!!」と憤懣やるかたない状況なわけですよ。

けど、あの物語の結末として、ヘミ失踪の真相が描かれないままに、ジョンスが殺人を犯すという展開になるのは、避けてほしかったとは思います。

現実において、自分にとって不都合で納得のいかない出来事に対して、たいていの場合はそれらの出来事が起こった原因や理由は明かされません。
自分のもとから去って行った愛しい人が、どこで何をしているのかが一生わからないなんてことはざらです。
自分にとってはいけすかない男が、社会的成功をおさめて、自分の愛しい人と真剣に交際せずに気軽にもてあそんでいるだけなんてことも、よくある話です。
この映画は、そんなふうに、世界で起こっている状況について、心の中に思いをため込んで悶々として、世界に訴えかけられないし、世界のことを知ろうともしない青年の話なのかもしれません。
そういう、若い青年にとって辛い状況を、長々と見せることは計算された演出だったのかもしれません。
だから多分、僕が映画を観終わった後も、悶々と不完全燃焼感に苛まれているのは、監督の意図したところだったのかもしれないなと思います。

とはいえ、これまでのイ・チャンドン映画には、心のど真ん中をドンズバで打ち抜かれてきたので、もっとすごい情念を叩きつけてくれるんじゃないかな……という期待があったのは確かなのです。
18年の5月ごろに、映画の予告編がYouTubeにアップされた時には「なんだこのなんにもなさそうな映画は……」と思ってしまったくらいでした。

なんにもなさそうというのは、ストーリーの面白そうなところをアピールできていない、目を惹くビジュアルがないといったことですね。
ストーリーの面白そうなところがないというのは、原作がそもそもスゲー面白いあらすじではないので、仕方のないところ。
また、目を惹くビジュアルがないという点については、おそらくこれまでのイ監督の作品でも同様だったとは思うので、そこも「本編になったら意表を突く展開をぶっこんでくれるに違いない」とは思えたんです。
というのも、イ監督の映画は若干スロースターターっぽいところがあって、本編の中盤くらいに「えーーーーー!?!?!」という展開が訪れるんですね。
「実はこの人物にはこんなのことがあったのです」的どんでん返しというか。

バーニングでも、上映時間の丁度折り返し地点で、ベンがビニールハウスを焼いている話と、ジョンスがシミへの想いをベンに告げるところが来たので、ちょっと期待したのですが……。

若者の淡い恋心は、いつも叶うことがないという摂理についての映画だったのかな……。

非常にカオティックな映画でしたね。

まとまりがなくて申し訳ないのですが、以上が、バーニングについての感想です。
イ監督の他の作品は大好きなので、機会があればそれらについても書いてみたいです。
あと、今度町山智浩さんがバーニングの解説をしてくれそうなので、それもとても楽しみですね。
謎が解けるといいなー。

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『君の名前で僕を呼んで』の好きなシーン

すでに公開から一年ほど経った映画ではありますが、感想を書きます。 「ミラノ、愛に …

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【ルッソ兄弟メジャーデビュー作】ウェルカム・トゥ・コリンウッド【ダメ男版オーシャンズ11】

ルッソ兄弟のメジャーデビュー作。 日本ではリリースされていない『Pieces』を …

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【何が消えて何が残った】イエスタデイ【世界観ガタガタ中二妄想具現化音楽映画】

映画『イエスタデイ』を観てきました! 映画の紹介と、感想を書きます。 ・映画の紹 …

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アバターはエイリアン2+ベトナム戦争 キャメロン論

エイリアン2を観なおして思ったことがあるので、ちょっとキャメ論の補足として書きま …

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【歌詞対訳とか無い感想エントリ】ヴァンパイア・ウィークエンドの『花嫁のパパ』

ヴァンパイア・ウィークエンドの『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』がとても良かった …

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ジュラシック・ワールド炎の王国に見る、映画作家は劇場公開映画だけを作り続けるべきか?問題

やっと、ジュラシック・ワールドについて書きます。 ちょっと自分でも解釈が固まって …